シュバルツたちを見送って、空を見上げる。

 茜色の空が果てしなく広がっていた。


















 


 これから、どうしよう……
 



 静かに考える。






 しばらく、考えて

 そして、工房の掃除をするクリスの背中に声をかける。

デューク

クリス……この街を出ようかと思うのだが

クリス

良いんじゃないか? ここは長居しすぎたからな


 夕焼けの光を浴びたクリスが柔らかな笑みを浮かべる。

デューク

少し、休みたいんだ

クリス

……今のデュークをミランダが見たら。頑張りすぎだから、休みなさいよって言うと思う。だから、お前は少し休んだ方が良い。絶対良い

デューク

……そうだな


 クリスは何があったかを一切聞いて来なかった。
 言わなくても、分かってしまうのだろうか。
 クリスからミランダの名前を聞いたのは久しぶりだ。

クリス

出て行くってことは片付けないとだな

デューク

そうだな……


 グルリと見回す、狭い部屋だが物がずいぶん増えた気がする。

クリス

………ナイフ、研いでやろうか?

デューク

それぐらい自分でやるさ


 オレは懐からナイフを取り出す。

クリス

そのナイフがラシェルちゃんのところに導いてくれたのか?

デューク

まぁな

クリス

先代幻獣王様の御守り……幻獣王様もお前のこと見守ってくれていたんだな

デューク

……ああ


 夕日にナイフをかざす。
 オレンジ色の光の向こうに、穏やかに笑う祖父と、老魔法使いの姿が見えた……ような気がした。静かに、時間が過ぎていく。

クリス

……あ、良いこと考えた


 しばらくの静寂の後、クリスが屈託のない笑顔を見せて、これからのことについて話し始めた。

ラシェル

でんしゃ~!!

デューク

はしゃぐな

 興奮して車窓に貼りついたラシェルを剥がす。

 ラシェルは自分が人間の姿に化けていることを忘れているのだろうか。



 本来の姿は猫。



 今日はアークに魔法をかけてもらって人間の姿をしている。

 人間の子供でも窓に顔と手を押し付けて外を見るものは珍しいだろう。見世物になるつもりはないので、引き戻して隣の座席に座らせる。

 一人分の運賃を支払ったのだから、座席に座って貰わないと困る。

ラシェル

クリスも良い奴だね

デューク

そうだな

 工房の片づけをクリスに任せて、オレとラシェルは一足先に旅立つこととなった。

 向かう先は精霊の森。

 人間と関わるのは少し疲れた。

 静かな場所に行きたい。

 クリスと相談した結果そこに決まったのだ。

ラシェル

どうせなら、クリスは来なくていいのに

デューク

そう言うなよ。もう少し、仲良くしてくれると有難いのだが

ラシェル

そればかりは、デュークのお願いでも聞けないよ

デューク

残念だ。それで、ラシェル。良かったのか

ラシェル

ん?

デューク

アークやノアの近くにいれば、いつでも魔法で人間の姿になれるのに。その姿、気に入っていたのだろ?

ラシェル

私ね、デュークの膝の上が好きなの

デューク

おい


 ドスンと膝の上に座ってくる。

ラシェル

ここに座れるのは、私だけの特権なの

ミランダ

“デュークの背中は、私だけの特等席なのよ”

 ふと、ミランダの言葉が思い出された。

 目を閉ざすと、見える。

 彼女がオレの背中に寄りかかってくる。

 あの時の重みと同じ重みが背中に感じた。

 ずっと、背中に感じた重み。

 あれは、罪の重さなんかじゃなかった。

デューク

(ミランダは、ずっとオレの側にいたんだな)

ミランダ

“そうだよ、デューク。私はここにいるから”


 彼女の声が頭の中に響く。

デューク

(ずっと罪の重みかと思っていたよ)

ミランダ

“私も一緒に背負っているよって言いたくてここに居たのに……勘違いして困った子ね”

デューク

(忘れていた。オレにとってこの重みは心地の良い安らぎだった)

ミランダ

“じゃあ、もう大丈夫だね。”

“この重みを感じたら、
安心してね”

 目を開くと、不思議そうに見上げるラシェルと目が合う。
 とりあえず、その身体を座席に追いやる。

ラシェル

ひどい

デューク

座席代払っているんだ。何度も言わせるな

ドンドン



窓ガラスを叩く音が聞こえたので、窓を見る。
クリスが何やら必死の形相で窓を叩いていた。

ラシェル

あれ、クリスだ

クリス

!!!!!

デューク

あいつ、何を口パクしているんだ

ラシェル

何で焦っているの、変な顔

 大笑いするラシェルだが、何だかクリスの様子がおかしい。


 耳を凝らしてみると……

クリス

列車、そっちじゃないよ!!  その列車は、幽霊列車だよ!!

デューク

え?

 全身から血の気が引くのを感じた。

 そういえば、この列車……乗客がいない。

 辺りをキョロキョロと見たオレを不審そうにラシェルが見る。

ラシェル

どうしたの

デューク

乗る列車を間違えたらしい

ラシェル

ええ?

 ラシェルが手に口を当てて驚く。
 とにかく、外に出なければ。

 オレたちは慌てて立ち上がる。


 ポーーーーー

デューク

こ、この音は……

 窓の外を見ると頭を抱えたクリスの姿が遠ざかっていく




 あれ?
 
 遠ざかってる。

クリス

ああああああああ 

ラシェル

う、動いているよ!


 ラシェルが車窓に飛びついた。

デューク

………あ、ああ

ラシェル

すごい、走っている

 感嘆の声を上げるラシェルに苦笑を返してから、オレは彼女の隣に座った。


 そして、目を閉じた。

ラシェル

あれ? デューク、寝るの?

デューク

………ああ、寝る

ラシェル

じゃ、お膝に座っても良い

デューク

……勝手にしろ


 運賃がどうとか、関係なくなってしまった。

ラシェル

うん、勝手にする

 膝にコツンと重みがかかった。

 そして、背中にも微かな重みを感じる。

 大丈夫。
 ラシェルがいるから一人ではない。


 背中にはミランダが見守ってくれているから怖くはない。

 安心して眠れそうだ。

   

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