周囲の気配が消える。

先ほどまでの法廷とは一変し、四方が壁の狭い空間にソルは居た。

扉らしきものは見当たらない。

天井も、床も、壁も黒一色の不気味な密室空間だった。

そこに在るのは、ソルと一冊の日記帳。

さっきまで開いていたページが、そのまま開かれた状態で放置されている。




その本から、突然声が聞こえた。

コレット

さて、ソルくん。あちら側にいるエルカと話しなさい

その声が妖艶な少女コレットであることに気付くと表情が強張る。

ソル

あちら側って?

コレット

あちら側は、あちら側よ

ソル

え?

コレット

……

ソル

余計なことは気にするなってことか

コレット

その通り

ソル

じゃあ、ここは何なんだよ。周りが壁ばかりで圧迫されている気分だ

コレット

言ったでしょ、ここは【本の檻】だって。法廷もここも同じ【檻】の中なのよ

ソル

……檻か、咎人には相応しい場所だな

コレット

檻から出る条件は「プリン王子の物語」を完結させること

ソル

プリン王子の物語って………っ

ソル

あいつが描いた絵本

コレット

あら? 覚えているのね

ソル

まさか、あの王子が主人公の本って……プリン王子の話だったのか

コレット

その通りよ

それは幼い頃にエルカが描いていた絵本だった。

ソル

完結させるって、どういうことなんだ?

コレット

そこは、エルカと話せばわかるわ

ソル

………

コレット

あちら側には小さな呼び鈴があるわ

ソル

何の為に?

コレット

何の為に使うかは、自分で考えなさい

ソル

………

コレット

さぁ、本を捲りなさい。検討を祈るわ

そこでコレットの声は消えた。
言われるがままに、静かにページを捲る。

ソル

………っ


 その向こうから、懐かしい声が聞こえた。

どうやら、エルカは開いた本の中に取り込まれたそうだ。

その物語を完結に導かなければ外に出ることはできない。

エルカの言う “プリン王子の物語”

これをソルは知っている。



完結に導けるのだろうか。

エルカは結末まで描いていなかったはずだ。




いや、描いていた。

描いて、その後に黒いインクで塗りつぶしていた。





黒いインクでベッタリと潰された本を見て爺さんは肩をすくめていた。

これは?

絵本を描いていたそうだが……

どうして、こんなことを?

納得できなかったのだろう

納得、できなかった……

あの日、何があったんだ?

………

“あの日”がどの日を指しているのか、すぐに分った。


この爺さんには全てが御見通しなのかもしれない。

あの子は現実に会った出来事をもとにして、この絵本を描いていたはずだ。
これは、あの日までのことしか描いてない……お前と一緒にお菓子作りをした話までだ

………

その先は塗り潰されていて読めない

………

お前たち……最近は仲良くなったかと思ったのだが……どういうわけか、互いを避けているように見える

………

何があったのかは追及しない。
話してくれるまで、待っていてやるよ。話せなくても、その日記にお前の本音をぶつけなさい

手元にある日記をギュっ両手で掴んだ。


エルカと違い、滅多に書いていない日記帳。
これに、エルカは物語を描いていた。

空想を好む彼女らしい使い方だった。

あちら側にいるエルカが知りたい結末、

彼女自身が納得できなかった……インクで塗りつぶした結末のことだろうか。


消された結末に、導いて本当に良いのだろうか。



あの日で止まった日記、


あの日に起きた塗りつぶされた出来事、





そこに、“あの男”の影が見えてゾッとした。

ぼんやりと、自分の日記を読み返す。

あの日の出来事と、誰にも言えなかった気持ちは、日記の中に記されていた。

ソル

この日記の思い出を伝えれば、あいつなら結末に辿り着くだろう……俺とあいつが一緒に経験した思い出だ。
これを……伝えても良いのだろうか

こういう時にこそコレットの助言が欲しかった。

だけど、彼女はここにはいない。

ソル

伝えよう……あいつが知りたいって言っているんだ……今度は、嘘をつかないように……お前が描いた物語を教えてやろう

ソル

だけど、結末へは自分で辿り着いてくれ…………できれば……できることなら幸せな結末に辿り着くことを願っているよ

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