日輪の入り口で待ち合わせしよう。





 織田信長の来訪がなかった換金所でそういう話に持ち込んだ齋は刀弥達を待っていた。





 齋も今日、着いたばかりだったが文を出しておいた父の友人……――藤堂清貞(とうどうきよさだ)と共に日輪の出入り口で待っていた。








そろそろ、約束の時間だが……
大丈夫かねぇ? 初めて日輪に来るんだろ?

大丈夫だとは思いますが……

? あれ……?







 何かが空を飛んで来ている。




 それが雅の運んでいる小屋だと気づくのはもう少し大きく見えるようになってからだった。






 齋はその小屋の上に乗っている桃色の洋服を着用した少女が大きく手を振っている様子を見て唖然となる。そもそも、小屋が空を飛んでいる時点で驚愕して当然なのだが、この前会った妹はもう少しおしとやかというか、控えめな感じがしていた齋にとって小屋を丸ごと連れてくるという離れ業をしてのけるような少女に見えなかったからだ。






 もうひとつ言えば、洋服が彼女にとても似合っていて可愛い。猛烈に。








 ほぉう、と清貞は声を漏らす。



 そんな齋達の前にログハウスが降りてきた。静かに地へ降りると、雅はついたわよーと屋根を叩けば、小屋のドアが開かれて賢誠がまず飛び出し、続いて出てきた刀弥に齋は硬直。最後に朝顔が出てきて小屋が朝顔の手にある種のような魔道具に収納されても気づかないぐらいだった。






 その理由は、刀弥が洋服を着用してくるとは思っていなかったからだった。



 賢誠が書いていた図案はどれも和服がだらしなく気崩されていたり、妙に格好良い装飾が施されていたりとしていたからだ。まるで別人が現れたようで齋は胸中が落ち着かないでいた。







 端から見ればただのコスプレ集団なのだが、その佇まいが堂々としていれば普通に見える。



 刀弥が代表となって今日からお世話になると清貞に告げて、一礼。



 齋が放心状態から解放されるのは、もう少しあとのことだった。














 藤堂家は最近取り入れたという洋風建築だった。



 ただ、まだ内装は和を重んじている風合いだ。



 自由に使って良いと言われた客室に案内された赤石一家はベッドと畳が混在しているのを見て衝撃を受けた。






 といっても、衝撃を受けたのは刀弥と雅で、修学旅行経験のある賢誠、人生経験が豊富な朝顔は特に無反応だった。







数が多いな……

いや、このベッド、一人用だよ?

なっ!? こんなに大きいのに、一人用なのか!?







 賢誠達はいつも身を寄せ合って寝ているから、こんなだだっ広いベッドは珍妙以外の何物でもない。


 むしろ、この一人用のベッドで三人寝れるぐらいだ。


 これが一人用など信じられない刀弥と雅だった。








 高級すぎる寝床が使えないという貧乏人達がワチャワチャしているとは知らない清貞達。刀弥達を客室に通して少し離れたところ――。










良い男子だな。

しかも、妹は今朝家を出立してここまで来たのだろう?

あれだけの実力があるなんて、本当に平民か?

は、はい!

彼は平民で、妹も平民、その弟も……――

それは当たり前だな。
それで、齋。ホの字か?








 ケラっと笑って小指を立てた清貞に、違う! と齋は即座に否定。平民なんぞに恋慕は抱かない! と清貞に向かって勢いよく握り拳を突っ込んだ。清貞はそれを軽くいなした。






 この台詞は、どちらかというと雪村齋という人間の言い訳だ。



 清貞は齋が赤子の頃から知っている。今、彼女達は火野に住んでいるが、雪村家と藤堂家は隣だった。齋の父がつい一年とちょっと前、地方に飛ばされ、娘の齋も武術学校を転校したのだ。






 このツンツンしている齋のことは、実の娘のように思っている。そして、齋の父に『気持ち悪い』と言われるほど齋のことを知っていると自負している。一人息子はいるが娘もほしかった清貞にしてみれば、隣に可愛い娘が生まれたことが大層喜ばしいことだった。



 実の息子より甘やかしている、と言っても過言ではない。







齋は、かなり惚れっぽい。




 特に、何かに打ち込んで頑張っている人間を見ると、つい気にかけてしまう。



 それが恋慕に変わることがままある。なので、まだ十三になる前に何度か失恋を体験している恋多き乙女なのだ。





 その中でも、平民に恋心を抱くことが多かった。





 ある時は魚屋の青年、ある時は花屋のお兄さん、ある時は剣術の稽古に励む少年……――。



 雪村齋は人がどんな努力をしているのか、というのを見つけるのが上手なのだと清貞は思っている。人間が目標に向かってことを重ねる姿に心が触発されるのはよくあることだ。


 齋は、それが人一倍強いのだった。







 魚屋の少年に惚れた理由は魚の捌きが上手くできないで練習している姿が懸命だったから、花屋のお兄さんはドジを踏むことが多く、よく花瓶を蹴飛ばしてビシャビシャになるけど笑顔は絶やさない。稽古に励む幼児は空き地で素振りをしているのを見たとかだった。




 厳しい父には相談できずとも、甘やかしまくってきた清貞にはそんな相談をしてくれたことを今も鮮明に思い出せる。






 齋は惚れると態度に出る。それを知っている元クラスメイト達は、そんな齋をからかった。




 だから『平民なんぞに恋慕は抱かない!』という台詞は齋が気持ちを隠すのに使う言葉として定着しているのだ。




 平民に対して嫌悪を抱いている訳ではないが、その台詞は止めさせなければいけないというのも清貞の胸中だった。齋にそんなつもりは無くても、貴族が平民を差別視している台詞と混同されて当然だ。





 貴族とて、元を辿れば平民なのだから。










 それを忘れて横暴に振る舞う貴族が、増えてきている。


 だからこそ、齋にはその過ちを正してもらいたい。





 そんなところに、妻の美佐子が齋を呼びにやって来た。


 何でも、日輪に居た頃の友人がわざわざ家に尋ねてきたというのだ。一緒に、息子の孝臣も帰宅した。









 さて、いよいよ明日は学年対抗戦の開会式と予選だ。齋と刀弥の晴れ舞台である。





 大人として、色々教えておかないといけない、と齋にトコトン甘い清貞はそう思って齋に前々から教えていたことがある。





 それは、学校の裏事情……――『学年対抗戦』に関することだった。





































 齋は友人達に来てくれるように頭を下げた。チケット代はこっちで払うといったが、心優しい友人達は見に行くと言ってくれた。






 それから帰ってきたばかりの孝臣の元へお邪魔した。




 清貞の息子とは思えないぐらいに真面目な息子だ。



 残念ながら、人具が武士向きではなかったが彼は猛勉強して医者になった。


 彼は数年前に研修医を終えて、今は医者として働いている。その腕は名医と同等と言われるぐらいに優秀だ。時には、一目視ただけで病気を当てることもある。




 武士でなくても、立派なお人だった。






孝臣さん……――

ん。あぁ、齋か。
久し振りだな。昨日は帰れなくてすまなかった

いえ、良いんです。お忙しかったのでしょう?








 その通りなんだ、と帰り際に急患が入ってきて、帰るに帰れなくなってしまった。




 知的に鋭くつり上がっている目尻だが、穏やかに微笑めむ。彼は腕も立つとあって、女性からの申し入れが絶えないが、孝臣はどの女性でも良いと言うわりには、あまり乗り気ではない様子なのだ。




 齋はそんな孝臣にも恋心を抱いたことがある。今は儚い青春の思い出だ。



 一応、彼にも来てくれるか尋ねてみた。案の定、両親と一緒に行くと笑ってくれた。







 そんな時に、夕飯だと呼んでくれる声。








はい! 齋も参ります!

齋は、今日も元気そうだな

はい! 明日はいよいよ予選ですから、しっかり蓄えねばなりません!








 孝臣は、齋の頭をガシガシと撫でる。




健康で、何よりだ

 






 そして、薄く微笑んだ。




 





























 食事は賢誠達にとっては勿体ないほど豪華だった。



 見たこともない料理……――といっても、賢誠は元居た世界には当然のようにあった洋食が長テーブルいっぱいにズラリと並んでいるのだ。


 賢誠は椅子に座り、久々のご馳走だと箸を取った。だが、このあと異世界という世界を隔てたカルチャーショックを受けることになる。




 刀弥と雅が楕円形の料理を見下ろしていた。雅に関しては、なにこれ? という疑問を顔に表示している。



 口を切ったのは刀弥。



これはいったい……ーー

ハンバーグだよ。知らないの?





 良い具合に焦げ目がついたハンバーグには濃厚なデミグラスソースがかかっている。それに彩り鮮やかな温野菜が添えられて、ほくほくと湯気を立ち上らせていた。芳しい肉の香りと食欲をそそるデミグラスソースの香りが鼻孔をつついて賢誠はすぐにでも食いつきたいところだった。




 刀弥がこちらに振り向いた。



 賢誠はその顔に『俺は知らない』と書いていることに衝撃を受けた。




 これは貧民過ぎて窮地である。味も知らないド貧民が高級店に転がり込んでいったようなものだ。





 清貞は、はっはっは、と笑った。





美佐子は料理が好きでな。


外国の料理をちょっとずつだが勉強しているんだ。

最近はオーブンもせがまれてな。

買ってやったばっかりなんだ

うふふ。ありがとうございます、清貞さん







 美女が薄く微笑んで台所へと入っていく。



 顔立ちは賢誠の向かいに座っている孝臣によく似ていた。明らかにお母様の血を受け継いでくれたようで何よりだ。髪の色は父親に似ている。




 おーぶん? と刀弥と雅の頭にクエスチョンンマークが賢誠には見えた。





赤外線や対流熱を使って食べ物を焼く大型の調理器具

焼くなら七輪でも十分じゃないか?

七輪じゃ無理だよ。

七輪は高温になるから短時間で素材を焼く能力は高いけど、オーブンは庫内の温度を保つことでじっくりと素材に中まで火を通すんだ。

一八○度、二○○度、二二○度とか。

そっちにあるキッシュは七輪で作ったら底が焦げて中が半生になっちゃう

せきがいせん……た、たいりゅうねつ?









 清貞が首を傾げた。





 そこまで詳しくは知らないようだった。



 とりあえず、分からないことがあったら何でも聞いてくれ、と清貞は豪快に笑って、食事は進んでいく。



 久々の洋食に、賢誠はついついガッツク。ちょっと顔を青くしている刀弥は賢誠が幸せいっぱいにハンバーグをむさぼり、野菜たっぷりのキッシュをサクサクと食べ進めているのを青い顔で見下ろしているが気づかない。







 これは久々の洋食なのだ。元居た世界では普通に食べられたが、こっちではご馳走なのだ。賢誠にしてみれば、元の世界がいかに恵まれていたか痛感させられたカルチャーショックでもあるのだから、刀弥になんと言われようともいただくものはいただく。



 そんな食べっぷりに、清貞は賢誠のコップに焼酎を注ごうとするのを、息子の孝臣と齋が止める。賢誠はというと清貞の雰囲気に当てられコップを差し出していた。







ちょっとぐらいなら大丈夫だって

子供はアルコールの分解能力が低いんだ。親父も、腎臓働かせ過ぎだからそこまでにしろ

息子が医者になるとダメだなぁ、酒の量が決められちまって。そうだ、坊主。お前、人具はどんなのだ?

小石です

だから、どんなのか見せろって言ってんだ!








 賢誠は隣で真っ青になっている刀弥のことなど知らず、瞬時に人具をほっぽり出した。



 賢誠の掌で、茶色の光が、ぱんっ! と弾ける。



 そこに現れた小石に清貞はじっと見つめて、また、テーブルを叩いて笑った。







はっはっは! 小石ならまだマシだ! 武器として使えないわけじゃないからな!








 ちょっとイラっとした賢誠は、清貞の額目掛けて人具を吹っ飛ばした。



 すると、酒が入っているわりには機敏にかわした清貞が、威勢が良くてよろしいとゲラゲラと笑った。その後頭部に吹っ飛ばした石をユーターンさせて小突いてやった。





 それをみると、また清貞はゲラゲラと笑う。してやられた、と。 




 そのノリでだが、清貞は孝臣にも。




お前の人具を見せてやれ!







 今度は齋はビクッと体を震わせたが、あまり気にしてないように孝臣は手のひらに青い光を集める。球体に変身した光は、水しぶきが弾けるような音をたてて光を散らす……――その中から現れたのは、青い水属性の魔力とは正反対。太陽の光をさんさんと浴びて真っ赤に熟している食べ物……――。





トマト……――









 唖然とするしかない刀弥。



 雅はカルチャーショックを克服して、キルシュを堪能。




 物珍しげに朝顔はそれを凝視。


 そして賢誠は、





トマトだ!








 椅子から飛び降り、孝臣のところへ飛んでいっていた。





 見せて見せて! と賢誠は手渡されたトマトを受けとる。トマトにしてはちょっと重い。





 賢誠はしばらく眺めて……――まずは食べてみた。





 雅を除いた周囲にちょうビックリされた。



 刀弥が食べて大丈夫なのか、吐き出せ吐き出せと齋がやって来る。




 賢誠は、構わずぐちゃぐちゃと咀嚼する。食感はトマトだ。トマトだけど……――と思っていたら、口の中で突然、食材が形をなくしてビチャっと崩れた。



 口の中に液体が広がったのだ。それを賢誠はゴクンと飲み下す。

 賢誠は心配そうに刀弥と齋から見下ろされてパシパシと目を瞬かせる。



 そして、賢誠の感想は。






トマトじゃない








 そう。味がしないのだ。



 トマト独特の、甘味と酸味が欠片もないのである。まるで、水だけでトマトの食感を再現したトンでも食材のよう。もし現実にそんなことができたら、絶対に世間から注目浴びるであろう。





 そうだろうな、と呟いたのは、今までずっと黙っていた朝顔だった。







朝顔

水属性の人具は主に空気中の水分を利用して形成されるらしい。

水属性だけはその点、特別だからな









 水属性は基本魔力属性の中でも、特に魔力を消費しない属性として有名だ。




 だが、水属性に攻撃威力があるかと言われれば、あまり無いのが現状だ。せいぜい、大量の水を出すといった具合で、殺傷能力が低い。魔力回復能力や、人間を癒す能力も持ち合わせているが水属性は攻撃が少ない。





 故に、水属性の魔術師はあまり需要がないのだ。


 そのわりには水属性の人間が多いが、もっぱら彼らは他の魔法を訓練することになる。得意属性の魔力が使えない分、苦労も多い……――。






魔力が固形化して、人具が形成されるんじゃないの?

朝顔

普通ならそうなんだが、水属性は特別だってさっきも言ったろう








 賢誠は、かじりかけのトマトを見下ろして、もう一回、噛みついた。




 賢誠は口をモグモグさせながら考える。




















 藤堂孝臣という人間から出てきた、『魔法のトマト』。




 食感はどうもトマト。


 味だけが残念なほどしないトマト。



 それは、空気中の水分が使われているから水の味しかしないトマト……――。







 不意に、賢誠の視線はテーブルに乗ってる二リットルガラスボトルの緑茶に止まった。







ねぇ、孝臣さん! あの緑茶でトマト作ってよ!

は?







 誰もが、キョトンと目を瞬かせた。



 賢誠は緑茶のガラスボトルを持ってくると、孝臣に突き出した。






だって、水属性の魔術師は水分を使って人具を作れるんでしょ?

なら、緑茶でも出来ますよ!

ボトルの中に孝臣さんが立ってるところを想像するだけで良いのよ。それだけで人具って作れるみたいなの






 孝臣はただ目を瞬かせて首を傾げていたが、グラタンを食べ終わってご満悦な雅は、またグラタンに手を伸ばす。






 孝臣が言われるままに緑茶の中に自分自身を想像する……――すると、ボトルの中に青い光が集まって、弾ける。







 緑茶の中に、トマトが沈んだ。



 
 そこに、ぽっとぉん、と落ちて、ちょっと跳ねて、また底に沈んだ。



 緩やかに、ころぉーんと、底で転がる赤。それは紛れもなくトマト。






 それを見下ろして、孝臣はボトルを開けると手を突っ込んで拾い上げた。それを、父親の清貞へと投げつける。






食ってみろ、身体に良いから

緑茶だったらな!








 清貞は面白そうにそう笑って、孝臣から投げつけられたトマトにかじりついた。


 すると、また清貞は笑ってトマトを高らかに持ち上げて振った。





おい! 本当に緑茶の味すんぞ!

良い特技見つけたじゃねぇか、孝臣!

トマト型の緑茶なんて、売れるんじゃねぇのか!

そうだな。それと、もう一つ、良い活用法を思い付いた






 楽しそうにケラケラ笑う孝臣の視線が清貞の側で沈黙に徹していた酒瓶へ向いた。




 すると、酒瓶の中に三つの光が出現したかと思うと、トマトが酒を吸い上げたように丸々としたトマトが三つ、瓶の中に収まっているという珍妙な光景に変わった。その中に液状の酒はない。



 そして、瓶の中に収まったトマトは瓶の細い口から出てくることはない。





酒瓶から酒を出せなくできる。
これは便利だ

おいこら! 人の楽しみを取るな!

親父は齋がくれば幸せだろ?

そうだわ!
私達、雪村さんに良いものを作ってきたの!

清貞さんをもっと幸せにしてあげる!








 雅は突然、そんなことを言い残すと、パタパタと部屋へ例の物……ーーと言っても、セーラー服なのだが――それを大事そうに抱えて戻ってきた。




 それから雅は齋を取っ捕まえて台所に入っていく。その台所から、まぁ可愛い! と美佐子が絶賛する。







 何事か台所に注目している、賢誠を除いた男達。


 賢誠はというと、周囲の騒ぐ声など聞こえないぐらいに次なる思考を働かせていた。







これって、ある程度、衝撃を与えると水分に戻るんですよね。じゃあ、硫酸とか塩酸で作れるんですかね?

は?







 また、クルリと視線が賢誠の元に集中した。



 それは孝臣や刀弥、清貞だけではない。魔術に詳しい方である朝顔でさえも目をぱちくりさせたのだ。



 何故、そんな不思議そうな顔をするのか賢誠の方が謎だった。



 賢誠はつい、朝顔を見つめて口にする。




だって、人具って魔法の道具でしょう?


なら、孝臣さんの魂から出てくるトマトは『魔法のトマト』なんだから、何ができるか分からないじゃないですか。

硫酸や塩酸もトマトにできたら、敵はまず『トマトの人具で何ができる』って思って油断する。

でも、それが硫酸や塩酸だったら敵にかけられますよね。それだけで十分危険な攻撃です……――て、そうだ。


孝臣さん、あの瓶の中のトマトって、孝臣さんの意思で壊せますか?






 孝臣はちらっと酒瓶の中のトマトを一瞥した。



 途端に、三つのトマトはぐちゃっと砕けて消えると、元あった量の酒が液体となって瓶の中に収まった。清貞はたぷんと酒瓶を揺らして怪訝そうな顔で孝臣を見据えた。





おい、硫酸とか入ってないよな

入ってるわけないだろ。そもそも、取り扱いの資格を持ち合わせていないのに持っていたら違法だ

見て見て、清さん! いっちゃんの服!







 台所で雅の持ってきた衣装に着替えさせられた齋が顔を真っ赤にして美佐子に背中を押されながら台所から出てきた。




 彼女のしなやかな身体にセーラー服はピッタリだった。



 まさに日本の女学生と言った風。黒いタイツが彼女の細い足をクッキリと浮かび上がらせる。全く露出していないところが清楚さを醸し出しており、キリッとしている彼女が別人に見えてしまうぐらいだった。
 もっと驚くべきことは、これが雅が勝手に作った型でピッタリだったことだろうか。






・・・・・・

可愛いわぁ!








 美佐子が顔を真っ赤にして幸せそうだ。


 清貞はというと、硬直したあとにブルブルと震え出した。






誰だ! この服を作ったのは!?

『天衣無縫』の喜助お兄ちゃんよ。雪村さんなら似合うって思って、作ってもらったの

喜助とやらがか!? 齋の肢体に触ったのか!?

き、気持ち悪い言い方をするな!
そもそも、そんな男は知らん!








 気持ち悪いぐらいに興奮して叫んだ清貞に齋は、手近のフォークを彼に向かって投げつけたが、興奮したオヤジ様はそれ受け止め、ご丁寧にテーブルへ置く。





いくらした!? オジサンが買ってやろう!

だ、誰もほしいなんて言ってな……――

そうねぇ、二七万八千円ぐらいかしら?

雅! そんなこと言ったら、清貞さんは……――








 ワタワタとする齋なんぞ目に留まっていない雅と清貞。それぐらい質が良い洋服なら五○万は下らないと叫び、常備していた財布から万札を三十枚、雅へと叩きつけた。




 この上なく幸せそうに、持ってけ泥棒、とのこと。




 雅は頬に手を当てて、あらぁ、と微笑する。







一着にそんなするなんて、腕が悪いのねぇ。

火野に『天衣無縫』ってお店があるのだけど、そこにいる梶間喜助さんをご紹介するわ。


元々『洋風館』っていう高級服店でも洋服仕立ててた経験のある人だから、私の紹介だって聞けばきっと良い服を仕立ててくれるわ

あぁ、あの『洋風館』か! それなら、腕は確かだな!









『洋風館』は晴れ渡る国に五つほど店舗を展開させている高級仕立て屋だ。この晴渡国へ真っ先に洋服を持ち込んだ、いわば元祖でもある。




 この日輪にもあるが、赤石一家が来てやって来たような服や、齋が着ているような服は作っていない……――コスプレに関して言えば当然だが。






み、雅……?









 雅が豹変したように思えた刀弥は三十枚もある万札を一枚一枚丁寧に数えている彼女に手を伸ばしていた。




 この時、何となく、刀弥は雅が少し遠くに行ってしまったように錯覚したのだった。







に、似合いますか?

変じゃ、ないでしょうか……?

……あぁ。似合うよ、齋。
よく似合ってる







 孝臣は一瞬、近寄ってきた齋にキョトンとした表情を見せたあと、そうさらっと口にして席を立ち上がった。



 似合っている、というわりには反応が淡々としているように賢誠には見えた。






そうだ、カメラを持ってくる。写真に撮ろう

そ、そんなの良いです! 恥ずかしいですから!

せっかく可愛い妹が可愛い服を着てるんだから、写真に収めておかないと

か、可愛いだなんて……!

そうだ、そうするぞ!
考臣、カメラ急いでもってこい!











 清貞が興奮冷めやらぬ調子でカメラを要望。



 持ってこなくて良いと叫んだ齋だったが孝臣は笑顔でカメラを持ってくるとキッチンを出れば、急いで持ってこい、と騒ぐ。





 賑やかな夕食はみんなで写真撮影で、幕を閉じた。







pagetop