帰宅する俺たちを迎えたのは不機嫌なクリスの顏だった。

 どうやら七日間も戻らなかったらしい。

クリス

本気で心配したぞ

ああ

 クリスに睨まれて、言葉を失う。


 長い沈黙が続く。














 沈黙の後、クリスが大きなため息と共に言葉を零す。

クリス

とにかく無事で良かったよ

デューク

……すまなかった

クリス

お前がいない間の仕事の依頼は受けなかったからな

デューク

ああ

クリス

今は臨時休業ってことにしてあるから、暫くは休んでくれよな

ああ…………クリス

クリス

うん?

……いつも、ありがとうな

クリス

あ、ああ

 こんなに素直に礼を言われるとは思わなかったのだろう。鳩が豆鉄砲をくらったみたいな、キョトンとした目を浮かべている。

ラシェル

むー、クリスとばかりお話しないでー!!

 ラシェルは本来の猫の姿に戻っていた。


 ラシェルは、いつの間にか足元にいて、そのまま跳躍。研ぎ澄まされた、爪先をクリスに向ける。

クリス

っっっっ

 瞬時にその攻撃を避けるところは、経験の差だろうか。

ラシェル

むー

 奇襲に失敗したラシェルが鼻を鳴らした。

クリス

ひぃ……何だかラシェルちゃん、凶暴さが増してないか?

デューク

……そうか?

 翌日、シュバルツたちが店に訪れた。

シュバルツ

この街を離れて旅に出ようかと思う

デューク

そうか

シュバルツ

カサブランカ家じゃ、やっていけそうにないからね。父さんも叔父さんもいないし

デューク

当てはあるのか?

シュバルツ

しばらくはアークの厄介になるよ。悔しいけど、他に当てもないし

 やれやれと肩を竦めてみせる。


 シュバルツの父親は先日依頼を受けた劇場支配人だったそうだ。

 その男は、オレが金を受け取った当日に何者かに襲われて命を落としたそうだ。

デューク

家には戻らないのか?

シュバルツ

母親の実家に乗っ取られていたよ。何だか見たことのない人たちが住んでいてさ。まぁ、叔母さんなんだろうけど。
執事に「出ていくなら今ですよ」って言われたから、家を出たんだよ

デューク

それは………災難だったな

シュバルツ

まぁ、ね

デューク

アークのところってことは………魔法使いにでもなるのか

シュバルツ

ならないよ。だけど、せめてヴァイスの声は聞けるようになりたいかな。それだけは教えてもらうつもりだ

デューク

それだけなら、難しくはないと思う

シュバルツ

マジで? アークには大変だって言われたからさ

デューク

ヴァイスはスラムの住人だ。他の動物とは違う。
スラムの住人は、人間であろうと、人外であろうと互いの言葉を理解できるそうだ

シュバルツ

おれもスラムの住人になれって?

デューク

そうじゃない。
人間が動物の言葉を理解するのは難しい。その逆も難しい。
お前たちは違う……ヴァイスはお前の言葉を理解している。だから、あとはお前が理解してやれば大丈夫だ

シュバルツ

難しくはないか?

デューク

難しいが、出来ないことではない。お前たちは絆が深いみたいだし、他の奴らよりも簡単だよ

シュバルツ

そっかー! やったな

ヴァイス

!!!

 シュバルツはヴァイスの両手を持ち上げて嬉しそうに笑う。

 両手をとられて、ブラブラ揺らされているヴァイスの表情は尋常ではない。

ヴァイス

にゃぁぁにゃぁぁ(痛い、痛い)

デューク

ヴァイスはスラムの住人だが………持ち方は他の動物と同じように扱ってやれ

シュバルツ

そ、そうだよな。ハハハハ

 シュバルツは白猫を抱え直しながら苦笑する。

ヴァイス

にゃんにゃんにゃん(ぼ、僕が人間の姿を得れば……)

アーク

それは駄目ですよ。ヴァイス

 それまで黙って聞いていたアークが口を開いた。

ヴァイス

にゃにゃにゃぁぁぁ(人間の姿になれば、言葉は交わせるだろ)

アーク

デュークたちは“デュークの持つ幻獣王の力”を代償として捧げることで人の姿を得たのです。

クリス

オレッちの場合は、デュークに便乗した形で人間になったんだよ。それでも、魔族としての力は殆どなくなったけどね。

アーク

デュークも本来持っていた力の大半を失っています。
ヴァイス程度では、その魂を捧げたところで人間の姿に等なれないでしょう。
魔法でたまに人の姿にしてあげますから、それで我慢してください

ヴァイス

にゃぁぁぁぁぁ

アーク

それで、デューク……お前たちも一緒に来ませんか?

 ニコリと笑う笑顔に、答える言葉など決まっていた。

デューク

……お前とは行かない

アーク

……お前は、しばらく人間から離れるべきだ。ミランダのようになりたいのなら、魔獣や聖獣、精霊たちと心を交わしなさい。今の状態ではミランダには程遠い

デューク

…………………わかった、そうするよ

シュバルツ

お、デュークが素直だ

ヴァイス

にゃああああ(貴重だ)

 シュバルツとヴァイスが意外なものを見るように顔を覗く。
 失礼な態度に目を細める。

デューク

………

アーク

人間年齢に換算すると、この子は坊ちゃんと同じぐらいですから

シュバルツ

そうだったのかよ

デューク

一人で金稼ぎが出来ない奴と一緒にしないでほしい

 そうは言っても、まだ若いという自覚はある。
 結局、いざというときはこの男に頼るしかないのだ。

デューク

……今回は、助かった。ノアにも……伝えてくれ

アーク

……はい。前にも言いましたけど、いつでも頼ってくださいね。私もノアも何処にでもいますから

デューク

…………気が向いたらな

シュバルツ

そういえば……

 シュバルツの視線は、テーブルの上で昼寝をしているラシェルに向けられる。
 やけに静かだと思っていたが、いつの間にか昼寝をしていたらしい。

ラシェル

zzzz

シュバルツ

ラシェルって罪を背負っていたのか?

デューク

オレも気になってメルに聞いたのだが……ラシェルは罪を自覚していないそうだ

シュバルツ

どういうことだ?

デューク

罪を犯している。だけど、ラシェル自身は罪だということを自覚していなかった

デューク

被害者側も、被害の原因がラシェルであることに気付いていない

シュバルツ

そんなことが

デューク

あそこでオレたちを責めていたもの、それはオレたちの心にある罪の意識から生まれたものだった

ヴァイス

にゃー(そうだったね)

デューク

あいつは、何をするのにも罪悪感がなかったそうだ。……でも、いずれは罪悪感という感情の存在に気付くだろうって……

アーク

………それは、己の罪に気付いた時が心配ですね

デューク

そうだな……でも、あいつなら大丈夫な気がする

アーク

そうですね

 オレたちの視線の先、話題の中心の仔猫は間抜けな表情を浮かべて眠っていた。

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