地下書庫に戻る。
聞こえてくるのは、
何かの呻き声、悲鳴、怒鳴り声
地下書庫に戻る。
聞こえてくるのは、
何かの呻き声、悲鳴、怒鳴り声
大きな物音に耳を塞ぐ。
何かが潰れる音が聞こえる。
………
その音が、突然、止まった。
私は呼吸を整える。
机から離れて本棚の前に座り込む。読みかけの本をパラパラとめくった。
このまま、ここで本を読んでいるのが一番良いことかもしれない。
(……ダメ。内容が入ってこない。こんなことしてちゃ、ダメなんだ………私が、あの人たちを…………)
消さなければ。
お爺様から貰った鍵を首に下げる。
これは御守り代わりにもなるし、きっと必要になる。そして、握っていたナイフを握り直す。
静かに振り返り、地下書庫の入り口を見やった。
行かなければ………
言いようのない衝動が背中を押した。
私は、静かに地下書庫の扉を開く。
……っ
異臭が漂う。
物音が消えてから、どのくらい時間が過ぎたのだろうか。
目の前に横たわる影が二つ。
それと、所々で赤い炎が燃えていた。
屋敷中に燃え広がるのは時間の問題だろう。どうやら襲撃者は火を放っていたようだ。
………哀れだね
でも……丁度良いね
……必要なのは状況証拠
私は握りしめていたナイフを彼らに突き立てるのだ。
これで、私が犯人だという証拠が残るだろう。
私がやらなければ意味がない。
このことがニュースになって世界に広まれば、コレットの耳にも入るかもしれない。
どう思うだろうか、自分の兄で夫だった男と、娘の末路について。
父親は、私が生まれた瞬間だけは、かなり愛してくれたそうだ。
それが、どうして「興味をなくした」のだろうか。
わからないし。
考えたくもなかった。
私は持っていたナイフを振りかざす。
そこに居たのか
ナイフを振り下ろそうとした瞬間、男の声がかかって手が止まる。
振り返ると男の顔がこちらに向けられた。
ソルの父親だった。
……………どうして
気配がなくなったから、もういないのだと思っていた。迂闊だった、確実に居ないことを確認すべきだった。
後悔しても手遅れだ。
動けない、でも動かなければ……
這い寄って来た黒い気配に気付けなかったなんて……
くそ……そいつ虫の息なのに、いきなり手から火を出しやがって。大人の魔法使いはこれだから、気に入らない
(父さんが?!)
……よかった……無事で。魔法使いは子供の内から調教しなければな。男が良かったが、女でも問題ない。
………っ
(この人、危険すぎる。逃げなきゃ)
ちっ
途中でナイフを落としてしまったけれど、取りに戻る方が危険だった。
あの男は、想像以上に危険だ。
男は傷を負っているのか、思うように動けないらしい。
いや、さ……お嬢ちゃんをいくらで引き取るかって話で揉めてさ………俺が育ててやるよ……良い父親になる自信はあるよ
今更、父親なんていらないわ
俺と手を組んで金儲けだってできる……
意味がわからない
お嬢ちゃんの容姿なら、数年後には男を騙せる……騙し方を教えてやるよ
興味ないわね
興味ないだと? 目は気になって仕方ないって顔をしているだろ? さ、一緒に
こちらから願い下げ
反抗的だな。父親と同じだな。
………当然でしょ……あの人の娘だもの
私は少しずつ冷静さを取り戻していた。。
(【魔法使いは魔法で人間を殺せない】。
だから、父さんは魔法を家にかけて火事を起こした。間接的になら殺すことはできるってこと)
(流石、お爺様の息子だよね。魔法で間接的に殺す………私には考えもつかなかった。間接的に………父さんが出来なかったことを、果たしてあげる)
……死ぬことは怖くない……
でも、この男を逃がすことは危険だ。
頭の中に響く警鐘が訴えていた。
地下書庫の扉は開けたままだ。
あそこなら………
男の視線を地下書庫の扉に誘導させる。
男は私が地下書庫に逃げるのを防ぎたいはず。
だから、絶対に、
地下に立て篭るつもりだったのかい? それぐらい御見通しだよぉ。元妻から聞いていてね。君の引き篭もり癖は知っているんだよ。
私より先に、扉の前に向かう。
私が逃げ込むのを防ぐために。
これは、義母は知らないこと、
実は地下書庫の扉の先には急勾配の階段があるのだ。
それを知らない男は………
………
扉の前に辿り着くと、
うわぁぁぁぁぁぁ
大きな音を立てながら階段を転げ落ちていく。
こうも上手くいくとは思わなかったので、自然に笑みが浮かんだ。
なにしやがる……っ
階段下から男の醜い声。
地上に上がるときに、地下書庫の灯は全て消してきたのだ。
闇の中だから男の顔は見えない。
きっと醜い顔を浮かべているだろう。
………ここはお爺様の地下書庫。許可なき者が足を踏み入れた場合……罰が下されるの
な、何を言って………ひぃぃ
私には見えないものが、貴方には見えているはず。ここはお爺様が私の為に用意してくれたもの。お爺様は言っていたわ、貴方が来たらここに落とせって
な、何だよ、こいつら……
扉を開けてすぐに階段があるとは思わなかったでしょ?
私たち以外の目には階段ではなく床が見えていたはずだからね
お爺様は知っていた。
あの日、私がソルの父親に目をつけられていたことを。
それを危惧したお爺様が、この地下書庫を魔法で改造したのだ。
……って、聞いていないね
た、たすけ………
………
私は扉を閉じた。
ふいに、視線を感じて振り返る。
……
………
どうして、そこに彼がいるのだろう。
私は鍵をかけた。
その奥で聞こえる声が彼に届かないように。