――訓練場内廊下。

ハル

よっし、それじゃあ
黒い人を探すっすよ。

 一人食堂を飛び出したハルは、廊下で快活に独り言を飛ばしていた。

ハル

でも全くどこにいるか
分かんないっすね。

リア

おっ!?
ハル、こんなとこで
何一人でしゃべってんの?
バカっぽい。

ハル

どもっす。
リアって教官だったんすね。
さっきの説明、簡潔で
分かり易かったっすよ。

リア

流石ハル。
私の説明のクオリティを
分かってるわね。
よっし、そしたら
酒場にでも行こっか。

ハル

いやぁ、
お誘いは嬉しいんすけど
今、人を探してるっす。
あ、リアは自分の隣で
説明受けてた
無口な人知らないっすか?

リア

そんな奴いたっけ?
全然記憶にないし。

 実質一分で説明を終わらせたリアは、まるで知らないといった顔を見せた。

リア

多分、資料室にでも
いるんじゃない?

ハル

おおー、
しりょうしつ!?
(↑意味は分かってない)
どこか知らないっすけど、
そこに行ってみるっす。

リア

私がさっき説明したし。
(↑してない)
この廊下ビューンって行って、
ギャルッって曲がった
先に見えるわ。

ハル

サンキュー、リア。
そんじゃあ、ビューンと
行ってくるっす。

ハル

お~、
ここがしりょうしつ。
あ、資料室っすね。

 入口の古ぼけた看板に目をやりながら、ハルは扉を開け資料室に足を踏み入れる。リアのいい加減な説明でこれたのは、ハルの動物的感のお陰だろう。

ハル

凄い量の本っすね。

 資料室は見渡す限り書物で埋まっていた。
 天井の高い構造で、ハルの身長の四倍はあろうかというところまで本棚がある。押し潰されそうな迫力の背表紙達には、九割九分ハルの知らない言葉が並んでいる。すぐに文字を目で追う事をやめたハルは、誰かいないか確認する。

ハル

だ~れ~か~
い~ませ~んか~っす!

 資料室全体に行き渡る大きな声。その声が静寂を引き裂いた後、ハルは『騒音厳禁』の張り紙に気付いた。

ハル

だれかぁ~
いないっすかぁ!

 続けざまに響く騒音。ハルには『騒音厳禁』の意味が理解不能だったようだ。

ヴィタメール

どこかで聞いた声かと
思えばハルだったか。
そのボリュームは
有り得ないよ。

 本棚の間から顔を出したのは、昨日酒場で一緒に飲んだヴィタメールだった。双子の弟の温和な方だ。この資料室は、冒険者となった後も継続して使えるらしい。
 ハルは再会を大声で喜び、ヴィタメールを悪意なく共犯にした後、事情を話した。

ヴィタメール

それなら教官室で聞けば
良いんじゃないかな。
何か知っているかも
しれないよ。

ハル

おおー、
きょうかんしつ!?
(↑勿論わかってない)
どこか知らないっすけど、
そこに行ってみるっす。

ヴィタメール

教官室なら此処の隣だよ。

ハル

サンキュー、
ヴィタメール。
又、一緒に飲むっす。

 颯爽と資料室を出たハル。残ったヴィタメールは、他の冒険者にお叱りを受ける羽目になった。

 ――教官室。

 窓から差し込む昼前の光を取り込み、教官室は明るかった。整理整頓が行き届いており、そういう事にはお構いなしのハルには、逆に居心地が悪いくらいだった。
 教官室にはリーベが居て、事情を話すと返答がすぐに帰ってきた。

リーベ

ビエントさん、
我々が知る訓練生並びに
冒険者の情報は、
知っていても
言えない事になっています。
更には知っているという事さえ
言ってはいけないのです。

ハル

……?

リーベ

修練所に行ってみては
いかがでしょうか。
場所は、中央棟に行けばすぐ
分かると思います。

 ハルにはこういう厳粛な場所はどうも苦手だった。なので言われるまま中央棟に向かう事にした。

 すぐに教官室を出たハルだったが、ある事を思い出していた。


 エノク、そして両親の事だ。


 この旅の目的。エノクとの再会、そして両親の行方だ。訓練場側に聞くという選択肢は、どうやら使えないようだ。

 ――中央棟修練所。

 中央棟と呼ばれる場所は、ハルにもすぐに分かった。野外にある訓練スペースと、屋内の修練室があるみたいで、併せて修練所と呼ばれているらしい。
 ハルから見える野外の風景には、何人もの訓練生が木剣を構えているのが見える。それに木剣を打ち付けるのだろうか……藁を巻いた人形や、基礎体力を鍛える器具などもある。

ダナン

ハルじゃねぇか。
あの暗い奴ぁ
見付かったのか?

ハル

いやぁ、
全然見つからないっすよ。
ここには来てないんすか?

リュウ

来てないみたいだな。
ハルはどこ行ってたんだ?

ハル

資料庫と教官室っす。
どっちも居なかったっすよ。

メナ

突然出て行くから
ビックリしたよ。
一緒に探すのに。

ハル

いやぁ、
みんな訓練生っすから、
邪魔しちゃ悪いっすよ。
で、何してるっすか?

ユフィ

見ての通り武器選びよ。
あなたはその刀でいいのよね。

 メナ達の前には、様々な武器があった。
 長剣・短剣・槍・斧にハンマー、投げナイフや鈍器の類、それに短弓やボウガンまである。
 ハルはそれを物珍しそうに眺めてから答えた。

ハル

もちろん自分には
この鬼義理があるっす。
皆が決めてる間、
黒い人を探してくるっすよ。

アデル

ここに居れば帰ってくるのでは
ないでしょうか?

ハル

自分は落ち着きなくて
じっとしてられないんっすよ。

ジュピター

ひょっとしたら
訓練場内にいないんじゃないか?
街に行ってるかも。

ハル

おー、
そうかもしれないっすね!
すぐ街に行ってみるっす。

タラト

ハル……、いった。
たたか、う……え、ない。

 この後、夜になるまでハルは街を駆けずりまわった。何の情報もなく闇雲に探し回って見つかる訳もなく、行き当たりばったりでただ走り回っただけだった。

 ――訓練場内大浴場。

ハル

ついに
見付けられなかったっす。

 露天風呂で湯に揺れる月を眺めるハルは、意気消沈していた。一緒に冒険者になる者の名さえ分からぬ。そんな悲しい事があるかと、やきもきした気持ちを抱えたままだった。

影のある男

…………

 気が付けば何人かの訓練生に紛れ、影のある男が湯に浸かっていた。ハルはあまりの気配のなさに気付かなかった。

ハル

おおおーーー!!
こんなところに居たっすか。

影のある男

…………

ハル

どうりで見つからなかったっす。
昼からずっと居たら
ふやけるっすよ。

影のある男

そんな時から居る訳ないだろ。

ハル

でも、一日中どこ探しても
いなかったっすよ。
ここに居たんじゃ
ないんすか?

影のある男

一日……。
知るか!

ハル

もういいじゃないっすか。
これから皆で頑張るっす。
取り敢えず名前、
教えて欲しいっすよ。

影のある男

しつこいぞ。
うっとおしいから離れろ!
って、近付くな!

ハル

部屋も同じだし、
仲良くやるっすよ。

影のある男

いい加減にしろ。
俺に話し掛けてくるな。

 ハルのしつこさに負けない影のある男。その反応にハルは真剣な面持ちで質問した。

 シャセツと名乗った男に、笑顔はなかった。アイツと漏らした相手も、何故名乗ってくれたかさえもハルには分からなかった。だが、ハルは一日の疲れなど忘れて、満月に負けないくらい明るい笑顔を零した。

 ~錬章~     30、重ね合わせ

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