――ずっと。
闇を歩いてきたのは。
自分だけだと、想っていたのに。
――ずっと。
闇を歩いてきたのは。
自分だけだと、想っていたのに。
……!
……!?
眼の前の光景に、声を失う。
手に持っていたカンテラを、想わず落としそうになるほどに。
『セリン、手、手ぇ!』
……!
呼びかけられた声にはっとして、手に力を込める。
しっかりと、手元のカンテラを握りなおして、落とすのを防ぎ。
小さく息を吐くと、心の内に反射する、皮肉気な声。
『おいおい~、勘弁してくれよぉセリン。落ちると痛いんだぜ~』
その軽く響く声に呆れ、言い返そうとも考える。
けれど驚きに気を取られ、彼の身体を落としそうになったのは自分だ。
否があるから、強く出れない気持ちが、言葉を止める。
しかし、と想いもする。
――眼の前の光景は、それだけ予想外のことだった。
……?
近づく前は、いつも通りの光だと、そう想っていたのに。
『落ち着けよぉ。本当になにかあったら、困るだろぉ?』
その声に、確かに、身の危険を感じていても仕方ないと想い直す。
緊張はしすぎれば、逆に鈍くもなる。
自分の身体を持つ手から、力を抜いていけば。
『……まぁ、驚いちまう理由も、わかるがなぁ?』
心の中に、響く声。
それは、手元のカンテラから聞こえているものだ。
私は、グリと呼んでいる。
彼の声は、私以外には聞こえない。なのに、私から伝える方法は、口からの言葉しかない。少し不便だけれど、もう諦めている。
いつから一緒なのか、どれくらい共にいるのか、私はもう覚えていない。
それは、グリも一緒だろう。
そんなグリに悪いと想いながら、言葉での受け答えはしなかった。
緊張はしないが、油断していいわけではない。
……♪
眼の前の相手が何者なのか、どういった存在なのか。私達にとって害があるのか。
なにもかも、わからないからだ。
だから、様子をうかがうために、グリとの会話で気を紛らわせるわけにもいかない。
(とはいえ……逃げることも、出来なさそうね)
周囲一面を覆う闇にまぎれ、姿を隠すことも、考える。
だけれど、すでにお互いが持つ光の照らす範囲まで、近づいてしまってる。
――そう。
眼の前の相手は、私の手にあるグリと同じように、光を持っている。
だから、闇をうろつくナニカのように、無視できそうな相手でもない。
見た目通りを疑うくらいには、私も、この闇に身を浸しすぎている。
(さて……どう、出るべきかしら)
相手もまた、愛くるしいとでも言うべきか、表情を変えながらこちらを見ていた。
丸く大きな瞳に、小さな唇。
シワや汚れのないその顔は、戸惑ったような嬉しいような、忙しない動きを見せている。
そのまま見れば、小動物のように変化する、可愛い顔だと想うのだろう。
服装は、長いヴェールと、全身を覆うようなワンピース。
身体の露出が少なく、その中になにかを隠していても、不思議ではないほど。
(そして……アレが、おそらく)
彼女の右手には、かぼそい光がある。
棒状の先には、淡く光りながら揺らがない、闇を払う光の塊が。
『マッチみてぇだなぁ』
ぼそり、とグリが呟く。
マッチ……?
小声で問い返す。聞き慣れない単語。
かつての世界のことは、私よりもグリの方が、たくさん知っている。
『あの棒の先っちょに刺激を与え、発火させるのさぁ。すると火がついて、種火になったり、ちょっとの灯りになったりするってシロモノ』
……でも、見た目通りじゃないでしょう
ぼそりと独り言のように言った私の言葉に、グリは笑いながら相づちを打つ。
『ご名答ぅ……ありゃあ、俺とおんなじだよ』
ぐっと、今度はカンテラを握りしめる。
認めたくはないけれど、グリに頼るような心地になったのは、否定できない。
そう――私は、恐れている。
眼の前の相手が、私と同じような姿をして、光を持ち。
この果てのない闇の中から、現れたことに。
……
ナニカの変質か、罠か、闇のイタズラか。
いろいろなことを考えながら、眼の前の相手を見据える。
……?
人型。
眼の前の相手は、かつて、人と呼ばれた存在とよく似ている。
私も同じ、人の姿。
相手もこちらを見つめ、動くことをしない。私と同じように。
様子を見ているのか、こちらの動きを待っているのか、なにかを計っているのか。
全身を隠すような衣服に、頭部を覆う帽子。
それらは、色や作りはまるで違うけれど、私が着ているはずの衣装とどこか似ていた。
かつてどこかで見たことがある、自分の姿に、よく似ていた。
ただ、私と相手は、持ち物や服装の雰囲気は似ているけれど、細かい部分は違っている。
だから、なのか。それとも、なにか考えがあるのか。
お互いに、距離感をはかりかねているようにも見える。
そして、一番に気になる部分が――手元の、光。
かぼそい棒の先端に灯された、周囲を照らす、淡い光。
――この闇を照らす、光の力。
私の手にある、カンテラ――グリと同じ存在。
奇妙な共通項の多さに、私の中で、不思議な親近感が目覚めるのを否定できない。
近づきたい。けれど、と、恐怖心も同じくらいにわき上がる。
(……そう。見た目だけなら、わからない)
言い聞かせるように、抑え込む。
この闇の世界、見えた光は――見た目通りであったことなど、ないのだから。
ただ、今後忘れることはないと、感じてもいた。この時を、この相手を。
初めてのこと、だったから。
いつ始まったかわからない、この闇を進む中で。
自分と似た存在に、出会ったことが。
――彼女は、理解しているのだろうか。
私自身が、私という存在がなんなのかを、理解していないのを。
――彼女なら、答えを、持ち合わせているのだろうか。