目を閉じて、息を整える。

本棚の本がガタガタと音を立てる。

自分の身体が震えていた。

ソル

俺はプリンが好きだった。義兄が旅行するってときも、たくさん作り置きしてくれたのに、それもすぐに食べてしまった

コレット

どんだけ好きなのよ

ソル

プリンがないのに、作ってくれる義兄はいない。困った俺は自分で作ろうとして、義妹に止められた

コレット

どうして?

ソル

掃除用具のバケツで作ろうとしたからだ

コレット

それはないわね

ソル

ああ、代用品としてあいつが大きめの鍋を用意してくれて、そして一緒に作ったんだ

コレット

美味しかった?

ソル

ああ、美味しかったし……楽しかった

目の前の少女が優しく微笑んだ。

コレット

その日……何が起きたの?

ソル

あの男が来たんだよ……………俺の父親が

突然、乱暴に扉が開かれた。

大きな足音を立てて現れた男。
その姿に思考が停止していた。

お前だけか? 金はないか?

男の視線が刺してくる。

何で、こいつがここにいるのだろう。

理解出来なかった。


父親は最低の男だった。



お金の為ならば何でもやる。人身売買に人攫い、人体実験……その手は穢れていた。


男が「お前だけか」と言った言葉に引っかかりを感じて横目で義妹を見る。


さっきまでいたそこに彼女の姿はなかった。
いつの間に隅っこに縮こまって耳を抑えている。



咄嗟に隠れたのだろう。



ソルは身体が硬直して動かない。
幼い頃に植え付けられた恐怖が再発する。

この男に暴力を振るわれた日々が思い出される。

く…………

金を出せ

あ、あるわけないだろ

ちっ

わ、わかったら、出ていけよ。く………来るなら母さんが居る時にしろって

反射的に椅子を投げつける。

……っ

あまり近づかれたくなかった。
 
隠れている義妹が見つかったら、何をされるか分からない。

突然のことに対応できなかったのだろう。

男の身体は壁に叩きつけられて、血を流す。

あぶねぇな……随分、反抗的になったんじゃないか?

だ、黙れよ

……ロクなものがない家だな

早く出ていけよ

まぁ……今日は帰ってやるよ

……

乱暴に扉が閉まる。


コツコツという足音が完全に聞こえなくなるまで動けなかった。





もう、あの男はいないというのに……



まだ体の震えが治まらなかった。




周囲をグルリと見渡す。



まるで何か動物が暴れた後のような惨状。






これは爺さんや義兄が帰宅したら説教されるだろう。

…………

 近付いた気配に振り返る。

あ……今のは……

大きな音がしたから、慌てて隠れたの。耳も塞いで目も閉じていたから……よく見ていなかったけど、誰かが来たの?

見てないのか?

……え?

覚えていないのなら、覚えていない方が良い

……どういうこと?

それでも知りたいのか? 知りたいんだな。これは、俺がやったんだ

それは違うよ。動物か、何かが暴れて……

見ていないのに、どうしてそう言えるんだよ

俺がやったんだ。 頼むから、そうだと言ってくれ!!

 強く言うと義妹は目を細める。

………ソルがやったの?

そうだよ

じゃあ…………何で、泣いているの?

泣いているのか。


自分が泣いていることに、ようやく気付いた。

……暴れたら、手が痛くなっただけだ。これは俺がやったんだよ

……ソルがやったんだ……わかった

そうだ。だから、また俺が暴れるかもしれないから……俺に気をつけろ

……わかったよ。
私、ソルのことは気を付ける

ああ、それでいい

その言葉通りに、暴れる日々が続いた。




ソルはすぐに暴れて、迷惑をかける、

危ない男なのだと、彼女に印象付ける為に。

コレット

あの子は貴方を意図的に避けていた。それは貴方が仕向けたことだったのね

ソル

いや、あいつは元々俺を怖がっていた

コレット

せっかく兄妹として近づけたのに、何でまた離そうとしたの?

ソル

……俺と一緒にいてあの男に目をつけられるのが怖かった。あの男の存在なんて、知らない方が絶対に良いから

周囲が暗くなる。照明が消えたらしい。
だけどソルは焦らない。

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