――東棟宿舎前。

 風呂あがりのハルはシャセツを見失った。だが上機嫌だった。あれだけ壁を作っていたシャセツの名を聞く事が出来たからだ。
 風呂でしょげていた時に見下ろしていた月を見上げる。煌々と輝く月は、明るい未来を照らしているように見えた。

ハル

シャセツかぁ。
部屋に行ったら
色々聞いてみるっす。

メナ

ハルー、
また独り言?

ハル

お、メナも風呂っすね。

 濡れた髪をおろしたメナは、少し大人っぽく見える。夜風がふわりとした香りを乗せ、通り抜ける。心地良い風を受けたハルは、メナのベッドで眠った事を思い出した。

 今思えば、メナとリユーマイトを出たのが凄く遠い記憶に思えたり、つい昨日の事にさえ思える。

メナ

どうしたの、ボーッとして。
今日一日疲れたんじゃない?

ハル

いやぁ、疲れなんて
お湯に溶けて
流れていったっすよ。

ユフィ

それは結構だけど、
少し疲れて大人しくなった方が、
騒がしくなくて
良いかもしれないわね。

アデル

そんな事ないですよ。
ハルさんは
元気な方がいいと思います。

 メナの後ろから現れたのは、ユフィとアデルだ。メナ同様、二人共髪が濡れている。同期の女性で一緒に風呂に行ったのだろう。

ハル

あ、え~っと
アデルさんっすね。
ヨロシクっす。

アデル

改めてのご挨拶
ありがとうございます。
こちらこそよろしく
お願い致します。
アデルとお呼び下さい、
ハルさん。

ハル

それなら自分も
ハルって言ってくれっす。

アデル

はい、わかりました。
ハルさ……、

アデル

ではなくて……
ハル、ですね。

 控えめながらも微笑むアデル。ユフィにも自分の意見をしっかり言っているので、しっかりと芯のある女性なのだろう。

メナ

アデルはね、
あの聖ユデア教会の導師を
目指してるんだって。
凄いよね。
私だったらそんな凄い事、
絶対思わないもん。

ユフィ

多分ハルは、
知らないと思うわ。

ハル

うう、う
知らないっす。

 案の定、教会の事を知らぬハルは、口をへの字にして目を潤ませてみせた。この表情から、常識を知らなくて情けない気持ちはあるらしい。

アデル

大丈夫です。
知らない事は
誰にだってあります。
簡単に説明すると、
聖ユデア教会というのは、
聖ユデアが……

ハル

……?

ユフィ

だめよ!

アデル

え?

 急にアデルの説明を止めたユフィ。突然の言葉に目を丸くするアデル。そんなアデルにメナが説明を添えた。

メナ

ハルに難しい話は通じないの。

ユフィ

アデルは凄く偉い人に
なる為、努力してるのよ。

ハル

おおー、
そうだったんすね。
自分も応援するっす。

ユフィ

これくらいでいいのよ。
ハルに難しい話するくらいなら、
椅子に話しかけた方がましだわ。

メナ

それはちょっと言い過ぎでしょ。
せめて犬とか……。

アデル

…………。

 目を丸くしたままのアデルは、その後、ただただ笑顔でいるしか出来なかった。

 ――翌朝、食堂。

ハル

うまい、うまい!
うまいっすぅ~。

 皿をかき込むハルの声が食堂に響き渡る。両手に持って交互に口に運んでいるのは、デザートチェケンの唐揚げ。砂漠環境でも育てられる鶏で、から揚げにするとすこぶる美味いのだ。

リュウ

で、シャセツって
名前は聞いたけど、
何も進展してないんだな。

アデル

でも凄いですよ。
あんなに壁を作ってた人に
名乗らせるなんて。

 そう言ってテーブルの真ん中に置いてあるデザートチェケンの唐揚げに手を伸ばすアデル。ちなみに三本目だ。

ダナン

しつこいのは
ハルの得意とする
ところだな。
ギャハハハ。

ジュピター

部屋帰っても、
しつこいしつこい。
まぁ、完全に無視されて
寝られてたけどな。

 ダナンが五本目を摘み上げる。
 ジュピターは、有名な剣士だった祖父と飽きる程食べていたので、今日は手を付けていない。だが周りの喰いっぷりを見せつけられ、久し振りに一本食べようと手を伸ばした。

タラト

チェ、ケン……、う、まい!

 一瞬早く、タラトが残りの三本を鷲掴みにした。顔を歪ませたジュピターの手は、テーブルの上で行き場を失い漂った。

メナ

ハルならきっと
仲良くなれるわ。

ハル

自分もそのつもりっすよ。

 ハルはメナの言葉を受けて自信満々に答えてみせた。

ユフィ

それも良いけど、
ハルも今日適性チェックを
受けてみない。
各自の資質や
相性の良い武器が
分かるらしいわ。

ハル

へぇ~、面白そうっすね。

アデル

昨日、ハルが街に行ってた頃、
私達はやってみました。
とても参考になりましたよ。

ハル

それならシャセツも
誘ってみるっす。
朝起きたら既に
居なかったっすけど
今日は見つかる
気がするっすよ。

 話を聞くと、どうやら武器を選ぶ時の参考になるだけでなく、現状の能力を把握するのにも最適らしい。様々な項目が数値化されるので、周囲との比較で何が秀でて何が劣っているかも認識出来るわけだ。

ハル

ん?

ハル

見付けたっす!

 誰も見ていない廊下の遠くにシャセツを発見したハル。遠くから呼び留めようと、デザートチェケンを振り回しながら走り出した。

ハル

シャセツー、
おっはよーっす♬

シャセツ

チッ、五月蠅いのが来たか。

 シャセツはハルから目を逸らし、すたすたと歩き始めた。勿論ハルも追い掛けて勝手に話し続ける。

ハル

いやぁ~、
なんか皆が言うには
すっごく良い訓練が
あるらしいんすよ。
シャセツも一緒に
やってみるっす!

シャセツ

必要ない。

ハル

武器とかの相性も
分かるとか言ってたっす。

シャセツ

俺はどんな武器でも使える。

ハル

数値化されるとか……

シャセツ

くだらん遊びに
付き合ってられるか。

ハル

皆とも比べられるらしいっす。

シャセツ

俺は貴様らに
劣る要素などない。

ハル

おおおーーー!
凄い自信っすね。
尚更、
見てみたくなったっすよ。

シャセツ

何で貴様ら……。

シャセツ

いや…………、
その結果が全部俺の方が
勝ってたなら二度と関わるな。
そう約束するなら
付き合ってやる。

ハル

おおーー!
やってくれるっすか!
それならすぐに
修練所に行くっす。

 こうして二人は適性チェックを受ける為、中央棟にある修練所に足を向けた。

 ~錬章~     31、濡れ髪に思い出を

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