一般人が魔術師になろうとした時、どの魔術師に弟子入りするかで魔術師の種類は確定する。





 それは師匠が弟子に自分の技術を継承させるからだ。必然的に師匠と同じ魔術師になる。





 魔術師になるには、まず師を探すことも修行と言われている。そこら辺にいたとしても、すぐに弟子入りを許可する魔術師は少ない。



 言った通り、師の業を受け継ぐのが弟子になる。師となる魔術師も弟子を見極めねばならないのだ。






 それが、魔術師としての人生を大きく左右すると言っても過言ではない。


 偉業を成し遂げられるような魔術師か、はたまた人を陥れる外道の魔術師か。




 有名であることは関係ない。


 魔術師の中には自らの腕を公にしていない魔術師もいる……――だからこそ、師匠探しもまた修行と言われているのである。






























見て見て、朝顔さん! ほら、竹箒さん!

朝顔

雅は魔力変換能力が高いな。水属性なのに。これなら実力で稼げるようになるんじゃないか?





 無邪気に可愛らしい笑みを浮かべて竹箒に横座りしている十の女子は賢誠の姉である赤石雅だった。



 肩までに切り揃えられた髪の毛先は内側に巻いてある。彼女は幼いながら、自由自在に竹箒を操って飛び回っていた。





 これは賢誠が持石のお宅に訪問した時に見せてもらった踊る調理器具の実態だった。風魔法による物体の浮遊。そこには繊細な微調整が常時必要な魔法なのだ。




 

















 元はといえば中級魔法の飛行魔法を人体に直接かけるものだが、これは物体にかける魔法。それは物体が壊れないように扱う魔力調整が必要となる。





 火属性と水属性がぶつかりあっているようなものだと思えば想像がつきやすい。そうなれば互いを相殺しあう。火は、水に弱いから負ける。強い方に負けてしまうのだ。





 これが時速百キロで飛びたいからと言ってそれぐらいの魔力を注いでも竹箒が魔力に耐えきれず壊れてしまう。

 また、魔力が弱すぎれば飛ばない。




 何事も丁度よく、ということだ。
























 朝顔は赤石家に滞在して、一年を迎えようとしていた。




 当初は持石のところに戻ろうとしたが、賢誠を見張っているように命令されたのだ。


 それから赤石家にお世話になっている。といっても、ほとんど自分で養分の類いを入手できるので賢誠の側にいるだ








 あれから何度か賢誠は森へ突入したが、持石の魔力により、全て返り討ちにあっていた。



 川からの侵入もできないように施され、最近は森の魔物達が狂暴になったから森に近づこうとする賢誠を母と兄が躍起になって止める。





 特に、刀弥が常に目を光らせている状態になったため、単身で入ることはできなくなった。

 狂暴になった……――その原因は魑魅魍魎の核を使用した魔術装置が使用されているせいだ。





 元々、賢誠に投げた分は全部、森の住人達を守るために使う予定だった。










 魔のモノというだけで襲ってくる人間が多い。


 その中には防御も満足に出来ないモノもいる……――そんな彼らのために魑魅魍魎の核は使えると持石は希望を抱いていた。




 賢誠に感謝しているのだろう。だから、あの時作った試作を全部賢誠に投げつけたと予想している。


 今、あの核は雅と賢誠が新しい魔法を学ぶ時に使っているが、現在は主に雅が勉強するのに使っていた。実際の魔法を一緒に教えられる良い教材となっていた。
















 賢誠を追い返している持石だが、彼にも変化があった。



 賢誠と会ってから持石は朝顔にどんなことしているのか定期的に連絡しろというのだ。いつもなら羽虫すら気にかけない男が子供を気にかけている。心境に変化があったのは喜ばしいこと。







 しかも、何かあれば守ってやってくれという。他の契約を結んでいる妖精達よりも魔力の供給量が増え、二十歳ぐらいの姿を保って余りある魔力が手渡されている。お陰で、朝顔の意思で姿を一般人にも見せることを可能にできる。


































 そんなことで、雅は朝顔の指導の元、わずか一年という間に魔術師の卵を抜けてもおかしくない才能が開花していた。





 雅は元より魔力量が豊富だ。雅は賢誠よりも遥かに多い。






















 普通、妖精の類いは人間に視認できない。魔術師の中でも見える人間は本当に少ない。しかし、雅には妖精として存在している姿が見えたのだ。





 賢誠が見えるのは森を訪れた頃から知っていたが、雅が視えたというのは賢誠も初めて知ったようだった。朝顔は誰にも見えないだろうと普通に上がり込んだ朝顔に、のんびりと。




妖精さんのお友達? 素敵!




 手を叩いて雅はそうはしゃいだ。






 その魔力量故なのか、雅は、真実を見抜く『心眼』という透視能力を所持していた。

 雅が目視した人間から情報を一瞬のうちに読み取れてしまう、とても貴重な能力だ。











 だが、刀弥と母である凛は通常時の朝顔は見えないため、雅には家に常駐していることを内緒にしてもらい、時々、雅と賢誠を見に来る文武両道のお兄さんを演じている。




 賢誠が森に迷った所を助けてくれた人だと紹介すれば、赤石一家とすんなりと親しい間柄になった。








雅は誰かを傷つけたりするの嫌だなぁ。みんながニコニコしてくれるお仕事がしたい

朝顔

そうか。
それなら、そうした方が良い。
賢誠はまた隠れてるのか?





 すると雅は動揺したように視線をあっちこっちに這わせた。じとりと冷や汗を流して、えっと、と途端に口ごもる。




 そして、視線は打ち捨てられたかのように置いてあるダンボール箱へ向けられていた。

 どこから拾ってきたのか分からないが蜜柑のダンボール箱から感じ慣れた魔力を察知して問うのは止めた。





 一年も一緒にいるのだから、雅が嘘を吐いているは分かるし、賢誠の考えることは右斜め上に駆け上がるほど分からないが、それに対応できるぐらいの武術を朝顔は心得ている。



 雅はちょっと引きつった笑顔で、ぱん、と手を叩きながら、思い出したわ! と声を張り上げた。





刀弥と一緒に偉い人を見に行くから、その準備って! えっーと、誰だったかしら? おだの……おだ、のぶ?

朝顔

……あぁ、そうか。織田信長が視察に来るんだったか


















 二四代目・織田信長。



 この貧村である日向に換金所をおいた、果夜国の若き首領だ。年に数回、換金所の視察をするため足を運んでいる。






 今日はとりあえず織田信長がやって来て、明日、換金所を視察する日程だ。



 賢誠がわざわざバレるような嘘を吹き込むということは、また何かを思い付いて、あえて自分がそこに居ることを分かってもらうのが目的だろう。





 五歳児の癖に頭が切れるのは、持石いわく、前世の記憶が残っているから。



 そこへ、家の中から長男たる刀弥が朝顔を見つけて駆けてきた。







おはようございます! 朝から雅のお相手なんて、いつも、みすません

朝顔

いや。大したことじゃないさ。

それより、今日は換金所に行くんだってな。一緒に行っても良いか?

はい! 是非とも!

それと時間があるので手合わせをお願いしてもよろしいですか?

朝顔

あぁ。良いだろう











 親しい間柄になると、朝顔は刀弥から稽古をつけてほしいと頼まれて請け負っていた。



 何せ、持石の側にいると色々と厄介事が多いので自分の身は自分で守ってきた。





 元々、詠唱中の護衛として契約した朝顔は武術の方が得意としている。


 雅も行きたいとごねたが、刀弥に留守番しているように言われて少々喧嘩に発展。ここぞとばかりに雅は行っても良いでしょ? と朝顔に尋ねてくるので、肩を竦めながら了承した。



 渋い顔をした刀弥も、朝顔がそう言えば了承した。
 そんな刀弥の頭をがしがしと撫でる。





朝顔

大丈夫だ。何かあれば守ってやろう。

それに、ほら。
あの核もお守り代わりに数個引っ提げておけば安心だろう













 人間は、脆い。



 持石と共に生きて、身に染みて学んだことだった。
 一度、持石を殺しかけたこともあった。それは己の無知だった。




 ただ生きていた頃は自分が生きていればそれで良かった。守るものが出来てしまうとそうもいかなくなった。


 心が人間臭く、馴染んでいく……――。





とぉう!








 さて、超がつく問題児のご登場。



 到底、五歳児が入れそうにもない蜜柑の段ボール箱が、ばん! と開くと、小さな二本足が天へ向かって生えた。


 それから勢いよく体を起こして、立ち上がると箱から足が生えたお化けみたいな生物は迷わず朝顔に向かって突進してくる。





 それを見兼ねた兄が朝顔の間に割って入ったその直後、段ボール箱がつるりと光った。ダンボールの表面にガラス板が貼り付けられたかのように光を反射する。賢誠の魔力が段ボールそのものに展開されたのを朝顔は目視した。




 朝顔の頭の中に駆け巡った言葉は『このガキ、また変な方法考え付きやがった』だった。





 受け止める体勢を取った刀弥を退かせ、代わりにダンボール生物を受け止める。



 どん! と手で受け止めたが、それは人間が突撃してきたというにはあまりにも衝撃が大きかった。大きな固い箱がぶっ飛んできた、と言った方がふさわしい。





 ダンボールごときでは衝撃などたかがしれている。しかし、このダンボールは賢誠の魔力を纏って、本来のダンボールの材質を強化された強化ダンボール……――木の板で作られた箱が投げつけられたような衝撃に程近かった。



 リンゴぐらいなら片手で握り潰せる朝顔だが、それよりも脆いはずのダンボールを力いっぱいの握力で握っても壊れる様子はなかった。



 もはや、ダンボールではない。



 ずずず、と地面を軽く擦って受け止めた箱。開いた口から幼児の下半身がぶらんと垂れ下がっていた。


 普通のダンボールが賢誠ぐらいの年頃の子供が入っていて、その重さで変形しないわけがない。



 雅がダンボール箱から生物……――賢誠を引き抜いた。





朝顔

賢誠。物質に肉体強化魔法かけるとかアホか

それでダンボールの衝撃はどうでしたか?

朝顔

木箱が投げつけられたような衝撃だった。刀弥だったら怪我してたぞ







 それは予想外だった賢誠は即座に謝罪した。


 握り拳で軽く叩いてみると、こんこん、と高いノック音が返ってきた。おおよそ、ダンボールを叩いて返ってくるような音ではなかった。



 ダンボールそのものが強化されたからに他ならない。






 魔力が切れたダンボールを改めて叩いてみれば、低くて鈍い音が返ってきたのだった。



















 まだ賢誠は幼いからか魔力変換が上手くできておらず、今は土属性魔法と無属性……――強化魔法の類いしか使えない状態だ。



 どんどん上達していく姉を羨ましがりながら土魔法の精度をミチミチッとあげていた最中、三ヶ月前に刀弥に教えていた肉体強化魔法をやってのけたことで賢誠は肉体強化で何ができるか研究に明け暮れていたのだった。



 これも、その実験の一貫だ。









 肉体強化は身体能力を向上させる魔法だ。魔力を使用するため、少しではあるが魔法攻撃に対する耐性も上がる。




 子供は風の子というだけあってか、肉体強化魔法を使いながら外遊びに興じているといった風でもあったが、ついに、この子供は自身の肉体では飽きたらず無機物にまでかけるようになったというわけだ。










 小さな箱から出てくる、というのも賢誠が研究を重ねた結果といえる。





 肉体強化の魔法できることなど人間の身体で出来ることしか出来ないのだが賢誠は面白がって色々なことをやっていたら身体が柔軟性を増すことを知っていた朝顔も顔が真っ青になることを賢誠はしてのける。




 先程のダンボールのように、普通の子供でも収まりそうもない小さな箱に体を折り曲げてすっぽり収まったのだ。





 そんな無駄なことを見つけてどうすると呆れたが……――さすがは持石が気に入るお子様は考えることが違った。





ここから人が出てきたらビックリするじゃん?

朝顔

それが何の役に立つ?

奇襲






即答だった。

 つまり、そんな小さな箱に人が入れるわけがない、という敵の意表を突くことになる。


 その思い込みで箱を開けずに通りすぎるだろう。そこを後ろから撃てるわけだ。





 刀弥はそれを聞いてから今まで以上に肉体強化魔法に励むようになった。魔力の操作は苦手なようだが、使いこなせるようになると賢誠と一緒になって家のどこに隠れられるか探し始めた。










 つまり、かくれんぼなのだが、あんまりにも上級かくれんぼだった。ここに居るわけないというところに二人して隠れるのだ。




 探し役を朝顔が引き受けることになるのだが、その度に二人して変なところに隠れる。





 その中でも最高だったのは箪笥の引き出しの一つに収まった刀弥と賢誠の姿に母親が腰を抜かしたことだ。賢誠に至っては下着を頭に被って現れたものだから尚更だった。



 驚いたと怒られる賢誠と刀弥が縮こまっている姿を見て、大笑いを圧し殺すのに必死になった朝顔は賢誠から恨めしそうに睨まれたのだ。












 それを持石に報告すると『バカすぎる!』とゲラゲラ大笑いした。


 
 賢誠は何かに熱中すると途端に周囲がおろそかになるところは持石とよく似ていた。子供になった持石を見守っている気分だった。



 持石が数週間ぐらい食わないでいたのを放っておいたら、倒れそうになったのを今でも鮮明に覚えている。あの頃はまだ持石のところに来たばかりで人間の生態を知らず、水があれば大丈夫なんだと思っていた。



 まぁ、倒れた後の方が悲惨だったことを朝顔は思い出して苦々しくなった。






朝顔

賢誠。お前はまたこんなことやって。阿呆か

さっき試したけど、大根の皮に強化魔法かけたら他の野菜が切れたんですよ。

綺麗ではなかったんですけど、ノコギリみたいにギコギコって

朝顔

そんなことして何になる

敵に紐で縛り上げられた時に逃げられそうじゃない? お腹が減ったから大根の皮でも良いからくれって言えば





 沈黙だった。大根の皮なんか渡す敵はいないと思う。むしろ、ましな飯を寄越していきそうなんだが。




 しかし、刀弥はそれで納得したようにやり方を教えてくれと賢誠に頼んだ。






 この兄弟。少々、阿呆な気があるのも、この一年で朝顔が知ったことでもあった。

赤石家とある一日の風景 ー五歳ー

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