ぷはー! 生き返るー!







 目の前の食事は豪勢だった。



 野菜たっぷりのけんちん汁。味噌に溶け込んだ野菜の旨味に全身が歓喜に震え上がっていた。それに炊きたての白いご飯、加えて鶏の照り焼きだ。どれも美味しそうな湯気が立ち上って出来立てだ。





お肉なんて久しぶりです!

そうなの?

はい。お金がないらしくって……――あぁ、そういえば、ご近所さんがまた税率上がったって言ってたかな。

うちの家計も火の車になりそう……








 そんな話を思い出しながら、賢誠は土地のことを尋ねた。


 持石は地図を持ってきて住んでいるところを教えてくれた。




 前世の賢誠が住んでいた日本列島だが、それと全く同じ地形だった。



 ちなみに賢誠が住んでいるこの場所は、晴渡国にある貧村・日向。神奈川県のあたりを指差された。




 この晴渡国は東北地方と関東地方が繋がっている大国だ。地図的に、晴渡国の王都は、驚くべきことに東京の辺りだった。



 中部と近畿地方は果夜国と呼ばれる敵対国。ただ、長野県が歴詠と呼ばれる小国だった。そして、中国・四国を神有国と呼ばれる国がある。北海道と九州、沖縄はまだ未踏の地。



 この晴渡国の日向は果夜国の国境付近でもある。
 そして、驚愕的事実を賢誠は知らされる。






織田信長が、世襲性……――







 箸で挟んでいた照り焼きが、皿へすとんと落ちた。




あぁ。二四代目の織田信長が、この日向に魑魅魍魎の換金所を置いたらしいんだよね。

侵略されたようなモノだって領主は騒いでるみたいだけど























 どうやら、戦国武将の子孫が世襲性で残っているという。



 今、織田信長を筆頭に島の統一を目指していていて、現在は交渉により国の数を増やしているらしい。賢誠の世界は実力だけで治めていけたが武術だけでは魔法に敵わなかった。それどころか、魔法を使用することで大規模な戦闘となり、戦地には死者ばかりが増える。



 今は下手に争うことなく国の統一を目指そうとしている……――。





だから、織田信長は換金所を置いて、ちょこちょこ国に入り込んでいく作戦に

まぁ、そんなところだろうね。実際、果夜国の傘下に入った町や村は多いよ。亡命する人だって後を絶たない

なんだか、人民を先導する手腕が織田信長らしいですね

織田信長らしいって、それはどういうこと?









 賢誠は自分の前世の話をした。この島によく似た日本という場所に住んでいた。



 持石は興味深そうに話を聞いてくれた。


 織田信長は武力で日本を統一した人だ。楽市楽座を
施行したり、魔法のない世界で天下統一を果たす。しかし、配下である明智光秀が謀反を起こして本能寺で死んだとされた。そのあと配下の彼が天下を収めて三日後に豊臣秀吉によって倒される。そして徳川家康へと幕府が流れていく。歴史の教科書の中身を語っただけだった。



 それでも、持石は興味深そうに聞いていた。子供の妄言だとは、つゆにも思わない様子だった。







確かに、自由と平等を謳う彼は異国の平民にしてみれば救世主だよ。

彼の治める国は身分制度が撤廃されているし、亡命者大歓迎だからね。どこも身分制度もだけど、それが人間を抑圧している。

貴族という身分を使って平民を虐げるバカもいる……――

……もしかして、晴渡国は身分制なんですか? 日本なのに

『にほん』というのは分からないけど、君の言う通り、晴渡国は身分制だよ。

ここの領主はろくでもないらしいけど……――織田信長の話って前世の記憶だよね?

それなら誰にも話さない方が良いよ。

織田信長に心酔してるって思われると風当たりがキツくなっちゃうから






 すごいな果夜国、と賢誠は素直に感心した。時代が流れても織田信長はやろうとすることが同じなのだろうか……――歴史は繰り返されるというけれど、彼の運命は国を統一するために存在しているかのように思えてしまう。



 そういえば、と賢誠は思い出す。


 魑魅魍魎の換金所、という単語のことだ。


 それは一体、何なのか。








 これを覚えているかい、と持石はあの赤い塊を差し出してきた。魑魅魍魎の中から落ちてきた宝石のように光っている石……――これが魑魅魍魎の命の根元たる『核』だ。



 これを織田信長の家臣が経営している換金所へ持っていくとお金と交換出来る。魔力の残存量によって金額が変わり、魔力を大量に含んでいると高額になる。






そういえば、さっきもそれを探しに来たとか言ってましたね

あぁ。ここはバカみたいに強い魑魅魍魎が多くてね……――時々、実力のない人間が入ってくるんだよ。

これぐらい大きい核だと十万はくだらないからね。

金に目が眩んで入ってくるんだ。鬱陶しいったらないよ

ごめんなさい







 素直に頭を下げた。だって、河童にお尻を狙われたと思って全力で逃げてきた馬鹿なのだから。



 それをからかいながら持石は仕方ないと笑う。


 ちなみに馬鹿の種類が違う、彼らは大馬鹿で賢誠は小馬鹿だとフォローしてくれた。




 しかし、それは魅力的な話だ。換金出来るなんて貧乏人は命をかけても入ってくるんじゃないだろうかとも思った。


 でも、この森に住んでいて持石は魑魅魍魎に襲われないのか、何でこんな危ない所に住んでいるのか。次々と疑問が浮かんできた。



 魑魅魍魎には遭遇しないらしい。家も襲われたことがないとか。





もう、十年は住んでるからね……――居心地がいいんだよ、ここ。静かだし、自給自足で事足りる








 自然は豊かで四季折々の風景を見せてくれる。贅沢なんて、そんな景色の前で無意味だとも言った。




そういえば、魑魅魍魎って妖怪……――ですよね?

妖怪を倒すと、その核が出てくるんですか?

いいや。妖怪とは別物だよ。

魑魅魍魎っていうのは、魔力生命体のことなんだ






 魔力に生命が宿る、付喪神とよく似ているが非なる存在。



 付喪神が物体にその魂を宿すが、魑魅魍魎には何かの物体に宿ることはない。本当に魔力という無形物に魂が宿って生まれたモノ。





 ある魑魅魍魎は、とても狂暴で人を殺す。


 ある魑魅魍魎は、特に攻撃もせず存在する。


 ある魑魅魍魎は、生命体を見つけると逃げ出す。





 魑魅魍魎によって、その力はさまざま。


 燃やしたり、濡らしたり、痺れさせたり、吹き飛ばしたり……――それがそもそも、魔力の『属性』と関連性がある。









 魔力の基本属性は六種ある。



 赤の『火』
 橙の『変化』
 黄色の『雷』
 緑の『風』
 水の『青』
 紫の『召喚』



 それに加えて、上位属性がある。



 水の上位属性には藍の『氷』
 黄色の上位属性には白の『光』
 変化の上位属性には茶色の『土』





 もちろん闇という属性もあるのだが、それは術者の心次第。悪く在れば魂もよどんで濁る。人間は誰しも心に闇を持っているからだ。魔力が黒く濁り、己の人具も黒に染まる。



 そして黒に変色した魔力は基本属性より強力な魔力となって使用できるようになるのだ。



 逆に、正しい行いをしていれば明るい白よりの色になると言われているのが通説だ。生まれたばかりで無垢な子供の時に『光』属性を持っている子供が確認されている。


 しかし、時を重ねるにつれて基本属性の色に戻るのが大半を占めている。





 そんな中で藍の『氷』や変化の『茶色』は暗い色だろうと論議がなされていながら一応例外に位置されている。


 長い時を生きている間に濃い色へ変化した魔術師が数多く存在する。


 戦地を駆け抜ける老治癒師や不老不死と噂される錬金術師などなど、彼等の功績は誉められはすれど蔑まれることはない。




 本当に詳しいことはまだまだ解明なされていないのが実情だ。






魔力生命体である魑魅魍魎も、属性と同じ力を発揮する。

さっき戦ったような魑魅魍魎は『赤』。

火属性だったよね








 ほんの少し、ぶるりと身体が震えた。



 あの時は本当に死ぬと思った。あれは確かに恐ろしい生き物だった。






 ごめん、と持石が謝ってきたのを、賢誠は大丈夫だと首を左右に振りながら、ルビーを思わせるように真っ赤でありながら透けている、まさに命の結晶体を一瞥した。




魑魅魍魎は魔力に生命が宿ったモノ。


魂というが、その大本は魔力だ。





 魔力は濃密に寄り集まれば固形化するという研究結果が明らかになっている。




 それにより魑魅魍魎の身体を覆っているゼリー状の肉体も魔力であることが判明する。『核』ほどに固くなっていない魔力が肉体となって核を覆っているのだ。



 魑魅魍魎はたった一つの生命体としてかなり濃密な魔力を纏っていることになる。





その魔力量は大きさによって様々だけど、魔力の質量的に初級魔法と同等か、あるいは上級魔法ほどの魔力を魑魅魍魎は持っていることになるんだよ。

常時発動中の移動型魔法陣だと思えばしっくりくるかもね。

だから、迂闊に近づいたらダメだよ。

例え温厚だったとしても赤ければ火傷するし、黄色であれば痺れちゃうからね







 だから、あんなに熱かくて口の中に炎も見えたのか……――。



 賢誠は改めて魅惑的な色彩を放っている核を見下ろした。このあまりにも宝石のように綺麗な石が、魔力の塊だなんて信じられない。さすがは魔法と剣の世界だ。



 そして、これが魑魅魍魎の核。その魑魅魍魎は、もはや移動型魔法陣というに相応しい魔力を持っている……――。




あれ?










 賢誠は、そこまで思考して、首を捻った。

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