そう。言いたいことは、それだけ? それだけで魔術師になりたいならお断り。面倒事は嫌いだ






 持石は、顔を逸らして腕を組む。


 顔が金髪に隠れてしまって伺えない。




才能があったってホイホイなれるものじゃない。

修行をつけて良いものでもない。

堕落しているような人間に魔術は教えたくないよ。

それに、君は神様からつけてもらえって言われただけだよね。

それは君の意思なの?

そもそも、どうして魔術師になりたいの?








 魔術師は問う。



 森に生きる者達を守るため、また苦しむ人を助けるため、優しき心を森に閉じ込めた人。





 賢誠は、どうして魔術師になりたいのか。




 魔法に憧れていたからなのは最大の理由だろう。魔法を使って、物語の主人公は敵をバッタバッタ倒していった。そうして国の存亡をかけた危機を打破する。そんな姿に憧れを抱いた。



 でも、それだけじゃない。






あなたは『桜』みたいな人なんだと思う






 持石が、目を瞬かせてこちらを向いた。



 本当に驚いたように目を瞬かせている。この子供、何言ってるんだと顔に書いてあった。






昔から、人間という生き物は桜に惹き付けられる。

そんな桜の下で騒ぐのを、春になればみんなが楽しみにしている



 ずっとずっと昔から、人は桜に魅入られて句を読んできた。



 女性の美しさを桜で例えたりしてきた。




 その蠱惑的とも言える美しさに、誰かは『桜の下には死体が埋まっている』と言うぐらいだった……――持石には、そんな雰囲気がある。




 この森に住まう魔のモノは、持石を慕っている。

 そんな彼の傍にいたいと思うモノ達が、たくさんいる。





 それはボクにとって理想的な生き方だ。







 賢誠は、動物が好きだ。



 妖怪や幻獣も大好きだ。そんな彼らと交流する物語を見るのも好きだった。



 敵対するのではなく、共存して、心を通わせて、共に時を過ごしていく。





 誰かの考えが、この世界を成り立たせている。それは何も人間だけじゃない。虫や動物達も混ざってそうであるはずだ。



 何もかもから慕われて愛されたいというわけではない。


 ただ、そこで生きている誰かの生き方を守ってあげたい。


 当然のように生きて良いと思って、そこに居てくれたら嬉しい。




 持石は、そんな風に生きているように思えた。生き物達を遠くから、影ながら見守っているように思えた。






ボクは、どんな生き物とも一緒に生きていきたい。

あなたみたいな、優しい魔術師になりたい。

だから、弟子入りを志願します






 お願いします、と賢誠は頭を下げていた。



 しかも、いずまい正しく座って頭を下げていた。






 今なら思う。


 彼の神にも並ぶ魔力生産量は、彼が住む近隣を魔の領域に変えてしまう。



 だから持石は、こんな薄暗い森の中で人間と交流することなく生きているのではないか。それも最低でも二十年ぐらいは。



 持石はただ黙って聞いていた。

























 昔、月みたいだと例えられたことがあった。





 月には魔力があって、それに人は惹き付けられる。



 淡く優しい光を地に下ろす月は綺麗で、何となく見えたときに目をやってしまう。




 近づきたいと望むのに、あまりにも遠すぎて届かない。


 いったい、どんなことをすれば月にたどり着けるのか想像すらつかない。






 お前は、昼夜問わず地上の生き物達を見守り、夜になれば光をくれる優しい人。


 闇の中に孤高に浮かぶ月。
 誰にも手が届かず、それでいて輝き続けている……――。






お断りだよ。人具も出せない人間は話にならない。一昨日おいで





 持石は、そう吐き捨ててぷいっと背を向けた。



 一瞬、かつての友の言葉を思い出した。



 子供だからだろう。好きなことを勝手に言っているのだ。持石はそこまで綺麗な人間ではない。






 桜や月の例えられるほど、美しい生き方をしてきた覚えはない。掘り下げれば汚泥を塗りたくったようにドス黒い。



 案の定、人具? と首を傾げる賢誠に持石の後ろに裏切者が出現する。





朝顔

魂を具現化させたものだ。

強くお前自身を想像してみろ。それで創造できる。思考すれば施行できる





 朝顔がタオルを持って現れた。もくぅと頬を膨らませた持石を押して退け、この小さな来客の水分を拭き取りにかかった。ワシャワシャと髪の毛からできるだけ水分をとってやる。



 賢誠は聞いたことのある言葉だと思った。


 それは天之御中主が残した言葉だった。






 賢誠自身を強く想像する。つまり、自分の姿を想像すると言うことだろう。ナルシストみたいだと思った。



 風邪を引くから服を乾かすのが先だと言う朝顔の前で、賢誠は手のひらの上に自分が立っている姿を想像してみた。






 すると、腹から暖かいものが登って肩を経由してきた。それが掌に集まると、瞬く間に茶色い光が噴き出した。


 すぐに全身から熱が沸き上がって掌に収束する感覚。それが、掌に茶色の光を生み出した。ぱぁああ、とその光は集まって、小さな丸い光となる。





 なんか、魔法っぽいもの使ってる!? 本当に魔法使える!?





 胸にワクワクが高まる。気分が高揚していた。


 魂から出てくる物体なんて、まさにファンタジーだ。どんなものが出てくるんだろう。きっとキャラクターが使う格好良い武器や、魔術師らしい樫の木で出来た大きな杖かもしれない!




 さらに自分の姿がクッキリと浮かぶぐらいに想像を強めれば、集まっていた光が、ぱぁあん! と花火を打ち上げたように弾け飛んだ。まるで空に大輪の黄金菊を咲かせるように、金色の砂が飛び散った。その茶色の光の中から、ポツリと現れた、それは……――。





・・・石?







掌に、ちょこんと一粒。

掌に、ぽつねんと一粒。

掌に、寂しそうに一粒。




 赤い石が、乗っていた。














 これから大きくなるんだろうか、とちょっと振ってみた。



 うんともすんとも言わない。


 手の中でクルクルと回してみて、やっぱり小首を傾ける。






 何も反応がない。







朝顔

小石が人具なのか。珍しいな







 朝顔の一言に、頭の中がまっさらに脱色した。


 それは濃厚な色を取り戻す。






 赤い石なんて、名字使って親父ギャグか!?


 赤石だから、お前の人具も『赤い石』ってか!?





 怒り猛った幼子は朝顔の親切心を振り払うかのように、渾身の力をこめて地面に投げつけた。



 石は石らしく、地面に三バウンドしてから、コロン、と転がると、空中に解き放たれるように赤い砂となって破裂した。





 肩を上下に揺らす賢誠。朝顔は構わずタオルで水分を脱ぐい取るのを再開した。


 でも、一応人具は出した。出してやったのだ、と賢誠は持石へ顔を向ける。





人具は出しました! 修行をつけてください!







 持石は賢誠を見下ろしてピクリとも動いていないことに気がついた。




 赤い石が出てきたことに持石も現実が受け入れられないような風だ。緑色の瞳を大きく見開いて、しばらく固まっていた。



 かと思うと、突然、彼は部屋の中へと戻っていった。返事もなしとは何事だ。





 風邪を引くといけないからと朝顔が窓から家に入れようとしたその直後、ゴツゴツした何かがパンパンに詰まってる麻袋を持って持石が戻ってきた。



 髪の毛で表情が伺えない。持石は、それをドサッと賢誠に向かって投げつける。かちゃ、と固い物同士が擦れあう音がした。






帰れ!

二度とこの森に近寄るな!!





 持石が怒鳴った途端、その感情に呼応するかのような魔力が濃密な空気となって吹き荒れた。賢誠とそのそばで片膝をついている朝顔の足元に緑の魔法陣がくるくると回りながら出現する。



 朝顔はどうしたのか持石に尋ねたが聞こえてないようだった。



 ぴか! と一際強く光を発すると、賢誠と朝顔の体はふわりと浮かび上がる。それからすーっと空へ浮上。二度と来るなという言葉からも、さっきの話をご破算にするつもりだからに他ならない。





ちょっと! ボクとの約束は!?

そんな約束した覚えなんかない!

君なんて魔術師に向いてない!

だから、もうこの森には来るな!

朝顔

おい、サン。何で俺まで……――

帰れ!
三度目はない!








 賢誠と朝顔の身体が宙に浮かび上がる。賢誠にいたっては、くるりと足が上向いて逆さまだ。朝顔はきょとんとしたまま空へ打ち出された。



 まるでゴムで弾かれたパチンコ玉のように賢誠は朝顔と一緒に吹っ飛ばされた。




 瞬く間に眼下は森を通り抜け、貧村の外れにある池に賢誠はダイブした。一応、着水ということで池が直撃の衝撃を和らげてくれたが、水面に顔を叩きつけることになった。





 身体を起こしながら、賢誠はむくぅと頬を膨らませた。






持石さん、何であんな怒ったの!?

なら、最初から修行つけたくないって言えば良いのに!

寂しがり屋だから仕方ないんだ。許してやってくれ

寂しがり屋とか関係ある!?






 ざば、と朝顔が池の中から身体を起こす……――その姿を見た賢誠は目を瞬かせた。




 朝顔は賢誠の兄である刀弥よりも年上だった。ざっと二十歳かそこらだ。それが今、なぜか四歳の賢誠と同じぐらいでむくりと起き上がったからだ。



 朝顔が賢誠と同じぐらいに小さくなっていた。



 これは持石と離れたから魔力の供給量が少なくなっているせいだと言いながら、再び気持ち良さそうに池の中へ身を沈めた。




アイツは、お前のこと気に入ってるよ。

気に入らなかったら子供だって夜の森に放り出すような奴だからな。

俺もお前が気に入った。俺達が住んでるあの森は、お前のいう通り、この一帯から逃げ出す貧民が亡命のために逃げ道として使うんだ。

逃げ出した奴で戻ってきた人間は誰も居ない。

森に入って果夜国に逃げたらそっちに移住。



そんな一方通行が長い間続いていたから『迷いの森』なんて人間達が勝手に言い始めたんだ。

その噂を利用して、アイツも森の中で好き勝手やってるのさ。

暴れる人間を驚かせたり、木々を移動させて人間を惑わせたり

何でそんなことやってるんですか?

それも、お前が言った通りさ。

アイツの周囲には人間以外の魔のモノも集まる。

アイツの魔力に惹かれて集まってくる。


本当に、人間が桜の下に吸い寄せられるみたいにさ。

だけど、人間達と同じ空間にいると人間の方が自分達以外の種族を拒絶する。

アイツは、どんな生き物も大好きな奴だから、受け入れられない人間ばっかりなのが嫌になって森に籠り始めたんだ








 朝顔は一緒に飛んできた大袋に手をつけた。



 その袋の口を開けて中を覗くと、やっぱり、と手を突っ込む。その中から出てきたのは魑魅魍魎の核とおぼしき命の結晶。緑色のそれの表面には何やら模様が彫りこまれている。






魑魅魍魎の核を使った魔法発動装置。お前が帰ってからついさっきまで作ってた奴、全部だな






 賢誠が帰ったのは、日も昇り始めたばかりの朝だったはずだ。それからということは、一夜を挟んで今まで寝もしないで作っていたことになる。



 朝顔は、しばし眺めて麻袋に魑魅魍魎の核を戻すと、それを軽々と肩に担ぎ上げて賢誠へ手を差し出した。






とりあえず、アイツの苛立ちが収まるまで二、三日はお前のところに邪魔させてくれ。


お前のこと気に入ってるし、少しぐらいなら俺も魔術について知っている。

教えてやれる範囲で教えてやるよ






 本当ですか!? と賢誠は手をつかんで、すっくと立ち上がった。


 朝顔は薄く笑って、改めまして、と口にする。




俺は朝顔。曼陀羅華の妖精だ







 賢誠は、満面の笑みを浮かべて挨拶する。



ボクは赤石賢誠です!

よろしくお願いします!








  四歳編   ー 了 ー

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