開会式には案の定と言っても良いほど観客が少なかった。




 期待されていないのだから、仕方ないとも言える。



 刀弥達にとって勝負はこれからだ。






 これから刀弥達が使う大会として使用する国立闘技場は晴渡国で数少ない高性能な機能を持っている。



 具現化する人具が固形化する手前、霊体のような状態にできる魔術が施させる闘技場なのだ。



 出場者は身代石と呼ばれる石に魔力を注ぐと、受けたダメージが身代石のポイントを削る仕組みになっている。



 これにより、人具を振るって気兼ねなく相手と戦える。














 今回、初戦相手は学年が一つ上だ。



 だが、恐るるに足りない。刀弥と齋は、彼らよりもずっと先を見据えて行動を起こさねばならない。



 控え室の天井から、次の生徒は待機してください、と声が降ってくる。





雪村。昨日、言ってなかったことがある

な、何だ、急に……ーー







 齋は、またちょっと落ち着かないでいる。




 刀弥が着用している服が、またも格好良いことこの上ない洋服を着用しているからだ。




 ちなみに、とある週刊少年漫画で雨の日は無能と言われてしまう軍の大佐を務めている錬金術師の隊服だ。その上に、黒いコートを羽織っている。






その服、よく似合ってるぞ

う、うるさい! 私はそれでも袴の方が落ち着くんだ!







 刀弥がものすごく真顔で齋に言った。



 齋は今、雅達に作ってもらったセーラー服を着用中している。





 刀弥がその服に着替えた時に、何となく自分が持ってきた服では釣り合わないような気がしてセーラー服の方に変えたのだ。





 清貞と美佐子からはハイテンションで送り出され、恥ずかしいことこの上なかった。何しろ、ここまで来るのにチラチラと視線が集中していたのに気づいたからだ。



 一方、刀弥は堂々と歩いていた。



 人目を浴びても堂々としていられる彼が羨ましいと思ったぐらいだ。





 刀弥がドアを開ける。


 先に出ろ、ということだ。齋は足早に部屋の外へ出る。





大丈夫だ。

朝顔さんのご友人ならば、織田信長候を見つけてくださる……――お前はそれまで体力を温存しておくと良い。

あの作戦は、戦うよりも体力を削るだろうからな

バカを言うな! 皇女殿下がいらっしゃってるのだぞ!? 私だって戦う!







 ニヤリと笑う刀弥に、齋は食いつく。



 そう、今回、火野の武術大会に皇女まで顔を出したのだ。



 本来であれば校長の長い長い激励の言葉があるところだったのだが、壇上に上がったのは三文字幸乃皇女。




 生徒達よりも教師陣の方にぐわりと気合いが入ってしまったのだ。ついさっきも、控え室に担任教師が、皇女の前で下手な試合を見せないように一年の成果をしっかり発揮するのだぞ、叱咤激励が飛んできたところだった。



















いよいよだな、雪村齋






 薬研が信長の隣で笑った。



 今は観客席に平民と混じって座っているが人気があまりにもない。ないので、客席を占領して使っている。




 そうだな、と椅子に座っている薬研の主……ーー二四代目織田信長も同意する。





田舎の武術学校というが、良い戦い方をしている。

気合いが入って鬼気としている様が良い。

この設備も取り入れたいところだ

おぉ。織田信長じゃ。見つけたぞ








 嗄れた老婆の声に薬研は振り向いた。



 そこにいるのは緑の髪に花弁が三枚連なっている髪飾りを生やした幼女。しかし、その声は老婆だ。




 信長が見えてないとなれば霊体。薬研も感じて分かる。これは、植物の妖精の類いだ。






信長、構えておけ。妖精だ

妖精?

そんな殺気立つでない。雪村齋から伝言じゃ。

観客席の前方へ来い。

桃色の洋服を着た娘の側に立て。

面と向かって言いたいことがあるそうだ






 ではな、と妖精はくるりと背を向けた。



 本当に何もしないで妖精は観客席へと歩いて消えていく。





ということなんだが、どうする?

罠という可能性も否めないが

罠か。それは面白そうだ






 信長はすっくと立ち上がって闘技場を見下ろした。その先に、入場してくる二組の姿……――手渡されたパンフレットの通り、雪村齋がパートナーをつれて入ってきた……――。





おい、薬研……あの雪村と、その相棒の服……――

さぁ。俺も知らないな。あんな洋服は

洋服、だよな?








 雪村はセーラー服だ。前は袴で体型など伺えなかったが、スカートの下からさらけ出ている足はずいぶん、ほっそりしている。あれだけの細さで、信長を奇襲してきた屈強な男達をあっさり返り討ちにしたと思うと感嘆が溢れる。



 その隣は真っ青な洋服に黒いコート。出で立ちこそ立派だ。








そうか。

あれが雪村の想い人か……――赤石刀弥だったな。

また随分、身分階級の高そうな男だ。公爵あたりだろうか






 信長は真面目しくさった表情で分析する。



 薬研も、そうだろうな、と自身の見解を述べる。立派な晴れ着をこさえて、気合い入っているんだろう、と。






 二人の意見は合致する。雪村が相棒なら敗けは見えない。雪村の人具は、敵の武器をアッサリとへし折ってしまうのだ。敵が武器で戦ってこないはずがない。




 二組が向かい合う。カウントダウンを終えれば、甲高い音が試合開始を告げた。





 真っ先に青い服の男が切り込む。普通なら短刀の雪村も同時に突っ込むだろうが、彼女は数歩、タイミングをずらして動き出す……ーー青い男はその手に大型の薙刀を握って舞い踊る。



 迎え撃つ敵の人具はどちらも型は違えど剣だ。男はほんの一瞬で二人の間に割って入り、二人を散らす作戦。片一方に攻撃し、もう片方を雪村が抑える。




 男の方に、容赦はなかった。


























……







 肉を切らせた骨を断つかのように、敵の攻撃のギリギリをかわして攻撃を持ち込む。ひたすら敵をほふるための一撃を休みなく繰り出す。



 ぶぅうん、と薙刀で袈裟斬り。振り込んだ薙刀の切っ先を床面にあてがうと、それを軸に刀弥は棒高跳びのような勢いをつけて敵へ距離を詰めた。慌てたように防御に入った相手を容赦なく膝で蹴り飛ばす。



 吹っ飛んで転がり、体勢を建て直すがその時にはもう遅い。顔を上げ、黙視するよりも早くに青き鬼は薙刀を振り下ろしていた。






 無慈悲に男の首を一閃。


 まるで、断罪者を斬首するように。





 それで彼の持っていたポイントが底をついた。そうなると、刀弥の対戦相手であった生徒は紫色の光に包まれて天へ昇るようにぱっと姿を消した。



 敗者は闘技場の外へ放り出されるような仕組みになっているのだ。





はぁっ!








 齋もリーチが短い分、相手に前へ前へ迫らねばならない。



 どちらも俺が片付けると抜かした刀弥に負けてなどいられない。齋だって敵を倒すことができる。齋とて剣術が劣っているわけではない。むしろ、この学校に通っている同学年の中では卓越している。




 何回か攻撃は食らったものの、致命傷を避ける。その術さえも上回って、齋は迎え撃っている相手に、何ら劣っていない。ポイントを削った数は雪村の方が多い。




 ついに、敵の攻撃をソードブレイカーで受け止める。窪みにガッチリはまり、ぐりん! と容赦なく捻れば、人具が甲高い悲鳴をあげて真っ二つに折れた。破片を散らして、高く舞い上がる。




 途端にまた対戦相手の男も光に包まれて姿を消した。



































 その紫色の光が二つ、天へ昇ったのはほぼ同時だった。



 試合終了の合図が、鳴り響く。




 観客の声が、異様に大きく響き渡って聞こえてきた。






 戦っている様子は闘技場の外に設置されているモニターに音声つきでハッキリ映し出される。



 雪村齋は周囲をぐるりと見回して、桃色の姿を捉えた。



 そして、その隣の人影に向かい、大きく息を吸い込んだ。







お久しゅうございます、織田信長候!

ご足労いただき、感謝する!








 雪村が凛々しい顔で叫ぶ。


 画面に大きく映し出されれば、彼女は短剣の切っ先をギラリと織田信長へと向けた。







一週間経ったが返答は同じだ! 貴様の所には行かん!







 ざわ、と観客達がざわめいた。



 その途端、織田信長の隣に立っている男が空気に向かって何かを訴えているのを目視した。
























おい、妖精! それ、カメラじゃないのか!?

そうじゃ。どうかしたのか?







 さっきの幼女妖精がふわりと浮かんで頭にカメラを乗せて浮かんでいる。無機質な真ん丸いカメラのレンズが、じーっと織田信長を見つめている。




 妖精が持っているものは、例え現実のものであっても一般人には見えない。薬研は今すぐカメラを下げろ! と怒鳴った。



 目立って行動するのは不味い。我が主は今、命を狙われている身だ。こんな大勢の前に姿を晒すことになれば賊に『俺はここにいる』と言っているようなものだ。
 火野の武術学校に行っても良いと薬研が判断した理由だって、人が見に来ないから敵にも見つからないだろうと思ってのことだった。






 これでは、あの女の予言通りに……――!





雪村齋! それでも俺は、お前の力を諦めない!

ミチ! 答えんな!







 織田信長は……――本名、織田信道はにぃい、と口許をつり上げて笑った。そうして、掌を差し出す。





来い、雪村齋! 俺はこの世を変える!

この俺と共に、未来を築く魂としてお前は相応しい!

嫁の席は開けておいてやるから、もう少し考えろ!

お前みたいなじゃじゃ馬娘、引き取り手はこの俺以外に無い!

黙れ! 貴様以外にだって、いっぱいいるわ!!

隣の男か?

なななっ! 違う!
私は平民なんぞに恋慕はいただかない!!










 顔を真っ赤にした雪村が訴える。


 そこで、信道は目を細めた。




 平民? と。
























おい、そっちの……――えーっと、青い服の男。

お前、公爵じゃないのか?

お、俺も織田信長候と話して良いのか?






 齋に振り向いた赤石刀弥が、齋もみたことないほどに目を輝かせていた。




 それが何だかむしょうに悔しく思えた。齋の敵なのに、隣の努力家の青年は織田信長と会話できる機会にたまらなく興奮しているご様子だ。なんだろうか、この無駄な敗北感は。






 しかし、聞いておきながら齋の返答を待たずして赤石刀弥は違います! と事実を返した。








俺は赤石刀弥と申します、織田信長候!

お初お目にかかります!


今、そちらへお伺い致しますので、詳しくはその時に!







 雅に織田信長から離れないように言って、もう終わってしまった試合などどうでも良さそうにすっ飛んでいった。




 残されたのは勇んで敵の大将の申し出をぶん投げた齋。それでも嫁に来いと失礼を抜かされた。そこに相棒の裏切り……――否、裏切りではない。刀弥が織田に憧れを抱いているのは知っていたことだ。齋が織田を好いていないのと、刀弥が織田に好意を示しているのは何ら悪いことではない。





 でも、もうちょっと、齋のことを気にしてくれても良いではないか、と思う。



 仮にも、今、異国の大将に嫁になれと言われたのに……――。



 複雑な乙女心を抱いて、齋は刀弥のあとを追いかけるように出ていった。
























そこの子供! お前、その妖精と手を組んでるのか!?






 薬研は空中を睨み付けた。



 今すぐにでも、目の前でカメラを抱えあげている妖精を切り刻んでやりたいところだった。




 さっき、信道に観客席の前方へ来るように言ってきた妖精が、カメラを頭に抱えて浮かんでいたのだ。





 妖精を目視できない人間は、妖精が持っているものも見えなくなってしまうのだ。



 これは脳が勘違いを起こしているからだと一般的には言われている。脳とは意外に適当で、自分が認知できないものを認知しない能力がある。






 なので、例えカメラが現実、目視できるモノであっても妖精が持っているだけで普通なら宙に浮かんでいるにも関わらず見えなくなってしまうのだ。




 実際に、信道もそういう状態だ。














 織田信長の存在は強大だ。



 織田信長が来訪するとなれば、ただそれだけで換金所はごった返す。彼を見たさに、人々は集まる。




 それはまるで、甘い飴に群がる蟻のように。





 だから、その知名度を利用した。
 今回、織田信長が火野の武術学校が主催する大会へやって来ていると、外部に取り付けられているモニターに織田信長を映し、周囲に『織田信長がこの大会に来ている』と宣伝する。




 ようは、織田信長を客寄せパンダとして使ったのだ。







朝顔

雪村(海老)で織田信長(鯛)を釣るとは、まさにこのことだな

いやぁー。

これは圧巻ですね! お客さんがいっぱい入ってきて、すでにウジャウジャです!







 にぱっと笑った賢誠に、朝顔も小さく笑うしかない。



 この計画をここまで練ったのはこの五歳児だ。昨晩、会場に独立したカメラがないか探しに行ったら、運良く一ヶ月前に国王から納品されたカメラがあったのだ。独立し、マイクも取り付けられている高性能な映像出力の魔道具。






 朝顔達とは別に、日輪へ入った出不精の我が主、持石太陽についてきた妖精達に頼めばすぐ協力してくれた。




 持石がそんなことまで手伝う義理はないと言ったが、妖精達は面白そうだと手を貸してくれたのだ。






 そして、賢誠の狙い通り、織田信長がいると分かって、それを目的にチケット購入者が会場の出入り口に殺到している。その光景を試合会場の出入り口で眺めていた。






でも、何かつまんないんですよねー

朝顔

何がだ?

だって、お祭りのようなものでしょう?

何か、賑やかさが欠けてるんですよ。

こう、みんなで『騒ごうぜ!』みたいな空気がないというか――








 この子供は、とにかく空気が静かすぎる、と眉間に小シワを寄せたのだった。

























何だ。お前、あれの妹か

うん。私ね、赤石雅








 少女は目をキラキラと輝かせて、手すりに腕を乗せたまま、眼下で闘技場を見下ろしていた。またこの少女が着ている服も露出割合は高いがこじゃれている。



 信道がそんな少女を見下ろした。






刀弥の服も、私の服も、雪村さんの服もね、みんな賢誠が考えたのよ。

それでね、それを作ってくれたのが『洋風館』で働いてた喜助お兄ちゃんなの

おい、ミチ! 早く、ここから離れるぞ!







 慌てるな、と薬研に信道は言い聞かせる。



 ここに居なければ、この少女の兄であり齋の想い人たる青年とは口が聞けるチャンスがなくなってしまう。






俺も『洋風館』なら聞いたことがある。高級店だし、なかなか良い服を作る。たしか、日輪にも分店が有ったな

そうなの。

喜助お兄ちゃんね、そこの『洋風館』で働いてたんだけど、偉い人にお兄ちゃんが書いた服の図案を盗まれちゃって……――







 薬研が子供相手に容赦なく怒気を放つ。




 しかし、この少女も薬研の気を一身に受けておきながら特に怯える様子もなかったが、くるりと信道を一瞥すると、その大きな瞳をぱちくりとさせた。







どうしよう……火野の武術学校が潰れたら刀弥が国王軍に入れなくなっちゃうから、織田さんを鯛にしてお客さんを呼びよせたのに……

ミチ。
このガキ、切って良いよな?

朝顔さんなら大丈夫かなぁ?







 薬研がドスを効かせて脅しかけたが、雅は特に怯える様子もなく、頬に手を当てて小首を傾げてしまった。




 先程から雅という少女は空気に向かって語りかけている。薬研と同じく妖精がそこで『カメラ』を構えているらしいのだが、信道には全く見えなかった。すぐに説明を要求したいところが、すぐにでも切りかかろうとしている薬研を嗜める。



 しかし、次の言葉に信道も悠長に構えていられなくなる。







あのね。

織田さん、悪い人に命を狙われてるんだけど、それを幸乃皇女様から聞いてたみたいなの。

それでね、自分達でなんとかする予定だったんだけど、雅達が大会に織田さんが来てるって教えちゃったから、その悪い人に居場所分かっちゃったって……――

おい、子供。誰からそれを聞いた










 信道が、織田信長として三文字幸乃と内密の会談……――三文字幸乃が押し掛けてきた、が正解――だが、その内容は自分の従者以外、誰にもしていない。



 一介の小娘にする話ではない。噂で聞けるような内容ですらない。三文字幸乃が夜に突然やって来て、未来予知を告げてきたのだ。





 確かに、賊ぐらい返り討ちに出来なければ生きていけない。そこで死ねば、その程度だったというわけだ。そういう考えから、助力すると申し出てきた三文字幸乃の提案を断ったのだ。




 雅は、信道の顔を見つめてこう言った。







それを言われたのは織田さんでしょう?

雅、誰からも聞いてないよ

その子は類い稀なる『心眼』の持ち主なの。
そして、貴方の絶対的な救世主よ。

今のうちに、かしずいて手をとって、お姫様になってとお願いしておいた方が良いわ。

お留守の右手もそのうち、布しか相手にしてくれなくなるもの










 ふわりと降ってきた、聞き忘れるはずもない女の声に信道は顔を上げた。



 その黒々とした髪を艶やかに垂らし、陶器のように白い彼女の唇はうっすらと紅色に色づいている。その華奢な体躯に桜吹雪の舞う上質な十二単。




三文字幸乃……――







 晴渡国の皇女は、艶然と微笑む。



 その隣には彼女によく似た青年……ーー彼女の一人息子。雅よりも少し年上に見える。その長い髪の毛は母と同じく真っ直ぐ切り揃えられており、前髪が逆三角形のように形作られている。紫色の上質な着物を纏って無表情だ。




 幸乃は雅をそっと見下ろして、悲しげに眉尻を下げた。


 それとは対照に、しばらく目を瞬かせた少女は朗らかに微笑んだ。




うん、分かった。雅、大丈夫だよ。

ちょっと無くなっても、また作れるから

……ありがとう、雅。このお礼は必ずするわ

じゃあ、雅! 早くお洋服が作れるように大きくなりたい!

それは無理ねぇ






 ぱあっと両腕をあげた雅だったが、じゃあ、どうしようかな? と小首を傾げた。




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