森園灯里が事件の犯人だという過去は、真実ではない、と?

……そう、信じたい

何を根拠に。
証拠は揃っているでしょう? あなたの目という証拠が


彼女の背後で
従うように
歯車がゆっくりと回る。


火花が散る。


答えをひとつ間違えば
あの歯車に挟まれて処刑されてしまう。


そんな途方もない想像が
頭の中に浮かぶ。

俺は木下さんが殺されるところは見ていない

聞いたのは悲鳴だけだ

そして











木下さんが殺されたと思っていた世界で、彼女は生きていた

……俺の目が証拠だ

でもあなたは、犯人の顔を見たのでしょう?

……顔は見た。
でもあいつが木下さんを殺すところは見ていない



























最初に戻った時に見たのは
シルクハットの男が木下女史を
殺そうとしているところだった。

その時は
顔は見えなかった。




俺はそれを止めて、




いつの間にか家に戻っていて、







あかり、様?



灯里が、いなくて――











戻りたいのでしょう?


時計塔で出会った彼女に
紫季と同じことを言われて









再び
十一月六日に戻って



















……でも。

























「灯里が殺すところ」は見ていないんだ


「見ていない」

それが証拠になるのだろうか。
見ていないところで
犯行は行われていたのかもしれない。





しかし
木下女史が生きている以上、

この世界と
自分がいた「あの世界」は違う。



真実の中に

真実ではないものが
混ざっている。


最初の世界に戻してくれ




歯車はどこで違ってしまった?

俺の生きる世界は
木下女史が亡くなった世界。

見るのなら
その世界の過去。



その世界で灯里が罪を犯したのなら
俺は命に代えても
彼を捕らえなければいけない。







でももし
この世界が

「誰か」の思惑で歪められた世界なら

戻してくれ。
もしこの世界の未来が、あんたが救いたい誰かを救う世界なんだとしても、

それは俺の世界とは違う

俺は、俺の世界で木下さんを救えなかった

ここで彼女が生きていてくれたのは嬉しいけれど、俺の中の贖罪は消えない

あんたの言う誰かも、この世界でなら救えるのかもしれない

でもそれは嘘だ。
いや……嘘というのは語弊があるな

此処は別の世界であって俺の世界じゃない。
此処で誰を救ったところで、俺たちの世界の「誰か」は救えたことにはならない

あんたには悪いけど、あんたが救ってほしい「誰か」ってのが俺の世界の奴じゃないなら救えないだろう。
嘘は言えない。すまない

……


彼女は手を差し伸べた。
あの時と同じ白い手を。

納得したのかどうかは知らない。
この先が元の世界かどうかも知らない。

でも




この手を取れば、なにかが変わる。

































晴紘は彼女を見た。

その前に。あんた、誰だ


人形の撫子が
ここまで喋るはずがない。






最初に取った紫季の手は、
本当に紫季のものだったのか。

何故紫季が持っていた鍵を
彼女が持っていたのか。


何故、
過去に行くことができるのか。







目の前の彼女の正体を知ったところで
何もわからないだろう。

しかし問わずにはいられなかった。


私?

彼女は首を傾げる。

簪の銀のビラ下がりが
しゃらりと鳴る。

それを知って何になるの?

もしかすると、きみの身も危険になるかもしれない






忘れてはいない。

良い足が手に入ったからね――

彼女は、

「頭」に成り得るかもしれない。






私を案じて下さるの?

……お優しいこと


彼女の目が揺れた。









【伍ノ弐】時計塔の彼女・参

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