今回の学年対抗戦は、晴渡国が主催する『晴渡武術大会』に出るための予選のようなものだ。
それに参加する資格は学校で開催される学年対抗戦で上位四位に入ること。
力のあるところを見せるだけではなく、戦い方を見てもらう、というのもある。この予選地区であっても国王軍の人間が見に来ているのだ。そのため、貴族達は皆、目立つ格好をする。遠いところから見ても特徴的な服を着ることでどんな戦い方をしていたか見てもらえる。最悪負けても良い戦い方をしていたならば声をかけられて引き抜かれることもある。
今回の学年対抗戦は、晴渡国が主催する『晴渡武術大会』に出るための予選のようなものだ。
それに参加する資格は学校で開催される学年対抗戦で上位四位に入ること。
力のあるところを見せるだけではなく、戦い方を見てもらう、というのもある。この予選地区であっても国王軍の人間が見に来ているのだ。そのため、貴族達は皆、目立つ格好をする。遠いところから見ても特徴的な服を着ることでどんな戦い方をしていたか見てもらえる。最悪負けても良い戦い方をしていたならば声をかけられて引き抜かれることもある。
そぉーれは出ないとダメでしょう、兄さん
俺はそんな姑息な真似をしなくとも実力はある。今、そんな金をかけてまで存在を主張せずとも毎年のようにある入軍試験に受かれば良いだけのことだ
それは分かる。刀弥は何て言ったって、格好良いからな……――
雪村。お前は黙れ
また素で褒める雪村の口を塞いぐ刀弥。やっぱり、この二人は何だかんだ言って仲が良い。というか雪村が刀弥をベタ褒めしている。朝のツンデレはいったい何だったのか聞きたいぐらいだ。
現在、賢誠達は村にある食堂に腰を落ち着けていた。軽食を頼んで一つのテーブルを囲んでいる。
別に、お前は他の奴と組めば良いだろう。お前は人具こそ刃こぼれ……――いや。
『そぉーどぶれいかぁ』だったな。あれの実力があると分かればお前の人具を目的に組める。何も困ったことはない
いいや。私はお前としか組まないと言っている。お前の腕は学年一位だぞ。いい加減聞き分けろ
聞き分けるのはお前の方だ。学年一位だから組みたいわけじゃないだろう。お前の成績は下位だからな。その成績を覆すため、俺に白羽の矢を立てただけだろう
だから、そんなんじゃないと言っている!
雪村のあの実力で、下位とはどういうことだろうか。
あれなら普通に刀弥を追い越しているだろう……――その疑念は武術学校のカリキュラムの中にある。
普通の剣術戦は確かに成績は高い。しかし、人具での戦闘も得点に加算されるのだ。雪村はソードブレイカーで戦って、全戦全敗。結果的に雪村の戦闘技術は下位として位置付けられていた。
実際のところ、剣術よりも人具で戦うことの方が多い。だから、人具の実践成績の方が重視されてしまう。
刀弥がいくら剣術に関して劣っていても、人具の腕が高ければそちらを重要視されるのだ。
だが、刀弥。戦いぶりを見てもらうことは大事だ。それだけ入軍しやすくなる。場合によれば試験を素通りすることも可能だし、その若さで入軍しないか声をかけられることだってある。それはお前にとっても絶好の機会だ。金がないからと無駄にするのを薦めない
現実、金はない
刀弥は、ただそれだけを言って黙りこんだ。
それは赤石家にとって切実な問題だ。移動費、宿泊費、衣装……――それらをどうするか。
それだけはどうにもならないことを分かっているから、刀弥はあえて何も言わなかったのだ。大事な大会であることも分かっているが、それを自分の勝手で大金を使うわけにはいかない。ただでさえ、刀弥の学費は家計を圧迫している。これ以上、家族に負担をかけるわけにはいかない……――。
なら、私と一緒に来れば良いのだ。父上は平民だろうと実力があるなら気にしない
断る
強情張りめ。人が手を貸してやると言っているのに、なぜ断る……――
雪村さんは、兄さんが学校でどんな仕打ちを受けているかは知らないんですか?
仕打ち?
止めろ
刀弥は荒々しく席を立つと、お金をテーブルに叩きつけると賢誠達にその話はするなと釘を刺して店を出て行ってしまう。
逃げるように出ていってしまったその後を朝顔は追いかける。
残ったのは雅と賢誠と、意味がよく分かってない雪村。彼女が追いかけようとしたところを賢誠は止める。
刀弥ね。
雪村さんは良い人だって分かってるけど、他の人が刀弥に意地悪するから信用するのが怖いのよ。それに、男だから女の人の脛をかじる真似はしたくないのよね
確かに、脛をかじるという点は納得できるが……意地悪?
兄さん、学校で新しく買ったばっかりの服を裂かれたり、草履を捨てられたりして嫌な目にいっぱいあってるから、信用ならないんですよ。貴族が丸ごと
雪村が目を丸くする。その表情から察しても、彼女の知らぬところだったのは伺えるほどに狼狽えた。
それでも国王軍に入軍し、稼いで家族に楽をさせてやりたい。それに、賢誠達が魔術師の学校に行けるようにお金を貯めることも考えている。
兄の胸中を察すると、賢誠も泣きたくなる。母の前で頭を下げていた姿は今でも忘れられない。そもそも意地悪に耐え抜くという精神力など持ち合わせていないのだ。出来れば、平穏無事に生きていきたいという堕落思考だ。耐え抜いてまで学校を卒業するなど地獄以外の何物でもない。そんなことがあれば、ガラスハートの賢誠は即刻、引きニート生活を送り始める自信があった。
雪村の心境は複雑だった。
刀弥は平然としているから、多少の嫌味や悪口を叩かれはするものの、そこまで酷い仕打ちを受けているとは夢にも思っていなかった。
刀弥が誰にでも冷淡な態度を取るのはそんなことがあって、貴族に対する信用が落ちているのだ。
そんな中で、信用できる人間だけを選び抜くというのはとても大変な作業だ。それを雪村も知っているつもりだ。
なら、彼がいつも修練用の服で登校してくるのも経費削減でしかない。それは本来なら必要のない削減を強いられていることになる。必要のない出費が彼の背にのし掛かっている。
でも、刀弥、本当は行きたいのよねぇ……
雅は頬に手を当てる。
雅なら一日あれば日輪に送るぐらいはできるんだけど、問題は宿泊費よねぇ……――
雅姉ちゃん、今、何と?
賢誠はサラッと爆弾発言を聞いた。
雅ができると言ったら、大概できる。雅の発言は、真だ。
三文字幸乃が未来を見通す『未来透視』の能力よりワンランク低いモノだと言われている。
雅にはその目で見た真実を見抜く能力が生まれながらに備わっている。賢誠は朝顔から聞いており、かなり精度が高い。もしかしたら、近い将来、三文字幸乃のように未来予知ができるようになるかもしれないと絶賛するぐらいだ。
朝顔ほどの人間が称賛するぐらいだ。本当に日輪へ行くまで出来るのだろう。
どれだけチートな姉貴なのだろうか、見ていて激しく楽しい。
雪村は『それなら!』と顔を真っ赤にしてテーブルを叩いた。
日輪には私の父に知り合いがいる!
私もそこに泊まる予定なのだ!
刀弥も泊まらせてもらえないか掛け合ってみよう!
あらぁ。そこなら雅達も泊まれそうね。いい人達だわぁ
あぁ! とっても良い人だ!
何しろ、父上と戦場を共にしてきたお人だからな
ようやく、楽しそうな異世界ライフが始まる! そんな期待が高まる賢誠に、雅はくるりと微笑んだ。
最後は衣装だけれど、賢誠は格好良い洋服のこといっぱい知ってるから賢誠に頼めば良い案が出てくるわね
格好良い洋服のこと?
いきなり丸投げしてきた雅は、格好良い洋服とはいきなりなんぞや?という単語に首を傾げている賢誠を見下ろし、ニコニコと笑った。
ほら、魔術師の子供達が戦ったり恋をしたりする学校生活とか、外国で国の存亡がかかっちゃうような物語が絵で綴られているアレよ。
それに出てくる人って、みんな格好良い服着てるじゃない? それに、それを来て着る集会だってあるでしょう?
賢誠は、雅が紡ぎだした言葉の羅列をもう一度、首を捻って復唱した。
魔法使いの子供達が戦ったり恋をしたりする学校生活、外国で国の存亡がかかる物語。
それらが絵で綴られているアレ。
それに出てくる人はみんな格好良い服着ている。
その服を着てる集会……――。
その時、かち、と賢誠の脳内で歯車が噛み合う。猛烈な勢いで言の葉を変換していった。
魔法使いの子供達が戦ったり恋をしたりする学校生活
=『魔法学園モノ』
外国で国の存亡がかかる物語
=『バトルファンタジー』
絵で綴られているアレ=『漫画』
それに出てくる人はみんな格好良い服着ている
=『コスチューム』
その服を着てる集会=『コミックマーケット』
ズバリ、コスプレのことだ。
とくに魔法学園モノやバトルファンタジーには洋服で洒落た物がたくさん出てくる。漫画であれば特にしっかり書き込まれている。それを着ることでコミックマーケットを楽しむコスプレイヤーもいる。
賢誠は両手を上げて雅の透視能力に万歳しながら『姉ちゃん、ナイス!』と叫んでいた。
なんか、異世界人なのにみんな服がショボいですからね!
しょぼ……!
雪村が多大な衝撃を受けていたが、賢誠はお構い無し。
この世界に転生してから少なからず思っていたことなのだ。
それは、この世界の人間が着ている服があんまりにも芋で判を押したように同じなこと。特に洋服はそうだった。貴族達はこぞって着ているが、色が違うだけで特に代わり映えしていない……目立っておしゃれではないと思った。何度か、どこかの店の最新作だと聞いたが、個性がないと言っても言い過ぎじゃない。
ここが賢誠の元住んでいた日本だということも関係あり、着物を着用しているのも多々見受けられるが、あまりにもみんながモブキャラのように特徴のない着物だ。
和洋が入り乱れている幕末設定の時代劇を思わせはしたが、それでも目立った特徴がたくさんあった。
雪村の着ている着物だって目立った特徴はない。シンプルイズベストとは言うが、あんまりにも雪村の見た目には残念な服だ。雪村であればもっとピリッとした着物のデザインで個性に溢れて格好良くなる。
着物だって飾れば格好良い物が産み出されるというのに、みんなして洋服に走っている。だからといって、その洋服も洗礼されているものでなく、賢誠が見ても何となく野暮ったいモノばかりだった。
それは、ある意味で賢誠が憧れた異世界ではなかった。
キャラクターの着ている服とは個性も現れる。だから、格好良い服が描かれる。漫画でデザインされた制服がお洒落で、実際に高校の制服として採用された事例だってある。
服は重要なキャラクターポイントだ。
賢誠は意気揚々と店員に頼んで紙と鉛筆を貸してもらうと早速、書き込み開始。
雅節はまだまだ止まらない。
雪村に大会に参加する組の申請書類を持っていることを見抜き、雅は勝手に刀弥の名前をサインすると申し出たのだ。
そんなことやっても良いのか、誰かが代筆したのではとバレるのではないかと不安がる雪村に神のお言葉。
意識して文字の形を覚えてる先生なんていないモノ。意識してるのは大貴族ぐらいだから、私が書いたって代筆したなんて気づかないわ
さくっと学校の裏側さえ見抜いてしまった雅は雪村が大事そうにしまっていた申請書を雅に出し、頭をさげてまで頼んできた。そんなこと良いのよ~、とのんびり笑いながら、刀弥の名前を許可なしでサインしてしまう。
勝手に書いてしまって怒らないだろうか、と不安がる雪村に雅はホクホクとまた雅様の暖かい言葉を頂戴する。
大丈夫よ。私達だって刀弥が頑張ってきたところ見たいもの。
それに、黙ってたのがいけないわ。
ちゃんと教えてくれれば、こうやって何とかなったのに。
刀弥は頑張りすぎなのよね。みんなでやれば、できることって、こんなにも広がっていくのに
再び食堂の扉が開かれ、朝顔だけが戻ってきた。刀弥は一人で帰れるから賢誠達を頼むと言われたのだ。恐らく、刀弥は一人になる時間が欲しかったのだろうと推測する。
朝顔が、帰ろうと声をかけた途端、賢誠は自分の無力さにうちひしがれ、盛大にテーブルへ額を打ち付けた。
うわぁああん!
ボクの画力、底辺値だったぁあああ!!
賢誠は雄叫びをあげた。
書き起こしてみたらかなりどヘタっぴーどころではない。子供がクレヨンで書いたモノより服装が酷かったのだ。うにょうにょと線が折れているし、模様だってまともではない。左右非対称な絵を書いたには書いたが、上の絵は右腕が長く、左腕が短かった。デザイン画というにはあまりにも子供が服を頑張って書いただけの微笑ましい絵になっていた。
本当はこんなものではない。
着ている人は銀髪の天然パーマを気にしている幕末辺りの時代背景で、宇宙人が侵略している漫画の主人公だ。ギャグが本当に面白くて抱腹絶倒するのに、決めるところは絶対に決めてくれる我らが天然パーマ主人公。作者は歴史ファンには侮辱しているなどと叩かれたらしいが、面白いモノは面白いのだ。
雪村と、いつの間にか戻ってきた朝顔、雅が覗きこんで……――各々の反応。
これは……――服、なのか?
険しい雪村が辛辣な回答。
まぁ、上手いんじゃないか?
いつも通り
朝顔のボチボチ反応。
まぁ! 格好良い!
目を輝かせる雅の大絶賛。
雅お姉ちゃん、励ましにならないよ……――
二人の正当な判断からして雅の言葉は明らかな褒め言葉だ。
それが胸に突き刺さって賢誠には痛かった。
それなら雪村の反応の方がずっと心が休まる……――しかし、今度は雅も紙を所望して鉛筆を借りるなり、ササッと描き始める。
何度か賢誠をじぃっと見つめてから描き進めていくと……――賢誠も目を疑うデザイン画がそこにあった。
ほらね? 格好良いじゃない?
そう! これ! これだよ!
……確かに
雪村が数秒の沈黙を経てから、雅が書き起こしたデザイン画に純粋な評価が下された。
そこにはまさか、賢誠が想像した通りの天然パーマ様と一緒に書き起こされていたのだ。久々に漫画が読みたくなってくるほどだ。死んだ魚のような目もバッチリ再現されている。まるで、賢誠の頭の中を直接トレースしたかのようだった。
まだまだある、と賢誠はこの前、三部作まで映画となった幕末の某漫画の主人公と白い特攻服のお人や、死神がたくさん出てくる漫画、洋服ならば悪魔で執事なモノや長きに渡ってシリーズが発売されているゲームのキャラクター、世界にフルダイビングしたらデスゲームに巻き込まれた漆黒の剣士が出てくるモノまで思い出したら……――ちょっと待っててねぇ、とのんびりな口調で全部書き起こしていく雅。
賢誠が書かなくても想像しているモノを読みとっているようだ。
……雅、お前、服屋になりたいのか?
あらぁ? 賢誠の頭の中に見えたものを書き起こしただけよ?
朝顔は眉間に深くシワを刻むと、雅と賢誠にそろそろ家に帰ろうと申し出た。
食堂を出て、雪村は今日中に学校へ提出してくると嬉しそうに走り去ってしまった。
日も傾きかけた頃、朝顔に背負ってもらって賢誠は帰路につく。土を簡単に固めただけの道に人影はない。側を流れている川は河蔵と出会った川だ。
彼は元気にしているだろうか。河童が出た、という話は丸っきり聞こえてこない。人間を驚かす旅に出たのだろうか。
朝顔が、ポツリと口を開く。
雅。お前のその透視能力、精度が上がったな
あら? そうなの?
雅。
悪いことは言わない。
あんまりそれは使わない方が良い
夕日に照らされた姉は、きょとんと目を瞬かせると、彼女は前を向いた。表情は変わらない。
刀弥が行きたがってたの。
知ってたけど、お金があんまりにもかかるから、刀弥も言い出せないし、私もそれが分かってた。
でも、雪村さんのお陰で刀弥行けるって分かったの。
目を引く衣装なら賢誠と朝顔さんがいれば問題ないもの。
朝顔さん、当てがあるわよね?
雅は、突然、朝顔に断言する。
その鳶色の瞳は朝顔を捉えて、離すつもりがない。まるで、こうなることさえ予期していたかのような足運び……――賢誠はふと思った。
じゃあさっき、さくっと学校の裏事情を読み取ったのは……――雪村がほんのわずかにでも気づいていたことを、ただ読み解いただけということだ。
教師達は大貴族ぐらいしか見ていない。雪村も、それを薄々気づいている。
それはつまり、刀弥だけではなく雪村も正当に評価されないことでもあるのではないか……――。
だから雪村も、刀弥を選んだんじゃないだろうか。平民というだけで実力を正当評価されていない可能性もある……――それを心配してなのかは分からないが。
そんな疑問も、ついさっき書き起こした衣装のデザイン画を持ち上げる雅の言葉に遮られる。
あんまりいっぱいでも妖精さん達が大変よね……刀弥に三着に絞ってもらおうかしら
おい、雅。人の話を聞いてたか?
? だって、いっぱいあっても困るわよね?
そうだが、それを使わないようにしろと言ってる
うーん……――難しいわねぇ?
雅は朝顔の言葉を聞き入れているのか分からないほど、楽しそうに微笑んで少し先を行く。
早く帰りましょう、と雅は夕日に照らされた。烏が鳴くと、彼女は。
カラスが鳴くからかえりましょ~
朝顔は小さくため息を溢すと、少し呆れたように薄く笑って賢誠を背負い直す。彼の暖かい背中に賢誠は微睡んでいった。