時計塔。

骨に響く重低音が溢れかえる中に
晴紘はいた。



足を踏み入れることを
禁じられている場所だが

一度紫季に連れられて入ったことが
あるからだろうか。

罪悪感はあまり感じない。



……






晴紘は歯車を見上げる。




前にここに来たのが
何年も前のような気がする。

だが、実際には
数日も経っていない。






数日も経っていないのに……
世界は丸ごと変わっている。



歯車がひとつ違えば、時計だって止まってしまうものなのにな






なのに、

運命の歯車は違ったままでも
進んで行ってしまう。



















知りたいのでしょう?

























彼女が何処の誰かなど知らない。

撫子かとも思ったが
彼女の言動は自動人形のものではない。


出会ったのはまさにこの時計塔だが
ここは人が住めるような場所ではない。






それは
わかっているけれど。

























……いるんだろう!?

晴紘は声を上げた。

自分と彼女をつなぐ場所はここしかない。
ここに来れば会える気がする。


そんな不確かなことだけで
ここにいること自体
馬鹿げているとも思う。











無駄手間の中から真実を見つけるものでしょ?












根拠など、なにもない。


無駄手間でしかなくても

俺にできるのは、これだけなんだ

いるんだろう!?





その思いを掻き消すように
歯車から

火花が散る。




いるんだろう!?

晴紘は
なおも声を張り上げる。



呼ぶ相手が
ここにいるという根拠など
何処にもないのに。





それでも――





















































また戻りたいの?




声のしたほうを振り返ると、
歯車の下に彼女がいた。

闇を溶かしたような漆黒の髪と、
灯里と同じ紫がかった瞳。



以前と同じ
紫紺の振袖姿の彼女が。










戻れるのか?

あなたが望むなら


何処に戻れるのか、それすら言わずに
晴紘は問う。


問い直すこともなく
彼女は答える。











望んだ。けれど



呼んでおいて何だが
彼女が現れたのを当然と思う自分と
不自然だと思う自分がいる。

戻れなかったじゃないか

それはあなたが望んでいないから

……俺は

あなたが望んだのは、十一月六日に戻ること。同僚を殺害した相手の手がかりを掴むこと

それ以上、何をお望みで?

晴紘の声を遮るように
彼女は言葉を紡ぐ。



それは
過去に戻りたいと願った時の
晴紘の動機。

それがわかれば
全て上手くいくと思った


……単純な、動機。







それを知っていると言うことは
彼女は、自分を過去に送った
「あの彼女」なのだろうか。

元の世界に戻れなければ意味はない



くすり、と彼女は笑い声を立てると
晴紘の手を掴んだ。





彼女の目が

晴紘を見据える。


異なことを。戻りたいと望んだのは、いつでもあなただったでしょう?

違う過去が見たいわけじゃない。自分好みの過去を選んで人生をやり直したいわけでもない。

……真実が知りたい。それだけなんだ












【伍ノ弐】時計塔の彼女・弐

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