小暮忍

盗み聞きするようで申し訳ないのですが、お二人の夢はまだ終わってないのではないでしょうか?

夏美

どういう事ですか?

小暮忍

この映画館で活弁リサイタルをするというのはどうでしょう?
一応、一日館長権限がいま自分にはあるので

劇場支配人

おい待て。ウチにはそんな設備も人脈もないぞ?

菅原大吾

機械には強いんでご安心下さい。
請求書はこの臨時館長に直接出しますんで全く問題ないです

劇場支配人

どうしてお前そこまでここに拘る?

小暮忍

ちょっとしたその…デートの口実が欲しいんですよ

織原経華

はあ…

帰りの電車のホームで織原経華は項垂れていた。


おそらくもう二度と浅草に足を踏み入れる事は無いという誓いを心に込めて東武スカイツリーラインに乗った。

ここから眺める景色に目を凝らすと、
いろんな思い出が走馬灯のように一望できた。

橋の袂に建つ白い屋根は森施術院。


赤い吾妻橋には初めて浅草に足を踏み入れた時の新鮮さ。


伝法院通りの一角にある裏路地にはぼんやりと頑固婆さんのお店が見えた気がする。


あの白い総合病院ではきっと巨漢の真山仁が今日も看護士の妻の制止を振り切って頭突きやスクワットをしているのだろう。

そしてあの辺りのラブホ街には危うく風俗デビューさせられかけた忌々しくて、
それでいて小暮忍と初めて出会った記念碑的な場所でもある。

それらはたった2~3か月の出来事。

季節が冬から春に変わるまでの1シーズンに過ぎないのだったが、
彼女にはとっても長く感じた季節だった。

まるで一足早い卒業式のようだった。

経華は疲れ切って半分夢の中でそれらの景色とも思い出ともつかない情景を思い浮かべ、
とうとう眠りに落ちた。

織原経華

ひぃ!!

不意にブラの谷間に入れておいた携帯の消音アラームが震えて目が覚めた。

すると丁度終着駅に着く。


これはこれまでの小暮のアルバイトの往復で両手両足の指じゃ収まり切れないほど電車を乗り過ごした経験から経華が考え付いた大胆かつ確実な手段であった。

しかし今回はアラームだけでなく小暮からのメールも同時に届いていた。

織原経華

やったー!

その内容を読んで経華は胸が躍って、
周りの目も気にせずに叫んだ。

小暮忍


拝啓、織原経華様。メールにて失礼します。

貴殿を明日夕方五時からの第一回浅草名画座活弁リサイタルに特別招待させて頂きます。

スタッフ一同心よりお待ちしております。


決して走って転ばぬように

浅草名画座
臨時館長
小暮忍より

続く

タイムス ライク ディーズ その14

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