誰も、おらんな

      屋上のドアの鍵を開け
 
   軽く周囲を確認した藤原教師は呟く

帰るか

 さっさとその場を後にしようとする藤原教師に

先生。もっとちゃんと見て下さい

手分けして見てみよう

うん。私こっち見るから
柊さんは、こっちお願いするね

わ、私も……?

      屋上に上がった彩月たちは

       藤原教師そっちのけで

      屋上に誰か居ないかと探す

お前達、勝手なことは……

      藤原教師は力なく止めるも

    彩月たちはお構いなしに周囲を探す

んっと、誰も居ない、よね

うん。居ないね

柊さん。そっちはどう?

え……う、うん
誰も居な――

  口ごもるように朱音が返していた時だった

あ……

ねぇ。ちょっといま
目が良く見えないから
自信ないんだけど

これ、人の足跡じゃないかな?

 菜桜の言葉に、彩月たちは給水塔の下に集まる

あ、ホントだ。足跡っぽい

   給水塔が屋根の代わりでもしているのか

   他の場所とは堆積物の具合が違うそこには

  ほんの僅かではあるが足跡のような物がある

うん。足跡っぽい
柊さんも、そう思う?

え……うん、そうかも……

ほ、本当にあるのか?

     慌てて近付いてきた藤原教師は

      足跡らしき痕跡を見ていたが

足跡、っぽいと言えば
そうかもしれんが
これだけ薄いと良く分からんの

それに今日ではなくて
随分と前に残った物かもしれんしの

     事なかれ主義を全開にして

   何事も無かったかのように言い出した

って、先生。これ
そんな前の足跡じゃないよ

私も、そう思います

今は居ないけど
やっぱりさっきまで
人が居たんだよ

いや、そうは言ってもな
そんな証拠はないし

そもそも鍵は閉まっとたじゃろ
お前達も、確認したじゃないか

それは、そうですけど……

勘違いじゃ勘違い

   退く事なく言い続ける彩月たちに

柊、お前もそう思うじゃろ

    藤原教師は組し易いと思ったのか

    黙ったままの朱音に同意を求める

……その――

    迷いを見せていた朱音だったが

   やがて意を決したかのように返した

今は、誰も居ないですけど
ちゃんと人が居るのを私は見ました

私も、山田さん達も
嘘はついていません

…………

   思ってもいなかった朱音の言葉に

    藤原教師は黙ってしまったが

見間違いじゃよ
鍵は掛かっておったんじゃ
なら今、ここには誰かが居る筈だ

本当に、さっきまで
ここに人が居たならの

  強引に結論づけ収めようとする藤原教師に

  彩月たちは、なおも言い返そうとしたのだが

これで終わりじゃよ
それよりもさっさと帰りなさい

 強制的に彩月たちを屋上から追い出すのだった







という事があったのよ
謎だと思わない?
ゴロー兄

謎って、何が?

    話を聞きながら分厚いカツサンド

      七つ分をぺろりと平らげ

   食後のコーヒーを楽しんでいる五郎に

だってだって、謎じゃない
鍵が掛かってて誰も入れない
屋上に誰かが居たのよ

しかも私達が行った時には
もう居なくなってたし
こういうのって密室って言うんでしょ?

屋上だから、密室じゃないけどね

も~、すぐ上げ足とるんだから

あ、ひょっとして、どうやって
屋上に出入りしたか分からないから
ごまかしてるんでしょ、ゴロー兄

別に、そんなの
取る必要はないですよ

屋上に出入りした方法は
大体予想できますから

ホントに? ねっねっ、教えて

      期待一杯に聞き返す彩月に

      五郎は笑みを浮かべながら

そんなの合い鍵使って出入り
したに決まってるじゃないか

      身もふたもない答えを返した

ロマンが無いよ~

現実は即物的な物なのですよ

う~、でもでも、合い鍵って
どうやって作るの?

校舎の鍵って
無くなったらすぐに分かる
ようにしてあるじゃない

鍵を勝手に持ち出すのって
気付かれずにするの不可能だよね

不可能だろうね

だったら、合い鍵を作るの
無理じゃない

それでも合い鍵ですよ
それが一番破綻が無い

も~、全然、謎解きに
なってないじゃない

謎解きなんてするつもりは
ありませんよ

そんな物よりも
事実が分かれば良い

彩月の友達が屋上で
誰かの姿を見つけて
その誰かのために頑張った

その事実さえ分かれば
残りの謎なんてどうでも
良いことですよ

良く頑張りました
えらいですよ

ん……そこは信じてくれてるんだ

信じる以前に疑っていませんよ
彩月の友達なんだから好い子に
決まってるんですから

私が信じているとしたら
彩月は友達を見る目がある
ということぐらいですよ

…………

へへ~、なんだかくすぐったい気分
ありがと、ゴロー兄

お気に召して頂けたなら何より

ああ、そうそう――

  五郎は何も違和感を感じさせない自然な声で

        彩月に一つ尋ねた

さっきの話に出てきた
同じクラスの柊さん
屋上から帰って来てから
何か話でもしたかい?

   すると彩月は嬉しそうな表情で返した

うん。あのね、あのあと
一緒にみんなとマックに寄ったの

あかねちゃん、初めて話したけど
好い子なんだよ

こっちの話、ちゃんと聞いてくれて
いっぱい、お喋りしちゃった

また、一緒にお喋りしたいって
思える子なんだよ

……そう。だったら
また、話し掛ければ
良いんじゃない?

ん~、出来ればそうしたいけど
話し掛ける話題が無いというか
話し掛ける機会が無いというか

だったら、クラブに
誘ったらどうかな?

彩月は、まだクラブ
入ってないでしょ?
確か、柊さんもまだの筈だよ

うちの学校は、新しい
クラブの認可も簡単だし
もし今あるクラブで
気に入るのが無いなら
新しく作っちゃえば良いからね

クラブかぁ。なおっちも
りっちゃんも、まだだし
誘ってみようかな……

って、なんだかずいぶんと
ゴロー兄、積極的だけど
なにかあったの?

バレたか。昨日の職員会議で
クラブ未加入の子に入るよう
勧めなさいって話が出たんだよ

授業が終わった後に
生徒同士で関わるのも
いい勉強になるだろうってね

うちの学校は、別にクラブで
なにか成果を出せって
主義じゃないし

仲の良い子と放課後
一緒にワイワイガヤガヤ
するのを目的にしたって良いのさ

もちろん、これから
仲良くなりたい子を
誘うってのも良いことだよ

そう、かな……うん
それもいいかも

ん~、でもちょっと
いざ誘うとなると恥ずかしいかも

だったら、先に私の方から
柊さんに一言言っておいて
あげるよ

誘う切っ掛けぐらいには
なるかもしれないよ

もっとも、その先は
彩月が頑張るんだよ

ぁ……――

うん! がんばる!
友達になりたいもん!

その意気だよ。がんばりなさい
私も先生として頑張るから

    五郎は優し声を掛けながら同時に

教師として、頑張らないとな
その為にも――

柊さんとは、話す必要があるな

      五郎は静かに決意していた

        それから数日後

      五郎は、今回の事件の犯人と

        屋上で話していた

高校教師・山田五郎の小事件録・その④

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