声のしたほうを見ると――
ああ! 母ちゃんが男と浮気してる!
子供がいた。
服装からいって未就学児だろうか。
その子供は
木下女史の足元にまとわりついて……
母ちゃん!?
衝撃の事実!
いや、自分が知っている限り
木下女史は未婚だったはずだ。
しかし
子供が嘘を言っているとは思えない。
誰が浮気よ! この人はねぇ、お母さんが昔働いてたとこの、
浮気ー! 浮気ー!
図書館で騒がないのー!!
ババゴンだって騒いでるだろー!
誰がババゴンだ!!
呆気に取られた晴紘の前で
繰り広げられる母子の怒鳴り合い。
声の大きさからすると
確実に血はつながっている。
……あの、すみません。もう少し声を控えめに……
え、あ、ごめんなさい!
怒られてやんのー
あっ! こら!
邪魔してごめんね。それじゃ
気まずそうに
木下女史は身を翻した。
木下さん!
その背を晴紘は呼び止めた。
なに?
……あ
ありがとう。
会えてよかった
会えてよかった。
生きている、きみに。
!
なあに? 改まっちゃって
幸せな未来が、見られてよかった。
こらー!! お母さんの足に勝てると思うなよー!
本当に――。
声と足音が遠ざかっていく。
懐かしい声が。
自慢の足は健在だな
木下女史が生きている。
立派に母親をしている。
それは
決して見ることのできない未来
だったはず……だ、けれど。
……そうか
ここは
自分のいた世界ではない。
無数の平行世界のひとつの
「木下女史が生きている」世界。
灯里がいて、
紫季がいて、
猟奇事件も起きているけれど、
頬を熱いものが伝う。
雫となって手の甲に落ちる。
……ありがとう。
生きていてくれて
ここは、