それでですね!
どぉーん、て爆発したんです!

あれは暴発で、上手くいけば魔法が発動できるかもしれないって言ってたんですよ!

そうか。魑魅魍魎の核がそんな風に使えるか……お前は、おもしろいことを思いつく

だって、そうすればボクも空を飛べるかもしれないじゃないですか!







 賢誠が身振り手振りの説明をすると、天之御中主はクスクスと笑うと、顔を上向けた。





どうやら、持石が帰ってきたようだ。

良いかい、賢誠。

彼の元でどうにか修行をつけてもらいなさい。

お前には魔術師としての才がある

本当!? ボク、魔術師になれますか!?

あぁ。私が保証する。お前は立派な魔術師になれるよ







 神様からお墨付きをいただいた!



 賢誠は久々に魂から震え上がった。心から嬉しいと思えるような体験をしたのは、本当に久しぶりだ……――といっても、それは前世の記憶だが。




 自分も魔術師として生きることができることを、手放しで喜んでいる。






 昔からファンタジーに憧れていた。というか、死ぬ直前までもずっと夢中だった。特に、魔法が使えるというファンタジー系統の話を好んで読んでいた。ハッピーエンドものを好んだ。なんというか、グロテスク系は苦手だったのだ。ミチミチと残酷な感じが続くのはどうも苦手だ。



 頭がお子さまなのだ。





それに彼はとても優秀な魔術師だ。魔力の生産量は神にも等しい。

お前が兄と訓練していた河原から森までとても離れているのに、彼の魔力を感じたんだ。

その森の中は彼の魔力で溢れて、とても生き生きしている。

そこに住まう魔のモノが集まっているんだね。彼自身、膨大な魔力を持て余しているからかな

持て余してる? どういうことですか?

詳しいことは彼に聞きなさい。彼は知っているから






 ふわり、と身体が浮かび上がる。


 そうしてまた、いつも通り穴に吸い込まれた賢誠は、意識を覚醒させた。















 うっすら目を開けると、持石が賢誠を抱えていた。


 その持石は眉間にシワを彫り、賢誠を見下ろしている。



ねぇ、君。さっき、どこへ行っていたの?

? どこ?

魂(こん)だ。
どこかへ行っていたのに、戻ってきたね

天之御中主様のところです!






 持石は植物の部屋を後にして、自室へ戻ると賢誠をベッドの上に座らせる。


 彼は怪訝そうに眉を寄せた。




それは、何?

神様です。天之御中主神という、この島を作った神様達を作った、創成の至高神です

そんな神様、聞いたことないよ

えぇ。三化造神の文献が残ってないみたいですね。あと、別天津神の文献も。それに、天之御中主神は文献にも一回しか名前出てきてませんから、どうしても影が薄いんですよ

そんなこと、誰から聞いたの?

天之御中主神様からです










 文献がないことは聞いたが、一回ぐらいしか名前が出ていないのは前世の情報だ。面倒だから全部、天之御中主から聞いたことにしてしまった。



 実際、彼は至高神で宇宙を司る神なのだ。それぐらい知識があっても変じゃないはずだ、と賢誠は勝手に結論付けた。





 しかし、持石は眉根を寄せて記憶を手繰り寄せていた。


 その神の名は、もうずっとこの島で生きている持石でも聞いたことがない名前だったのだ。






 それが当然のようにいるという幼い子供。子供はまだ、なにも知らない……――かといって、この子供の記憶はあまりにも空想が大人びている。



 織田信長がこの島の国々を統一したという話だけではない。もしかしたらいずれできるかもしれないが、問題は話し方だ。これぐらいの子供なら、もう少し舌足らずだ。



 あんまりにも流暢に、詳しく話しすぎている。


 もちろん、英才教育の行き届いた子供ならそれぐらいしっかり発言するが、どこからどう見てもみすぼらしい平民の子供だ。




 四歳児がケツを掘られるなど想像する余地などない。





 例え情報を多く入手できる環境だったとしても、そこまでに至る思考回路を持ち合わせるのは酷く難しいものだ。



 ならば、今の彼が彼たるのは……――前世の記憶と混同しているから。それが、表に出てきてしまっているからだと推測した。





 賢誠は、そんな持石にずいっと詰め寄った。






天之御中主様から持石さんに修行をつけてもらいなさいって!

あと、この森のことも聞いてって。持石さんの魔力生産量は神様と同じぐらいあるから、この森には魔のモノが寄ってくるんだって。

なので、修行をつけてください!







 賢誠は両手を万歳して無邪気にも魔術師の弟子入りを志願してきた。


 なにも知らないで、この子供は神様らしい人間に言われるままに志願してきたのだろう。今、自分で言った意味を理解しないで弟子入りを申し立てたことになる。





 その無邪気な子供に、持石は告げる。




僕の魔力生産量が神と同じぐらいあるから、この森には魔のモノが寄ってくるって、その神様みたいなのは言ったんだよね?







 賢誠は首を勢いよく二度縦に振った。



 いよいよ異世界転生らしく、魔術の勉強ができるようになるのだ! と胸が踊っていた。




 顔を逸らした持石だったが、それから、改めて冷たく光る瞳で賢誠を見下ろした。





それってつまり、化け物のところに化け物が寄ってきてるってことだよ。

意味わかって、弟子入りするつもり?








 それを聞いて、賢誠もようやく疑問を抱いた。持石を見上げて、きょとんと目を瞬かせる。



 彼の魔力の生産量が多すぎて辺りに溢れ、魔のモノには住み心地がよくなっている。





 賢誠は天之御中主が言ったから、ただ何となく言葉を繰り返していただけだった。よくよく考えれば妙である。持石は人間なのに、魔のモノがその周りに集まるというのはどういことだろうか……――。



 持石は、なにも知らないんだね、と冷たく吐き捨てる。





この森は晴渡国と果夜国の国境にある『迷いの森』だ。


一度入ったら、二度と生きて出ることはできない










 賢誠も、よくよく思い出した。


 迷いの森について聞いたことがあった。


 この迷いの森は化け物の巣窟。魑魅魍魎やその他の魔物が大勢生息している。





 迷った者は二度と出てこれない。
 だから近づいてはいけないと。



 しかし、と賢誠は思考する。


 この迷いの森がそもそも魔物が巣食う森と化しているのは、魔物にとって住み心地の良い魔力が常時漂っているからで。






 そんな森に仕立てあげているのは……――賢誠の背筋が、凍りつく。



 わかったかい、と持石は冷笑する。





君はこの森を魔物の住処にしている化け物の親玉に、弟子入りを志願しているんだよ。

僕が、君みたいな子供を弟子にするわけないだろう






 緑を宿した、ビー玉のような瞳で吐き捨てる。



帰れ。夜明けと共に。

握り飯ぐらいならくれてやる。今回は君を連れてきた河童に帰り道を案内させる。

あれが連れ込んだようなものだからね。

だけど、次はない








 ブロンドの長髪がくるりと翻った。


 化け物というには、あまりにも綺麗に……――。














































 森の中をトボトボと歩く。




 手には大きな葉に包まれた握り飯。子供が食べるには、大きいものが三つも包まれていた。選別だと魑魅魍魎の核を大きな袋に入れてもらって、リュックサックのごとく背中に背負った。細い紐だから、肩に食い込んで痛かった。





 握り飯も魑魅魍魎の核も、昨晩出会った幼女に渡されて家を出る賢誠。その扉の前で待っていた河童がおずおずと、こっちだと言って、森の中を歩き始めた。




 ずっと無言だった。


 あんな人間臭い人が、この森を化け物の住処にしている魔力を大量生産している。





 思い出せば、彼の仲間には人間を食べるようなモノもいるのだ。それが怖いと一ミリも感じなかったのは賢誠の頭が阿呆だったからに他ならない。



 ここ異世界だし、魔法と剣の世界だし、そんなの居ても当たり前か、とそれより先を思考していなかった。しっかり考えれば分かることだった。人間を食べるような生物と一緒に暮らしているモノが、綺麗な人間の姿をしているから安心してしまったのだ。




 今回は気まぐれで生かしてもらえただけ。河童にケツ掘られると大爆笑させ、ちょっと夕飯を一緒にして、魑魅魍魎の核で魔法陣が発動させられるかもしれないという妄想を現実化させてくれた研究者っぽい人。




 でも、助けてくれた姿や、一緒に過ごした時間が走馬灯のように蘇る。










綺麗な人だった。


天使みたいな人だった。


優しく笑ってくれた。


なんだか子供みたいな人だった。




お、おい。お前……――

なに?






 河童が声をかけてきたが、賢誠は疲れたように返す。



き、昨日はすまん

良いよ。
頑張ってね。人を驚かせるの

うん。頑張る……――







 会話は続かない。



 でも、しばらくしてまた河童が声をかけてきた。




オイラ、河蔵だ

ボク、赤石賢誠

そうか、サトミか。

なぁサトミ。もうすぐ出口だ。
もう、この森には近寄ってくるんじゃないぞ

森に入ったの、河蔵のせいだもん







 そうだった、と河蔵と名乗った河童はポツリ。




出口だ








 その言葉に、賢誠は顔をあげる。





 朝日が、空を朝焼け色に染めていた。

 そこは真っ直ぐ茶色の土を固めただけの一本道がずぅっと続いていた。



 ふっと振り返る。もうそこに、河蔵の姿はなかった。







 闇色に閉ざされている森がそびえ立ってた。魔物が住み着いていると言われれば、一目で納得できる場所だと思えるほど、木々は密集して濃密に暗い。土色の道も、とっぷりと闇に飲まれている。




 なんだか、歩くのがとたんに億劫に思えて、そこで腰を下ろした。



 道のりは長いから、ちょっと休もうと握り飯を一つ、手で掴んだ。ひんやりとしている三角の握り飯にかぶりつく。







 塩がほどよく効いて、美味しかった。噛み締めるたびに米から甘味が染み出してくる……ーー昨日食べたご飯と全く同じ味だ。甘くて、優しい味だった。





 じわりと目尻から滴がこぼれて落ちる。
 それをぬぐって、賢誠は口いっぱいにご飯を詰めて、ろくに噛まずに飲み下した。









 美味しい味だった。




 でも、悲しさが胸を汚して美味しいと素直に思えなかった。






 森ので入り口で膝を抱えて、しばらく踞っていた。


 今は、あんまり動きたくなかった。





 賢誠は、そこでしばらくじっとしていた。


 どうしてこんなに悲しいのか。



 化け物だとわかって、怖かったはずなのに。



 一緒に過ごした時間が、あんまりにも楽しくて裏切られた気分だった。



 それはきっと、時間を経て恐ろしいものに変わるはず。こんな思いに苛まれることもないはずだ。







 今は、動けるようになるまで時間がほしい。


 そうしたら、歩いて家に帰ろう。




















 朝日は昇る。


 明るい青空に変えるまで。

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