少し冷静になりなさいな

見知らぬ穏やかな声が、フワリと現れた。

ナイト

……コレットさん

ナイトにそう呼ばれた女性が柔らかな笑みを浮かべる。

淡い青い髪の幻想的な女性は静かにそこに立っていた。

ナイトが掴んだ手を緩めた。ふと、ソルが見上げると彼は困ったような表情を女性に向けている。

コレット

ナイトくん、お久しぶりね

コレットと名乗った女性は音も立てずに近寄ってくる。

ナイト

どうやって、ここに? 誰も入れないようにと頼んだはずですが

ナイトの口調は明らかに不機嫌だった。

彼にとって、彼女はあまり関わりたくない相手なのだろう。そんなナイトを茶化すように、コレットはクスクスと笑う。

コレット

私は魔女よ。それぐらい簡単だわ

ナイト

……そういうことして、捕まっても知りませんよ

ソル

え………魔女?

コレットの妖艶な笑みにソルは息を飲みこむ。

自らを魔女と名乗る人物を見たのは初めてだった。

彼女の美貌に飲み込まれそうになって、空いた口がそのまま放置される。

コレット

ええ、魔女よ。目が合った貴方の魂はいただくわ

ソル

え?

背中に冷たい汗がスッと流れる。無意識に顔が真っ青になった。

ナイト

コレットさん、ソルで遊ばないでください

コレット

そうね

ナイト

ソルも心配するな。そんなことで魂は抜かれないよ

ソル

そ、そうか……

コレット

クスクス………ソルくんは可愛いわね

ソル

え?

ナイト

だから、遊ばないでください。コレットさん、何をしに来たのですか? あまり目立たれると迷惑です

コレット

魔法使いのトラブルは魔法使いが仲介するのが決まりなのよ

ナイト

そうですね

コレット

ナイトくんは、あの子の側にいてあげなさい。

ナイト

………コレットさんは

コレット

私はソルくんと話がしたいのよ。ほら、行ってあげなさい

ナイト

ソルと話って何を考えているのですか?

コレット

いいから…………ほら……

ナイト

………わかりましたよ。言っておきますが、ソルに何かあったら許さないですよ

促されたナイトがエルカのところに向かった。
それを確認して、コレットはソルを振り返る。

コレット

ソルくんはこっちよ。さ、手を掴んで

言われるがまま、差し出された手を掴む。

彼女の手は冷たかった。

ゾクッとしたものが背中を這い巡る。

ソル

え……何を

何かが身体の中に入り込んでいるような、何かが身体の中から出ていくような、不気味な感覚に陥る。

コレット

………エルカのところに連れて行ってあげるわ。今のあの子は、自分の殻に引き篭もっているのよ。

ソル

………っ

コレット

最後に傍にいた貴方なら彼女の心に辿り着ける

彼女に捕まれた手が熱くなると、生暖かい何かが全身を駆け巡るのを感じていた。

ソル

こういうのは、俺より

コレット

ナイトくんの出番は後で良い。彼はあの子には甘いのよ。あの子が死を望めば、喜んで彼女を死なせて自分も死を選ぶでしょうね

ソル

…………

コレット

ここはソルくんにお願いしたい

意識がボンヤリとする。

立っているのか、仰向けになっているのか、座っているのか、自分の状況が全く把握できない。

一体、今はいつなのだろう。

一体、俺は何をしようとしているのだろうか。

何も、わからない。

ふいに身体が持ち上がり、そして、どこかに落ちていく。


落ちていくのは意識だけのような気もする。

ただ、落ちているのだと。

その感覚だけを感じていた。

ドスンっとした音が耳に響いた。

ソル

…………っっ



打ち付けられた腰に激痛が走って思わず目を閉じる。

それだけではなく、吹き上がった砂埃で息苦して激しく咳き込んでいた。

ソル

ゲホゲホ


そこは暖炉だった。

見覚えのない暖炉だ。

そして、目の前には驚いた様子のエルカがいた。

エルカ

……っ

ソル

……っ

扉を開いて、中に入る。

そして………

 エルカが本を開くのと、同時だった。

エルカ

……っ

ソル

……

ソルの足元に黒い渦が現れる。

 ソルだけが、その渦の中に飲み込まれていった。

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