移動型魔法陣? て、ことは、あれは生きている魔法陣なんですか?

それは例えだよ。魔法陣は術者が出力する魔法の魔力命令書のようなものなんだ。

基本魔法陣に命令文を書き加えて魔法として発動させるんだよ

えっと、でも、魑魅魍魎の核も魔力の塊なんですよね?







 賢誠には大きすぎて片手では持てないそれを両手で包んで持ち上げると、そうだよ、と持石はにこやかに答える。





魔力の質量的に初級魔法と同等か、あるいは上級魔法ほどの魔力を魑魅魍魎は持っていることになるって言ってましたけど、じゃあ、この核そのものは魔法が一発ぐらい打てる魔力の塊ってことですよね?

なら、これを使って魔法陣を発動させることができたら、ボクが魔力を使わなくても魔法が使えますかね?






 つまりは自分の魔力を使わず、核に溜まっている魔力を消費して魔法が使えるんじゃないのか、という疑問だ。




 持石はきょとんと目を瞬かせると、数秒沈黙した。それから、あっ、と何か思い付いたかのように賢誠からひょいっと核を取り上げてしまう。





 彼は箸を皿にも乗せず転がすと、核をじぃっと見下ろすなりぶつぶつと何かを呟き始める。魔力の残存量がどうのこうの、これぐらいなら上級いける、などなど。



 一頻り呟いて、持石はガタンと立ち上がる。それから食事も途中のまま台所を出て行ってしまった。




 賢誠は、ほうばっていた玄米をムチムチ噛みながら、椅子から飛び降りて彼の後を追った。





 突き当たりにある部屋の扉がぱかっと一人でに開く。そこに持石は迷うことなく入っていった。賢誠も扉が閉じる直前に入り込む。























 中はどこぞの怪しい研究施設のようだった。薬品の臭いが立ち込めて、いろんな研究素材らしきものが瓶に詰められて棚にビッチリと並べられていた。抉られた目玉の瓶詰めがあった。一体、どんな研究をしていたんだろうか。



 ビーカーやフラスコが埃被っている。もう長年使っていない形跡が残されている……――どこかの研究者が怪しい実験を繰り返して放棄したような場所に見えた。




 魔術の研究家だったんだろうかと賢誠は思った。



 持石は椅子にも被っている埃なぞ気にせず座れば、近場にあった錐で核をガリガリと削り始めた。賢誠は面白そうだと思って、室内にあった椅子を静かに彼のそばへ寄せ、覗きこむ。


 ガリガリと命の結晶は錐の先端に抉られて削られる。その砕片は核から溢れ落ちると空気に溶けるように消えてしまった。これはゴミが出なくて面白い。賢誠はしばらくワクワクしながら見守っていると、持石の手によって綿密な模様が刻まれた宝石になった。

 よし、と賢誠に目もくれることなく部屋を出ると、隣接している部屋……――うっそうとした濃密な緑の香りが鼻孔をつっついた。






 植物を育てている植物園みたいだった。うねうねと動いている蔓や、ウツボカズラが蓋をパタパタと開閉させている……――動植物にしては動きすぎている植物達も混ざってひしめきあっていた。今まで来た部屋の中で一番大きい部屋だ。中心地には成長しすぎた木が床に根を張り巡らせている。


 そこにある窓へと一直線に進んでいく。窓を開けると、そこから彼は裸足で降りていった。さすがに痛いと思うのだが、彼はお構い無しだった。



 賢誠はさすがに裸足で降りるのは痛いので窓の側に座って待機。





よし





 持石は魑魅魍魎の核を両手で包む。


 すると核の表面に掘られた模様が煌めきだした。それが魔法陣……――核に直接、魔法陣の模様を掘った。それの表面にある魔法陣から魔法を発動させようという試みだ。



 持石は慌てたように、核をぶん投げた。






 川に着水する直前、腹も殴るような爆音と共に石から真っ赤な炎が縦に火柱をあげた。



 じょわぁあああ! と川の水が蒸発して湯気を立ち上らせる。賢誠に熱風を叩きつけた。

 持石があちちちち! と叫びながらこちらへ退散してくる。
 賢誠の隣に座り込んで、裸足を裏返した。





痛い。裸足で外でるなんて馬鹿じゃないの?

裸足で外へ出ていったのは持石さんですよ? それにしても、すごい爆発でしたね

うーうん。あれ、暴発






 持石が首を左右に振った。


 金髪がひらりと踊る。





爆発、じゃなくて暴発……――失敗?

うん。失敗した。

失敗したけど、暴発したってことは魔法として発動可能な証拠だ。


 魔法の暴発は魔法を行使するのに命令を間違えたりすると起こる魔力の変換間違いだから。


もし魔法を行使できないならウンともスンとも言わないもの。やっぱり、あの核には魔法を出力するだけの何かがある……――何があるんだろう。


気になる






 持石はボソボソ呟いて、再び室内へ戻った。


 何がいけなかったんだろうと、また埃まみれの研究室に戻ると、むすぅと眉をしかめた。



埃っぽい……





 かなり今更だ。そこで数十分作業したあと、再び部屋に戻っての発言だった。



 しまいには、『二○年そこら放置したからってなにもこんなに埃被らなくたっていいのに』と埃に文句をつける有り様だ。






 二○年……――と聞いて、賢誠ははたと目を瞬かせる。彼はぱっと見ると二十代ぐらいに見える。そんな彼が今、二○年そこらと言った。


 しかし、聞き間違いか、と納得する。この見た目で二○歳、三○歳なら首を縦に振れる。四○もギリギリ行けるかもしれないが、五○ではないだろう。あまりにも若々しすぎる。



 それにさっき、十年はここに住んでいると言っていた。


 多分、十年だろう。





 それから近場の紙を手にとって、ガリガリ書き込むと、がたっと勢いよく立ち上がった。





よし。一狩行こう







 まるでハンターゲームの宣伝コマーシャルのような一言を投げ放つと、持石はパタパタとまたさっきの植物部屋へ行き、また窓から裸足で飛び出した。





 この人、また裸足で出掛けようとしている。そう思ったのもつかの間……――彼の足が、地面に着地することなくふわりと浮かび上がったのだ。



 賢誠は窓際にへばりついて、叫ばずにはいられない。





うぉおお! 飛んでる!

あ。忘れてた









 屋根を越えるぐらいに飛び上がった持石は、すぅっと降りてきた。空中でふよふよと停滞する。





君達。
この子は客人だ。
餌じゃないからね。

食べたら燃やすよ






 わかったねー、と持石は賢誠に投げつけるでもないような口調で夜の空へ吸い込まれていった。


 一体、なんのことだろうか……ーー明らかに持石は賢誠ではない何か。ならば、何かが後ろに……。




……





 クルリと振り向くと、そこにいたのは可愛らしい幼女だった。



 賢誠と同じぐらいの年頃のような少女だ。髪の毛からは甘い香りが溢れている。


 大きな瞳で賢誠をじぃっと凝視していた。そんな愛らしい姿にちょっと胸がときめいた……――のも束の間だった。




 その顔を歪めると、眼球が真っ黒に染まって口が頬の辺りまで裂けた幼女は舌打ちした。





食べれないのか







 久々の上物なのに、と老婆のように嗄れた声の幼女はいそいそと室内の闇に紛れて消えてしまう。



 一体、今の幼女は何者なのだろうか。おぞましい顔に変化したが、大して怖くなかった。何せ河童よりマシの思えたのだ。





 賢誠は魑魅魍魎を狩りに行った持石を待つことにしたが、よくよく思い出してみれば食事の途中だった。


 賢誠は一人で食事を再開し、持石が途中で放棄した食事を片付けると洗い物を台所に転がして植物のいる部屋の窓際に舞い戻った。




 賢誠は植物の間で、うとうととした。


 何度か睡魔と戦ってみたものの、最終的には敗北を喫してコクりと横になったのだった。




 














どうする? この間抜けな客人は。食べちゃダメなんだろう?

 暗闇の中で、老婆の声が響く。

だけど、このままだと風邪を引かない?

人間は夜通し外にいただけで動けなくなる。私達とは身体の作りが違うもの。


外皮が硬くないし、スベスベして柔らかい







 暗闇の中で、幼女の声が響く。



それなら風が当たらないように僕達の葉っぱを被せてあげれば良いんじゃない?







 楽しそうな男児の声だ。


 しかし、男児の言い分に翁の声が、
それはダメだ、と答えた。



たくさん被せても葉の隙間から風が入り込んでしまうかもしれん。葉は軽いから動けば崩れてしまうしな

そっかぁ……――







 しょんぼりと男児の声が沈んだ。




それなら、俺の中に入れば良いんじゃね?

お前の中に入ったら体が溶けてしまうだろう

あ! 良いこと思い付いた!
これをこうやってやれば……――

おぉ。それは名案だ。
動かないし、何より隙間がない

お前、下手だねぇ。どれ、私が手伝ってやろう

それなら、こうやっていっぱいやれば……






 暗闇の中、もぞもぞと動く。



 たくさんの声が、

最後には満足げな声でこう言った。




これでよし!

 













 そして、翌朝……――といっても、まだ朝日も顔を出していない三時だ。



 しこたま魑魅魍魎を狩って帰ってきた持石はその光景を見て、その麗美な顔をガッツリしかめた。





君達……――何してるの






 賢誠の姿が見当たらず、家の中を捜索しているところを発見した。



 植物の蔓にぐるんぐるんに巻かれた賢誠はよだれを垂らしながら爆睡している。幾重にも緑の蔓に巻かれて、どんぐり独楽のようだ。そこから賢誠の首だけがにょきっと出ている。




 しかも、賢誠は横になっておらず縦のままだ。首だけがだらしなく折れているが、疲れているからなのか深く眠っていて厳しい体勢でも気づいかないようだった。


 そのそばで、植物の妖精達が取り囲むように背を預けて座っていた。


 お帰り、と松の木が持石に声をかけた。この部屋の植物達の主な世話をすべて任せている。




餌じゃないとは言ったけど、絞め殺して良いなんて言ってないよ?

死んどらん。お前の客人がここで寝てしまったのだ。風邪をひいてはいけないと思って、空気に触れぬよう蔓を巻いた。

お前達は温度に弱いから、空気が当たらないようにしたのだ

変温動物じゃないんだけど

でも、お前は何かに没頭してはよく風邪を引く。客人にもそうなっては困る。

お前が客人を連れてくるなんて珍しい。

大事にせねば






 持石の元へ賢誠は運ばれながらぐるぐる巻きになっていた蔓がつるつると外れていく。


 持石が差し出している両腕の上に、賢誠を置いた。




 ちゃんと生きて、寝息をたてていた。





朝顔。君がいながら何でこんなことになってるの

朝顔

お前が大爆発を起こしたせいで『虫』が寄ってきたから排除してたらこんなことになってた






 青年は答えた。


 持石が長年連れ添っている植物の妖精……――朝顔だ。彼とは一番、長い付き合いで、人間の世界のことをよく知っている植物でもある。




いやいや。助けてベッドに寝かせてあげよ

朝顔

みんなが嬉しそうにしてるから言わなくても良いかと思った







 持石は、はぁ、と溜め息を溢す。




六時ぐらいになったら食事の支度を。

この子の目が覚めたら、食べさせておいてほしい。

今日帰らせるから、握り飯を包んで

朝顔

もう帰らせるのか?

もう少し居てもらったらどうだ。きっと、いつもより楽しい

僕には君達がいれば楽しい。十分だ

朝顔

あんなに笑っていたのに






 他の妖精達も持石の元へそろりと寄ってくる。


 じっと持石を見上げて、何も言わないでいる。
 そんな彼らに持石は笑みを浮かべた。




その子にも大事な人がいるんだよ。

君達が僕の客人だから心配してくれたように、彼の身を心配してくれる人が森の外にたくさんいる

・・・・・・・






 その頭をやんわりと撫でる。



 頭を撫でられた幼女は気持ち良さそうに笑う。それから、ぎゅーっと抱きついてきた。そのあとに、他の植物達もくっついてきて持石は動き辛くなる。それでも穏やかに彼は笑った。


 笑って、爆睡している賢誠に視線をくれる。




また、魂が抜けてる……――









 持石はそう呟いた。

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