妖精達の妖怪狩りが始まりそうになっているとは露知らず。






 朝顔が持石の元へ交渉しに行った翌日のこと。賢誠は刀弥に織田信長を見に行かないと言って家に残り、早速、天之御中主の言葉を信じて行動を起こした。









 刀弥に頼んでノートの予備を一冊もらい、人具の使い方帳、と漢字で書いてみた。握力が弱くキリッとした文字はできなかった。くにゃあ、と曲がって子供っぽい字だが賢誠はたったそれだけで満足した。



 自分の人具で何ができるのか考えるべく、とりあえず、石を浮かして遊んでみる。






 思い通りに動くことに気づいた賢誠は、まず拙い文字でノートの一ページに。

めっちゃ動く







 そう書き記して、次は何個出るのか挑戦する。



 部屋中に出せるだけ出そうと想像したら、部屋のあっちこっちに賢誠の人具が出現してまった。


 部屋の中に赤い星が浮かぶと言う、小宇宙が完成している。しかも、それは空中で固まったように動かない。一個一個数えてみたが、そのうち面倒になってしまったため、次のページに。



いっぱい出でる









 鉛筆を握って文字を書くのがこんなに楽しいことだったというのを思い出した。






もしかして、ボクの人具は遠距離攻撃系なのかな……








 宙に浮かび、自由自在に飛び回る。それは遠距離攻撃武器の特徴じゃなかっただろうか、と賢誠は天之御中主との会話を思い出して嬉しくなる。



 帰ってきたら刀弥に付き合ってもらおうと賢誠は廊下に出た。母の凛が洗濯物がつまったカゴを抱えて洗い場まで運んでいるところだった。重そうなのを見て、賢誠はちょっとバカなことを思い付いた。





ボクが持つ!

賢誠には重たいわ。

ありがとうね、賢誠……――







 お礼を言われている最中に賢誠は人具を四つ作り上げて、洗濯カゴの底に人具を四点、あてがった。それを浮かせるイメージ。



 すると、洗濯を抱え込んだカゴがふわっと浮かび上がり、凛の手から浮かび上がった。それに驚いて、凛が言葉を切ってしまったぐらいだった。





 それをそのまま移動させる。水平を保ったまま移動させるのは難しいことが分かった。ちょっとグラついて、危うく洗濯物が溢れそうになった。すごいわねぇと褒めてもらえた賢誠は嬉しくなる。




 意外に役に立つじゃん!







 これでも小さいなりに十八歳の魂だ。



 前世でも両親が共働きで大変な思いをしているのは知っていた。だから、家事は手伝っている方だった……――料理は壊滅的だったが。






 つまり、これから洗濯物を運ぶぐらいの手伝いはできると言うことだ。


 洗い場には二層式洗濯機がある。ただ、電気が発達しているわけではなく、魔力で稼働する。



 一ヶ月に一度ぐらいで充電が切れてしまう。電気ぐらい発達させることができそうなものだが、この世界は魔力の方が中心だ。





 それに放り込んで、洗濯機に仕事してもらえば、あとは脱水機にかけて干すだけ。


 賢誠は、またノートに鉛筆を握った。





輸送可能。水平に運ぶのが難しい……






 あれから凛に学年対抗戦があることをを説明すれば、お金のことは心配しなくて良いから行きなさい、と言われ、刀弥も渋々といった風だったが、賢誠の想像を書き起こした服の図案にはこだわりを見せた。





 刀弥は黒系の洋服が好みだったようで和服は却下された。




 やっぱり、キャラクターが着用している服というのは格好良いと思う。



 とくに漫画家やイラストレーターが描くオリジナルデザインとなれば、作家達の魂が込められている。だからこそ、そのキャラクターが着用している服は個性が生きている。読者の個人的な趣向はあれど、どんな服も格好悪いはずがないと思うのだ。






それじゃあ、買い物行きましょうか。

日輪まで出掛けるんだから、雅にも久々に新しい服を買ってあげなくちゃねぇ







 そう。



 大会の開催は一ヶ月前から言われていたが、刀弥が今まで黙っていたため、凛は仕事を抜けられなかった。その代わり、朝顔が同行することになった。



 お出掛けだし、刀弥には何だか格好いい服を新調してもらえるのだから雅や賢誠にだって新しい服を買ってやろうという母なりの気遣いだ。


 そんな親心なのだが……――雅はというと、こんなことを言い出した。





賢誠に雅の洋服を考えてほしなぁ

はい?

雅のお洋服、作ろうと思うの。

だって、売ってる洋服より賢誠の考える洋服の方がずっと可愛いんだもん







 雅が突拍子もないことを言い出した。


 おかげでお出掛けは少し伸び、賢誠が想像したものを雅が丁寧に書き起こしていく。


 ピンクを基調としたその衣装は、某平凡な少女達が魔法生物に『魔法少女になってよ』詐欺にあって死闘を繰り広げる物語の主人公が変身した時に着る桃色の洋服だ。


 賢誠達は雅の着用する服を調達するため、ようやく家を出たのは昼過ぎだった。




























・・・・・・








 仏頂面で店内を掃除する二十代の男。彼の名前は梶間喜助。今日も、黙々と掃除する。



 ここは火野にある手芸店『天衣無縫』。その店長である白髪混じりの女性……――戌亥イノは、その後ろ姿には聞こえないよう、ため息をこぼした。





 『天衣無縫』は元々、仕立て屋として三〇を越えて旦那が立ち上げた小さな店だった。その店は二○年続いたが、その旦那が数年前、他界してしまった。



 最近は着物よりも洋服を買い求める客が増えた。顧客も洋服へと趣向を転向させ、着物を買い求める者が少なくなってしまった。






 そのため、着物の仕立てはするけれども布や糸などの縫製に必要な道具を売る店に転向させ、何とか経営は持ち直しているが――……やはり、イノにとって気がかりなのは店員として働いてくれている喜助のことだった。



 彼は元々、服を作りたいと旦那の元で修行し、それから高級店へと働く先を変えた仕立て屋だった。腕は高級店で働くようになって旦那よりも格段に高い。だが、その店屋を辞めて、こちらにまた戻ってきたのだ。






 この店でまた働きたいと言って。





 あちらの服屋で、何かあったのだろうと察した。戻ってきた時の顔は悲壮感が溢れていたのだ。





 理由は特に聞かず、迎え入れた。




 彼が戻ってきてくれてから仕事はずいぶん楽になった。着物を愛好している客は喜助の腕を褒めてくれる。



 喜助は高級な洋服屋で働いていたから、そっちの方が腕を振るう場所が増えるだろうと思って洋服も作ってみないか持ちかけたのだが……――喜助は洋服は二度と作らないと断られた。







 勿体ない。それを、イノが一番分かっている。



はぁい、いらっしゃいませー








 店のドアに下げてある鈴が来客を告げた。


 子供が二人と、母親。


 すると、肩にかかるぐらい髪がちょっと内巻きになっている女の子が、パタパタと真っ先にイノの元へ駆け寄ると、可愛らしい洋服の図案を突き出して見せた。





この洋服を作るから、布を探してくれませんか……――







 途端に女子は目を瞬かせると、店の端で掃除している喜助の元へ駆けていった。


 そうして、イノにしたようにその図面を突きだして彼女は興奮気味にこう言った。




このお洋服作るの手伝って!

は?























 お姉ちゃん。それはもう製作依頼です。



 賢誠はちょっと呆れてしまった。




 勇んで洋服作るぞー! と乗りこんだはずなのに、突然、店員に作るのを手伝えと言い出した雅。慌てて凛が喜助に頭を下げた。



 今の話は娘が勝手に、と弁解するが雅は続いて喜助に向かってこう言った。






雅、服を作る人になりたいの。お兄ちゃん、詳しいでしょ? 教えてください







 雅は唐突に頭を下げると、今度は楽しそうに女店長だと思われるオバサンの元へ戻る。




雅、ここで働きたい!

働きながら、服のお勉強したいの!

お嬢さん、歳はおいくつ?

十歳! まだ働けないけど、お洋服作りたいの!







 この世界で働きに出ても良い年齢は男で十だが、女は十二と定められている。その年齢より前に働かせてしまうと違法労働になってしまうから承諾はできない。




 雅は突然、家の事情を話し始めた。



 武術学校に通っている兄は新しい服を買うとすぐに貴族から切り裂かれてしまう、と込み入った事情を暴露する。


 だから、雅が作れるようになれば古着を再利用し格好良いけども値段を安く抑えた服が作れるようになる――。





ついでに、お洋服の宣伝になって、雅の作るお洋服が売れるようになる!








 ほんわかしている姉貴様は、スゲェ将来見据えていらっしゃった。



 すると雅は目をパシパシと瞬かせて、何を思ったのか、パン、と手を叩き合わせた。






そうだ!

刀弥の服をどこで作ったのか聞かれたら、このお店で作ったって言って良い?

そうしたらお店にいっぱいお客さんが来るから、雅、お手伝いする!

勝手に話をするな









 そうピシャリと言ったのは無愛想な店員だ。眼鏡をかけた、年齢は二十代ぐらいの男。



 眉間にシワを寄せて怖い顔をしているのに、雅はそれを見上げて、まだまだ自分の道を行く。






あのね。
雅のお家、ミシンがないの。

だから、すぐには作れないけど、この店のミシンを貸してくれれば雅が着ていく洋服作れるの!

ちょ、ちょっと雅姉さん。
それは何でも……――

だってこのお兄ちゃん、本当は洋服を作りたいんだもん







 眼鏡の店員の目元がピクピクと引きつった。どう考えても怒った人間の表情である。



 これはいかん、と焦った賢誠だったが、神のごとき救いの手が差し伸べられる。女店長がニッコリと微笑むなり





良いですよ

イノさん!








 凛はすぐに迷惑をかけるわけにはいかないと頭を下げたが、太っ腹(体型ではなく)の女店長はクスクス笑う。




うちの店はあんまりお客も入ってこないし、暇だから良いですよ。

それに、こんな可愛い洋服を仕立ててあげられたら職人冥利につきるわ。

ねぇ、喜助

俺は、洋服なんて作らない

雅が作るんだもん。

喜助お兄ちゃんは手伝ってくれれば良いんだもん







 そっぽ向いた喜助という店員に向かって、雅がかなりグイグイ攻めこむ。


 どうしたのだろうか。いつもの雅には見えない……――。





 そこで賢誠は目を瞬かせる。




 いつもの雅に見えない。
 いつもの雅なら、ここまでゴリ押しなどしない。


 別に、誰かが雅にすり変わったという訳ではない……――彼女が、喜助に食いついているように見えた。





それじゃあ、喜助。
すぐに布の準備をしてちょうだい

!? 今から作る気ですか!?

だって、掃除ぐらいしかやることないじゃない?

店番は私がしてるから、奥に行ってきなさい

これなら、雅だけじゃなくて賢誠と雪村さんの分も作ってあげられる!








 雅があんまりにも無邪気に喜助を見上げる。キラキラと輝いている瞳からも憧れの視線だと分かった。



 朝顔が昨日言ったことなどすっかり忘れているのだろう。


 雅は『真実を見る』透視能力をバカスカ使って未来予知までし始めている……――そんな賢誠の懸念なぞ気づいていない彼女は、くるりと賢誠へ振り変えって、向日葵のような笑顔を浮かべた。





賢誠! 賢誠の分と雪村さんのお洋服作ろう!

でも、雪村さんのは採寸しないと分からないよ?

うん? さいすん?







 十歳の姉。そこから分かっていないのに服を作る気だったようだった。



 喜助が疲れたように溜め息を溢す。それを見守っているイノは、楽しげにクスクスと肩を揺らした。




















 それからの四日間はイノにとってあっという間だった。



 雅と賢誠は天衣無縫に通い詰めて衣装を作成に没頭し、静かなことこの上なかったが、奥から聞こえてくるミシンの音、喜助が雅とやり取りする声がいつも通り低くとも楽しげなのは分かった。









 それに、雅が家に帰ったあとも作業を続ける喜助が見れたことは、とても嬉しかった。





 賢誠の服は黒い水干風のダブルボタンの上着に下は短パン。



 雪村にはどうしてもセーラーを着て欲しかったので、襟や袖に二重の赤いラインが走っている紺色セーラー服をデザインした。もちろん、スカーフも赤いモノ。




 実際、洋服は出回っているが、ここら辺でセーラー服を着ている姿を見たことがなかった。



 急拵えにしては上出来だ、と喜助は満足そうだった。






 子供に恵まれなかったイノにとって、喜助は我が子同然。


 そんな彼の嬉しそうな顔を見ることができて、イノは本当に良かったと雅達に心からの感謝していた。





 代金の方は不要だとイノは申し出た。




 その代わり、雅には二年後に働きにきてほしいと頼んだ。



 雅は嬉しそうに承諾してくれる。十二になってすぐに仕事を見つけられる女子はなかなか居ないことを考えると、凛がこんなに良くしてくれて申し訳ないとペコペコ頭を下げた。







 そんなこんなで何とか大会に間に合うことになった、そんな翌日……――『天衣無縫』の窓の外から、イノと喜助を呼ぶ雅の声が聞こえた。



























 窓から外を見上げる。

 すると、そこには洋風の小屋が浮かんでいたのだ。






は?

あらぁ……まぁ……








 ログハウス調のその上に、雅が乗っている。道のど真ん中にゆっくり降りてくると、周囲の客が雅を注視する。












 そんな中、小屋のドアが開くと童水干の賢誠と、その兄たる少年が姿を表した。彼らの敬愛する兄である、刀弥だ。




 黒のスーツだ。


 賢誠の世界であれば、就職活動の服か、もしくは喪服として使われる黒の上下に黒いネクタイという出で立ちだ。貴族達が着ている洋服と形はにているのだが、細身の彼の体型に合わせるように、少し括れがあってピッタリしていて引き締まっている。




 刀弥は丁寧に頭を下げる。その佇まいが高貴たる人に思えて、イノと喜助は謙遜しながら頭を下げていた。



 刀弥は自分は平民なのだから、そんな固くならないでほしいと苦笑した。それに刀弥はまだ十三だ。こっちが畏まるべきだと義理堅い。


 そして、改めて、刀弥はイノ達に頭を下げた。






この度は妹達の服をこさえてくださり、ありがとうございます。日輪の土産を持って参ります

そんな、良いんですよ。私達も、久々に楽しかったですから。ねぇ喜助?

えぇ、まぁ……――。
その服は、誰が拵えたんですか?








 喜助は尋ねた。




 貴族が着ている洋服と言えば筒のように前と背が脇腹の辺りで繋がっていてダボっとしているが、今、刀弥が着ている上着は前と背だけでなく、脇腹の辺りに二枚加わった四枚の布で縫われているのだ。それが彼の体にピッタリ合うようになっており、体が引き締まっているように見えるのだ。




 刀弥は恥ずかしそうに小さく笑いながら。






弟が図案で、素材と縫製は私の師匠に知己の者がいたらしくて、そちらに

その服の図案も、弟君が?

はい。和服とかも色々考えてくれたのですが、どうしても洋服が良いと言ったら、考えてくれました








 賢誠は刀弥に頭をわしゃわしゃと撫でられて、ニコーっとご満悦。



 後ろから、朝顔に声をかけられて兄弟達は行ってきます、とイノ達に挨拶して小屋に乗り込む。






 桃色のスウィートロリータに身を包んだ少女の魔力が小屋全体に行き渡ると、ゆっくり上昇を開始した。雅はスカートを靡かせながらイノ達へ。




喜助さん!
イノさん!

行ってきまーす!







 大きく、大きく声を張り上げた。




 嵐のようにやってきて、嵐のように去っていった赤石家の『刺激』という名の置き土産は、喜助に大きな影響を与えたようだった。







イノさん……――お願いがあるんですが、良いですか?

えぇ。何かしら









 青い空に吸い込まれるように、小さくなっていく小屋。




 それをじーっと見据えたまま、喜助はうっすら笑っていた。






もし良ければ、洋服を作ってみても良いですか

えぇ、もちろんよ。私も手伝うわ






 喜助は少し固いながらにも、ありがとうございます、と頭を下げた。その髪の毛を、風が楽しげに巻き上げる……――。



 そんな『天衣無縫』の店長と店員の元へ、一人の女性客がやって来た。






あの!

さっき、あなたとお話ししていた女の子が着ていた桃色の服!

こちらのお店が作ったのですか!?









 上流階級の女性だと人目で分かる洋装だ。イノも喜助も布生地を見れば何で作られているか分かる。上等な絹糸で拵えられた薄紫色のワンピースだ。



 そうですよ、と即答したのはイノ。




 女性は慌てて取り繕うと、こほん、と落ち着き払って咳払いし、会釈する。







あの可愛い服を私にも作ってくださらないかしら?

今度、会席があって、それに着て行きたいのです

はい。
うちの職人が腕によりをかけてお作りしますので、是非、採寸させてください。

店は、こちらでございます








 女店長はニッコリと穏やかな笑顔でお客の女性を迎え入れる。




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