騒がしい食事が終わると、賢誠達はそれぞれ部屋へ戻った。




 その直前に、朝顔は孝臣に呼び止められて、少し話をしたいと部屋にはいない。







 お腹もいっぱいになったし、そろそろ休もうか、というところ。



 賢誠は刀弥からもらったノート『人具の使い方帳』を広げて、トマトについて、色々書いていた。






 まずは緑茶味のトマトができること。


 トマトが今のところ、四つ作れること。


 トマトが破裂させられること。





 劇薬で作れるかもしれない、と付け加えて、まだまだ考える必要あり、と勝手に書き記す。



 こうやって考えるだけで、本当に幸せな気分になる。もしかしたら、根っからの研究者資質があるのかもしれない、と妄想してまた嬉しくなった。






刀弥、いるか?

どうした、雪村?





 扉を開ければ、齋。


 服はセーラー服から着替えて、袴姿だ。





 彼女は神妙な面持ちで扉の前に立っていた。



明日のことでだが、話したいことが有る

……そうだな。
明日は大事な初戦になるしな

 




 明日の試合の作戦会議だろう。

 齋が刀弥を連れ出す形で、出して行ったそこへ、入れ替わるように朝顔が戻ってくる。








 朝顔は賢誠と雅だけなのを確認して、二人に話しておくことがある、と口にした。







朝顔

孝臣に俺が妖精だってのがバレた

マジですか。また何で……

孝臣さん、色々透けて見えるものねぇ










 雅が、ほんわかと笑って、そんなことを言った。






朝顔

透けて見える? どういうことだ、雅?

? だって、孝臣さん私達のこと見えてないわよ?







 それの意味が分からないんだが。



 朝顔が眉間に小シワを寄せる。賢誠も、意味がサッパリだ。





 しかし、しばらくして雅は、うーんと視線を上向けて、ニッコリと微笑む。






孝臣さんね。人間の表層が見えないの。


その代わり、内臓とか、骨格の方が見える……――あぁ、違うわ。


表層が透けちゃって内臓や骨格しか見えないのね。

妖精だと筋肉や内臓とかがないから、すぐ分かったんだわ。無機質は見透かせないみたいなんだけど

朝顔

……そうか。透視能力か

透視能力?

朝顔

レベルは低いんだが……――雅。それは『常に』といった感じなのか?

そうねぇ……小さい頃からずっと?








 すると、朝顔は眉間にシワを寄せて、小さくため息を溢しただけだった。



 雅は困ったように小首を傾げる。









 朝顔は知識があり、雅はそんな朝顔の思考を読み解いたからだとして、賢誠にはさっぱりである。




 賢誠には知る権利がある、と訴えて朝顔に説明を要求した。













 透視能力には三つある。




 まずは、この国の皇女が持っている未来を見透かす『未来予知』。



 次に、雅が持っている真実を見抜く『心眼』。



 最後に、物質を透かして見ることができる『透視』。







 藤堂孝臣という男は、生まれながらに『透視』能力が備わっているのだ。それも、常時展開されるぐらいにハイレベルの『透視』能力。



 通常の『透視』であれば、当人の意思でそれを調節できるものだ。途中から能力に目覚め、最初は見透かすことに抵抗したり封印したりするが、次第に慣れてくる。




 しかし、雅が言うには小さい頃からずっと……――そして『私達が見えてない』という言葉。表層が透けている。数々の言葉を組み合わせて推理すると。






 藤堂孝臣は、人間の判別を表層といえる肌や顔の造形で判断しているとは言えない。もしかしたら、筋肉の付き方、内臓の僅かな作りの違い、などなど様々な基準で他人を判別していることになる。



 つまり、彼の見ているのは『人体模型が闊歩している』世界だ。






そうか。だから、孝臣さんだけは雪村さんが服を着替えても無反応だったんですね……







 賢誠は側で見ていて、ちょっと不思議に思った。



 家族は洋服の作りを絶賛しているのに、孝臣だけは何が何だかサッパリそうに目を瞬かせていた。





 あとから齋が藤堂に似合うか尋ねて来てから、彼はようやく似合うといったのだ。 



 実際は人体模型が服を着ているようにみえるから可愛いかどうかなど分からない。






じゃあ、あの後に孝臣さんがカメラを取りに行ったのは……――

朝顔

写真に写ってる姿なら透視することもないからだろう。

無機質なら見通せないらしいからな







 それはそれで、不憫な体質だなぁと賢誠は他人事のように思った。



 しかし、雅はそれよりも、と眉間にシワを寄せる。






大丈夫かしら、明日の学校対抗戦。

お客さん、来るかしらねぇ……

どうしたの、急に?








 のほほんとしている雅が、観客が入るか、なんて心配するはずがない。


 彼女は、ちょっと難しい顔で、口を開いた。









 学年対抗戦。




 名目こそ、自身の優秀さのアピールだが、実際はもっと根が深い。




 この学年対抗戦は学校自身が持っている『力量』の披露会でもある。ようは、優秀な学生が居るか……ーーこの学校は存続させるに値するか、というものだ。



 あまりにも戦闘力のレベルが低いと閉校もありえるのだ。日輪でわざわざ開くというのは最新鋭の設備というだけではなく認知度があるかというのも一目で分かるからだった。





 学校の関係者や家族にはチケットが無料で配布されるが、他の客はチケットを購入して見に来る。もしくは、外に設置してあるモニターで見るしかない。



 火野の武術学校は地方の田舎者というだけあって、客がなかなか集まらないのが現実だ。






 今回、日輪にくるに当たって自費を強いられたのもコレが原因だった。



 学校側が運営費をケチったというわけではない。火野の学校に支給されている金額が毎年削られているため、自費負担にするしかなくなってしまったのだ。



 巻き返さなければいずれは閉校の道を辿ることになる。





 一年とちょっと前に火野へ転校した齋。




 日輪で開催している学年対抗戦を一年生の時に手伝いに行って実力を見た齋は火野に卓越した実力者がいないと試合を眺めて分かった。




 学校別対抗戦でも火野武術学校は案の定、実力不足で最下位だったと報告を受けた。


 このままでは火野の武術学校が閉校になるのも時間の問題だ。






 別に齋は困らない。清貞に頼んで家に住まわせてもらい、また日輪の学校に通い直せば良いだけだ。



 だが、齋が気にしたのは刀弥のことだった。



 刀弥は平民でありながら高い学費を払って学校に通っている。学校に着てくる服が毎日のように同じ運動着であるのを見れば、彼らの生活が厳しいものだというのは分かる。日輪の学費は火野よりも遥かに高い。貧乏ながらにも努力家の彼が通える武術学校は火野しかない。










 だからこそ齋は今回、刀弥を引っ張ってきた。



 彼の実力を見てもらう機会。それに刀弥の戦いぶりをみれば心を動かされる者もいるだろう……ーー自分のように。




 そして、火野の武術学校の閉校を何としてでも阻止せねばならない。自分のためにも、彼のためにも。



















な、何で今まで黙っていた……

すまない……








 違う種類の危機を隠していたのを齋は頭を垂れて謝った。



 刀弥の通ってる学校はチケット代も学校の運営費に回る。




 軽食の販売などもその対象だが、去年、齋が手伝いに行った時、火野の武術大会に人気はなかったことを遠い目をして思い出した。







 閑古鳥が鳴いていた、と表現しても間違いはなかった。

 


















よし……

 織田信長が見に行くと噂される日輪の大会は火野の武術学校が開催する学年対抗戦だと突き止めた権兵衛はチケットを購入した。これがあれば五日間は自由に出入りできる。




 長期滞在を決めた織田の宿泊先は警護の堅い旅館だ。寝込みの奇襲は選択肢から外したが、この大会は観戦者が特に多いわけではない。



 人通りが少なければ、それだけ織田を見つけやすい……――。






 換金所で見つけるよりも、遥かに楽だろう。



 権兵衛は、月がもうすぐなくなる夜空を見上げる。


 運は、まだ権兵衛に味方してくれている。夜こそ、人目につかない。月がないとなれば、それはなおさらだった。






















 和泉は宿泊先の旅館で、以前、暗殺計画を持ちかけてきた男と再会した。




 三文字幸乃の暗殺を手伝ってほしいと改めて願われた。再び、大金が懐へ潜り込んできた。






 和泉は快く承諾する。



 元々、織田信長の護衛だって真っ平ゴメンだった和泉。今の皇女を消すことに手を貸すぐらいしてやっても良い。



 それぐらいの実力を和泉は持っているのだから。この和泉がいれば、皇女暗殺ぐらい訳はない。






 むしろ、この男の方が和泉の実力をよく理解していると思ったぐらいだ。






 皇女暗殺計画は、場所を変えても密やかに進められていた。



 何でも、皇女達も今回は日輪で開催される火野の武術学校に来るというのだ。






 作戦が話し合われた。






















 正直言って、齋の感想は家族や親族以外で見に来ていなかった。



 それぐらい火野の武術学校は期待されていない。それが齋の評価だった。






 刀弥は顔をしかめる。




 火野の武術学校は、そこまで危機的状況だったとは思いもしていなかった。



 そんなことでは、刀弥が掲げている夢はどうなる。戦いで功績を上げ、武人として国にお仕えする。そして、今まで苦労をかけた分を家族に返すのだ。





 ひもじい思いをさせている妹や弟、今も働いてくれている母に、この恩を返したいのに、それでは夢さえも絶たれてしまう。








だが、すぐに、という訳ではないんだろう?

そうだな。

でも、時間の問題ではある。私達は卒業まで後、三年ある。

その間に閉校の可能性がある。

父は実際、通っていた学校が閉校になって別の学校に移った経験があるのだ








 晴渡国は賢誠が前に住んでいた世界のように通っている生徒が卒業するまでは運営するという方策は取らない。



 閉校させると決めたら、閉校させるのだ。齋の父の時は、三ヶ月ぐらいしか猶予は持たされなかったという。











 だから、と齋は握り拳を震わせた。



 その漆黒の瞳で刀弥をまっすぐ見据える。







私達は、何としてでも上位四位まで残り、王都での学校対抗戦で最下位を抜け出さなくてはいけない

無論だ。

これは俺の将来だけではない。

家族の今後にも関わってくる……――頼むぞ、雪村齋

お互い様だ、赤石刀弥。
私が背を預けられるのは、お前しかいない









 大事な家族を守るため、戦うと決めた少年と、ひたむきに走る少年の夢を守ってあげたい少女。




 二人は固い決意を胸に、互いの手を組み合う。



 強く握って、誓う。







狙うは、優勝だ


























 事情がよぉーく分かりました。



 さすが雅お姉ちゃんであった。齋が知っている現状を見抜き、刀弥が実はかなり緊迫した状態であることが判明した。





 このままでは兄の夢が潰えてしまう。それは弟としても悔しい。




 雅の能力にちょっと疑問が残るが、今は明日の大会だ。



 雅いわく、火野の武術大会には閑古鳥が鳴くぐらいに人が来ないらしい。どうにか客を集めなくてはいけない……ーー。





織田さん見に来るんだよね? 刀弥兄さんがそう言ってたけど。それって、何か奇妙だよね

雪村さんの人具が気になるから、雪村さんに果夜国に来ないかって誘ったのよ

あぁ、そうか。そういえば、雪村さんが織田信長を助けたって言ってたっけ






 換金所に織田信長が現れなかったと言うのに、それで刀弥が嬉しそうに帰ってきてそう話してくれたのだ。




 暴漢に襲われたらしい織田信長。

 齋がソードブレイカーで敵をあっさり返り討ちにしてしまったのであろうことを予想した。そして、それを見た織田信長は、何かの経緯があって近々、火野の武術学校が開催する学年対抗戦が催されるのを知り、それに行くと言ったのだ。おそらく目的は齋だ。仲間として引き入れたいと思っている人間が実際に戦うところを見ることができチャンスはない。



 だから、そのために織田信長は換金所には行かず日輪へ向かった。刀弥も人混みに紛れてまで楽しみにしてた織田信長の来訪。まさか大会を見に来るという形になるとは誰が予想できただろうか……ーー。






そうだ。良いこと思い付いた








 賢誠は、くるり、と朝顔を一瞥する。雅も、名案だわぁ、と朝顔に振り向いた。



 朝顔は目をぱちくりさせて首を傾げるしかない。






 しかし、このあと、少年少女達が埋める大会の客寄せ作戦の種は、翌日、盛大に芽吹く。






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