換金所から少し離れたところにある空き地は遮蔽物がなく、時折、訓練に使われることがある。そこまで着いていった賢誠は座って観戦することになった。




 雪村はどんな武器でも良いから持って挑めと刀弥に握らせた。右手にソードブレイカーを握った。




 怪我をしても知らないと不敵に笑う刀弥は長槍をまずは手に取った。






案ずるな! 私の人具ならば武器なぞ敵ではない!








 刀弥が駆け込んだ。長槍と短刀ではリーチの差で明らかに刀弥の方が有利だ。むしろ雪村が危ないからせめて防具の類いを着用してもらいたいところだが……ーーすぐに勝敗は決した。




賢誠の予想を
遥かに裏切る形で。





 長槍の特性を生かして、横に凪ぐ。だが刃が当たるようにではない。刀身の面で殴打できるように配慮されてだ。雪村は何のそのとソードブレイカーで受け止める。響く、金属のぶつかり合う音。溝にはまってすらいない。だが、その刀身には窪みがあてがわれていた。



 雪村は一歩踏み込む。ソードブレイカーを滑らせ、刀身部分から長槍の柄にガツン、と窪みを移動させる。














 嵌まった。


 だが、嵌まったと言っても、窪みの入り口に引っ掛かった、が正解だ。長槍の柄が入るほど広がっていない。




 やっぱり言う必要がある。

 そう思った時だった。





はぁっ!






 その渾身の一声と共に雪村はぐりん、と手首を捻った。














 何の、前触れもなく。




 柄にヒビが入り、そこから破壊されてボキリと折れた。






 まるで老朽化していたかのように、槍の柄が無遠慮に二つになった。





 飛び散る破片。


 それを凝視しながら、時が止まったように、刀弥は固まる。




 懐へ一気に距離を詰めた雪村が刀弥の喉元に白銀の刃をあてる。刃が勝負ありと煌めいた。





今、貴様、手を抜いたな? 次は本気でこい







 凄みを増した声で囁き笑う雪村に、刀弥もさすがに口元をつり上げる。




 面白い、と刀弥は日本刀を拾い上げて握った。


 このあとの剣劇は、賢誠も目を奪われるモノだった。刀弥の言う通り、雪村の剣術は高い。刀身のリーチなど関係なく、命を奪うであろう一閃をかわしては攻撃を撃ち込んでいた。





 練習と言うにはあまりにも互いの命を削ぎ取らんとしているのが分かる。白銀の乱舞が数分にも渡って響く。魅入られていたその光景は、突然ブラックアウトする。




 そして、意識が落ちて行った。
 いつもより早く。ずっと早く……ーー。


















賢誠! あの娘に人具で戦わせるのを止めさせておくれ。そうでないと、お前の兄が倒れてしまう!

はい?








 突然呼び出されたかと思うと、おかしなことを言う。だが、天之御中主は強張った顔で眉尻を下げている。その慌てていると一目でも分かる態度に並々ならぬ事態であることは察することが出来た。




あの雪村と言う娘の人具だ。あれが彼女の持っている『本質』なのだ!

『武器を折る』のが彼女の魂が持っている本質だ!

あとで説明するから、今はとにかく、刀弥に人具を握らせるのを止めなさい!

武器系の人具は破壊されれば昏倒してしまうから!

え? いや、意味が分からないんですけど?

人具が破壊されてしまうと、魂の方にダメージがいってしまうんだ!

魂にダメージ?









 武器系の人具の中でも、手で握って戦うタイプの武器……ーー飛び道具や遠距離攻撃以外の武器は、手から離れると消えてしまうものが多い。



 それは武器系の人具が魂と直接繋がっているからだ。




 もちろん、それでは賢誠も意味がわからなかった。
 人具は魂が具現化したものなのだから繋がっているモノではないのか。





人具には、武器によって性質がある。

といっても、大まかに二つだ。

手に握ったままか、手から離れるかだ







 刀弥や雪村のように手に握ったまま扱う武器は、特に魂と強固に繋がっている。その分、魂の強さによって武器の強弱が決まる。



 その魂が強ければ強いほど、武器の人具は上級魔術を食らっても防ぐことができるほどだ。






 一方で遠距離系の武器……――弓や、クナイといった武器は複数、出現させることができる。それは出現させるために一つの個体として発生させ、他の個数を産み出すことで複数個の出現を可能とする。



 その代わり、一個体に込めた分の魔力しか持続しないし、強度は手で握る人具に劣る。だが、術者の力量では操縦も可能となる。





手で握って振るう武器系の人具は魂そのものだ。

それが破壊されれば魂が壊されているのと同じなのだ!

タダでは済まない!

は、話が突拍子過ぎませんか……――

賢誠。

お前はこの世界の人間じゃないから分からないだろう?

この世界の人間もまた人具が実際、どんなものか分かっていないのだ。
分かっていないのに使っている。

もちろん、研究している人間もいるがそれは本当に極僅かなんだ。

覚えているかい、賢誠? 私がお前に言った言葉を。

『人具は神でいう神具に同じ』だ。

神の神具もまた、神にとっては魂そのものなのだ。武神以外の神ならば、そいほれと誰にでも見せびらかしたりしない












 天之御中主は、真剣な面持ちで賢誠を見下ろした。








賢誠。
人具はね、ただの道具じゃないんだ。魂から具現するんだ。魂そのものなんだよ。

人具は玩具などではない。

当人の使い方次第で、人を殺すも生かすもできるモノだ。

魂から出てくる便利な道具なんかじゃないのだ……!

どうかこの言葉を信じておくれ……私は、嘘を吐いていない……!








 天之御中主の顔がぐしゃりと歪んだ。




 いきなり泣き出しそうなほどに表情が歪んだことに賢誠は驚きすぎて心臓が大きく跳ね上がった。女子に泣かれるのもビックリするが、大人に泣かれてもビックリするなんて初めてだった。





 信じる! 信じるから! と、慌てて訴えた賢誠は、たった今、降りてきたばかりだと言うのに体が浮上する。壊れたエレベーターに乗せられたように、思いっきり引き上げられていく。






 遠ざかる天之御中主の顔は、あまりにも悲しげに歪んでいる。


 まだ、疑念は残るが、やっぱり天之御中主が必死に訴えていたのを見てしまっては何としてでも止めさせねばならない。






 賢誠は強く決意して、意識を浮上させた。










































 ぱっと目が覚めて賢誠は飛び起きた。




 周囲には、いつのまにか観衆がいて二人の命を削りあうような訓練を観戦していた。




 もはや演舞のようでもあった。一目でも見た人間達の心を根こそぎ奪っていく。






 雪村のソードブレイカーが刀弥が新たに握った大斧の一撃を受け止め、窪みの入り口に引っ掛かる。




 その瞬間、彼女はまたグリン、と手首を捻った。



 またもバキン! と大斧の太い柄は無惨に折れた。折られた破片が足掻きの一撃を穿って雪村の頬に赤い紅を引いて飛んでいく。





 賢誠の記憶間違いかと思えるほどに、ソードブレイカーはいとも容易く敵の武器をへし折った。辺りを見れば、破壊されて二つになっている武器があちこちに散らばり、日本刀だったのであろう細身の刀身は地に突き刺さってまるで墓標のように鈍く刃を光らせた。






 雪村はソードブレイカーを握ったまま刀弥に体当たりして押し倒す。



 馬乗りになった雪村はどうだ、と倒れている刀弥の頭の横で両手をついた。






刀弥! また折れたぞ! また折れた!








 雪村は喜色満面。子供のように喜ぶと立ち上がった。




 刀弥は不満そうに片膝を立てて起き上がる。







納得がいかん……――こうもポキポキ折れると、あそこの武具店が性能の低い安物を売り飛ばしているようにしか思えん……

お前の弟が武器を折れると言ったんじゃないか!

確かに細身の剣は折れるって言ったけど、ポッキーみたいに何でもポキポキ折れるなんて言った覚えはないんだけど!?








 そもそも、さっきからソードブレイカーが本領を発揮するための窪みに武器が嵌まったところを見ていない。






 ソードブレイカーが剣を折れるのは、あくまでも窪みにしっかり入り込んだ時だ。しかし、さっきの長槍も今の大斧も窪みの入り口が小さく、そこに引っ掛かっただけだ。





 それでも折れるとは何事だ。




 どのクラスのチートだ。



 人造人間・セル様クラスか?



 あれではどんな武器も窪みに引っ掛かるだけで折れるんじゃないのか……――。





よし! ならば、貴様の人具と勝負だ!

!? 待った! それはダメ!






 賢誠は慌てて駆け出した。




 立ち上がった刀弥の様子から見ても、やる気満々だ。もしかしたら殺る気満々でもあるのかもしれないと思うと背筋に寒いものがかけ上がる。





 刀弥と雪村の間に割って入って、とにかく刀弥にしがみつく。





人具で戦っちゃダメ! 人具が壊れちゃう!

退け、賢誠。申し込まれた以上、黙っているわけにはいかない

人具は玩具じゃないの! だから、人具でホイホイ戦っちゃダメ!!

俺の魂が、一端の武人に劣ると……?






 刀弥の声が、低く放たれる。首根っこをむんずと掴まれて、引き剥がされる。




 刀弥が賢誠を見下ろす顔は、怖かった。

 凄みがある。眉もつり上がっていて、瞳が射殺さんばかりにギラギラと煌めいた。


 その重たい空気が喉に栓をするほどだ。




 一瞬で、身体が石になったように強ばる……――。




 それでも。
 賢誠は、天之御中主の言葉を、叫ぶ。







人具はただの道具じゃないんだもん!

魂から具現するんだ、魂そのものなんだよ?!

兄さんの使い方次第で人だって殺せるモノなんだ!

魂から出てくる便利な道具なんかじゃないの!

神様で言えば、神具と同じなんだよ!?
神様の魂でもあるんだよ!

人間は人間の魂なの! だから、出したらダメーっ!!

その通りだ、弟。

すまない、赤石刀弥。

緊急時以外の人具の使用は学校外でも禁止されていたな







 凛、と女性の声が重苦しかった空気を一叩き。



 たったそれだけで、賢誠の重責がふわりと剥がれ落ちた。




 雪村が人具を内側に戻し、睨み上げる刀弥に手を差し出す。





ついつい調子に乗ってしまった。このまま負かせることができれば、学年対抗戦の相棒になってもらおうと企んでいた。

すまない

……またその件か









 刀弥は疲れたように溜め息を溢して、そっぽを向いた。






あの学年対抗戦は自由参加だろう。俺は出ないと何度も言っている

学年で首席のお前が出なくてどうする。私は参加したいが、余っているのだ。丁度良いではないか








 雪村は腰を降ろして座ったままの刀弥の前に膝を折る。





分かっているだろう? 学年対抗戦は一年の習練を見せるための試合なのだ。お前の親とて見たいに決まって……――うんむっ

それは何ですか? 試合を見せるってことは、授業参観みたいなものですか?








 雪村の口を押さえつけてそれ以上を阻止した刀弥は口をへの字に曲げてそっぽ向いた。お前は知らなくて良いと渋い顔をした刀弥の手を払い飛ばして、雪村は真剣な面持ちで賢誠を見下ろした。





そうだ。

半年後、王都にある闘技場で学校対抗戦があるのだが、それに出場するためにまず学年で強いものを選りすぐる予選があるのだ。

兄から聞いてないのか?

聞いてない。いつやるの?

来週だ

何処で?

本当に何も聞いてないんだな。

日輪だ







 日輪は日向から離れた場所だ。隣町の火野を越え、もう一つ町を越えた所にある。日輪は晴渡国の主要都市の一つ市だと賢誠は聞いている。聞いているだけで行ったことはない。何しろ、歩いて五日はかかる。そこへ向かうには馬車を使うのが最善策だ。馬車を使えば二日ぐらいで着くが、五万は使うことになる。往復で十万だ。




 筋肉おバカでもある刀弥が、そんな面白そうな大会に出ないわけがない。



 そんな刀弥が頑なに行かないと否定するのか……ーー考えられるとしたら。






もしかして、自費で行く?

そうだ。予算の関係で、今年からそういう風になったらしい







 雪村に即答された。




 どうやら学校の経営が厳しくなり、今回は自由参加でも旅費を出してやれないというのだ。移動費、宿泊費などなど全てが自費なのだ。しかも、その大会の日程も五日間と長い。

 宿泊料金がいくらするかなど検討もつかない……――刀弥が行かないと言った理由は明らかにそれだ。金がかかり過ぎる。今日の蓄えだって馬車賃で消える。





 賢誠は、じーっと刀弥を見上げる。


 刀弥も賢誠をじーっと見下ろした。







本当は参加したい?

したくない

やっぱ行きたいですよねー






 はぁ、と溜め息を溢す賢誠に、違う! と刀弥は躍起になって否定する。





 刀弥が嘘をつく時は大概、一単語で返答するのだ。

 だが、刀弥の気持ちが分からないほどバカな弟ではない。彼は真面目だし、自分の力を高めようと日々、鍛練を怠らない。彼が自分の実力を知らないままで良いなどと思っているわけがない。




 やっぱりそうだろう! と、なぜか雪村は賢誠の両肩を砕かんばかりに強く握ってきた。






お前だって兄の勇姿を見たいよな!? 分かるぞ、弟!

刀弥は格好良い! なんせ、奴が戦場に立てば踊っているように見える! 


戦いという舞台で、乱舞しているようなのだ!

その無駄のない動きは圧巻でもある。まるで、刀弥が勝つという役柄が決められている演劇を見ているように……――

止めろ、恥ずかしい!









 刀弥は雪村の口を押さえて、それ以上を黙らせた。物凄く目を煌めかせて語るものだから口を抑えて顔を赤くしているが、見事に振り払ってゾロリと集まっている観客達を見ろと賢誠に訴えた。




 確かに、人がたくさん居た。子供の喧嘩にしては集まりすぎのような気もするが、実際は真剣と人具でやりあっていたのだ。目を集めないわけもないとは思う。その中に朝顔と雅の姿もあった。





俺のような平民が出るなど場違いだと言っていたのはお前達だ!

確かに、王都の闘技場は国王も見に来ると聞いているが、俺はそんなものに出なくても国王軍に入隊してやる……――

私は言ってない。

それに、お前なら晴れ着を着てなくとも、目を引くさ!

確かに、うちはお金がないし、旅費もなければ目に留まってもらえるような服を用意するお金は確かに無いわねぇ







 ひょこっとやって来た雅は頬に手を当てて小首を傾げた。また、いきなり何でも分かってしまうお姉ちゃんの登場で、賢誠にはサッパリだ。




だから、出なくても良いと言って……――

朝顔

いいや、刀弥。それは出るべきだ。事情は分かった。

そんな重要なことなら腰を落ち着けて話をする必要だってある

重要?








 何のことだ。どんどん賢誠だけ分からない状況になっている。



 それは不愉快だと朝顔に何のことか抗議。結局、詳しい話は場所を移してから話すことになるのだった。







pagetop