第7章

本の檻

ようこそ、本の檻に

それは聞き覚えのある声だったと思う。

だけど、初めて聞く声のようにも思える。


薄らとした空間に現れる幼女は、
見た目に反した妖艶で不気味で、それでいて親し気な笑みを浮かべた。



幼女に見えるが、幼女ではない。

 魔女だ。

 咄嗟に、その言葉が浮かんだ。

ソル

本の檻?

聞き慣れない言葉に首を傾ける。
そして、周囲を見渡して理解した。



それは確かに 檻 だった。

は・じ・め・ま・し・て

コレット

私の名前はコレットよ。よろしくね

 
法廷の証言台のような場所に立っていた。



まるで裁判を受けている気分になる。



自分を取り囲むように並ぶ本棚は傍聴席のようだ。

人間はそこにいないのに、視線が一点に、自分に向けられている。そんな気がする。






証言台の上には一冊の本があった。


 


違う、


それは日記帳だった。

その表紙には見覚えがあった。

ソル

俺の……日記

何を書けとは言わない、書きたいものを書けばいい

エルカの祖父が押し付けたそれをソルは素直に受け取っていた。



ソルは大人が嫌いだった。

だけど、彼だけは嫌いにはなれなかった。


笑いながら頭をくしゃくしゃに撫でてくれたあの手の感触は、何よりも心地が良かった気がする。

ソル

……

静かにページをめくる。
 









めくるごとに昔の光景が蘇る。

嫌なことが、

哀しいことが、




流れ込んできて息が苦しくなる。

呼吸が出来ない。

目を閉じたソルの視界には幼女の姿をした魔女がいた。



裁判官の席に魔女が立っている。


感情のない瞳がジッとソルを見ていた。

そうだ、ここは法廷。


自分は咎人として、証言台に立って、ここで判決を待っている。




彼女はふいに穏やかな表情を浮かべて問いかける。

コレット

あなたは、どうしてこの家に来たの?

ソル

俺の家は母子家庭だ。
十歳になったときに突然母親は再婚した。そして、俺はこの家に来たんだ

父親がいつから父親じゃなくなったのかは、覚えていない。

気づけばあの男は父親ではなかった。


「離婚したから」

簡単にただその一言だけを告げられただけ。

それなのに頻繁に家の中にいた不気味な男だった。



彼らの間には男女の愛情関係はなかったが、仲間としての信頼関係はあるらしい。

そんな生活が、この先も続くと思った矢先。


突然、

「再婚するから」

と母親が言い出した。




わけもわからないまま、新しい父親とやらの住む屋敷に連れて来られた。


新しい父親だという男の顔はよくわからない。顔なんてどうでもよかった。


その男には子どもが二人いた。

ソル

母親は新しい恋人と愛を育んでいて、幸せそうだった。俺たちは状況を理解できずに、子供だけで放置される日々だった

コレット

好き合って、結婚して家族になる本人たちとは違う。
受け入れられる子供もいるかもしれない、受け入れられないままの子供たちだっているわよね。

ソル

母親は新しい恋人と愛を育んでいて、幸せそうだった。
見たことのない笑顔を浮かべていた。

コレット

新しい兄妹はあなたにとって、どういう存在だったのかしら?

ソル

二人は兄妹になろうと努力してくれた。義兄は毎日のように俺の大好物のプリンを作ってくれたよ。義兄は料理が上手くてさ。俺の母さんよりもずっと上手だった

あの家に来てから、ワケが分からずに怒っていた。

自分の怒りの理由がわからない、

わからないことが気に入らなくて、


周囲にその怒りを巻き散らす。







宥めてくれる親もいない、

叱ってくれる親もいない。

ほら、食べなよ

そう言って義兄はプリンを出す。

甘い匂いと、プルンとした魅惑的な輝きに一瞬手を伸ばそうとしたが、

ここで受け取ったら負けのような気がして目を反らした。

いらない

……おいしいよ

義兄に代わって、義妹が差し出してくる。

今にも泣きそうな顔で差し出されたら、

流石に手を払えず、仕方なく……本当に仕方なく受け取って、ひと口含む。

………おいしい

でしょ♪

ま、オレが作ったんだからな

もっと、あるよ

たくさん、作ったからな

ほんと? もっと食べたい♪

あれを食べると怒りが何処かにいってしまうのだ。
 
だから、プリンを食べているときぐらいは怒らないようにしよう。

そんな幸せな光景もあった。

コレット

プリンを食べると……って単純な子だったのね

ソル

ううっ それは言わないでくれ

コレット

そんなに美味しいプリンだったのね

ソル

あいつは完璧すぎるんだよ。オレを喜ばせる為に、より美味しいものを作ろうとしてくれた。

同じ歳とは思えないほど義兄はしっかりしていた。
仕草も言動も大人びていて……

正直、怖いと思った。

同じ人間なのかと、疑ってしまうほどに。

同じ歳なのに、
何年も生きているような子供だった。

家事もこなして、
こんな突然現れた義弟にも笑顔で接してくれる。

 それなのに………

俺は無愛想で外でも家の中でも暴力ばかり振るう問題児で、

情けないって思いながら、少しも成長できなくて、迷惑かけて……本当に情けない。

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