帰宅する俺たちを迎えたのは不機嫌なクリスの顏だった。
どうやら七日間も戻らなかったらしい。
帰宅する俺たちを迎えたのは不機嫌なクリスの顏だった。
どうやら七日間も戻らなかったらしい。
本気で心配したぞ
ああ
クリスに睨まれて、言葉を失う。
。
長い沈黙が続く。
沈黙の後、クリスが大きなため息と共に言葉を零す。
とにかく無事で良かったよ
……すまなかった
お前がいない間の仕事の依頼は受けなかったからな
ああ
今は臨時休業ってことにしてあるから、暫くは休んでくれよな
ああ…………クリス
うん?
……いつも、ありがとうな
あ、ああ
こんなに素直に礼を言われるとは思わなかったのだろう。鳩が豆鉄砲をくらったみたいな、キョトンとした目を浮かべている。
むー、クリスとばかりお話しないでー!!
ラシェルは本来の猫の姿に戻っていた。
ラシェルは、いつの間にか足元にいて、そのまま跳躍。研ぎ澄まされた、爪先をクリスに向ける。
っっっっ
瞬時にその攻撃を避けるところは、経験の差だろうか。
むー
奇襲に失敗したラシェルが鼻を鳴らした。
ひぃ……何だかラシェルちゃん、凶暴さが増してないか?
……そうか?
翌日、シュバルツたちが店に訪れた。
この街を離れて旅に出ようかと思う
そうか
カサブランカ家じゃ、やっていけそうにないからね。父さんも叔父さんもいないし
当てはあるのか?
しばらくはアークの厄介になるよ。悔しいけど、他に当てもないし
やれやれと肩を竦めてみせる。
シュバルツの父親は先日依頼を受けた劇場支配人だったそうだ。
その男は、オレが金を受け取った当日に何者かに襲われて命を落としたそうだ。
家には戻らないのか?
母親の実家に乗っ取られていたよ。何だか見たことのない人たちが住んでいてさ。まぁ、叔母さんなんだろうけど。
執事に「出ていくなら今ですよ」って言われたから、家を出たんだよ
それは………災難だったな
まぁ、ね
アークのところってことは………魔法使いにでもなるのか
ならないよ。だけど、せめてヴァイスの声は聞けるようになりたいかな。それだけは教えてもらうつもりだ
それだけなら、難しくはないと思う
マジで? アークには大変だって言われたからさ
ヴァイスはスラムの住人だ。他の動物とは違う。
スラムの住人は、人間であろうと、人外であろうと互いの言葉を理解できるそうだ
おれもスラムの住人になれって?
そうじゃない。
人間が動物の言葉を理解するのは難しい。その逆も難しい。
お前たちは違う……ヴァイスはお前の言葉を理解している。だから、あとはお前が理解してやれば大丈夫だ
難しくはないか?
難しいが、出来ないことではない。お前たちは絆が深いみたいだし、他の奴らよりも簡単だよ
そっかー! やったな
!!!
シュバルツはヴァイスの両手を持ち上げて嬉しそうに笑う。
両手をとられて、ブラブラ揺らされているヴァイスの表情は尋常ではない。
にゃぁぁにゃぁぁ(痛い、痛い)
ヴァイスはスラムの住人だが………持ち方は他の動物と同じように扱ってやれ
そ、そうだよな。ハハハハ
シュバルツは白猫を抱え直しながら苦笑する。
にゃんにゃんにゃん(ぼ、僕が人間の姿を得れば……)
それは駄目ですよ。ヴァイス
それまで黙って聞いていたアークが口を開いた。
にゃにゃにゃぁぁぁ(人間の姿になれば、言葉は交わせるだろ)
デュークたちは“デュークの持つ幻獣王の力”を代償として捧げることで人の姿を得たのです。
オレッちの場合は、デュークに便乗した形で人間になったんだよ。それでも、魔族としての力は殆どなくなったけどね。
デュークも本来持っていた力の大半を失っています。
ヴァイス程度では、その魂を捧げたところで人間の姿に等なれないでしょう。
魔法でたまに人の姿にしてあげますから、それで我慢してください
にゃぁぁぁぁぁ
それで、デューク……お前たちも一緒に来ませんか?
ニコリと笑う笑顔に、答える言葉など決まっていた。
……お前とは行かない
……お前は、しばらく人間から離れるべきだ。ミランダのようになりたいのなら、魔獣や聖獣、精霊たちと心を交わしなさい。今の状態ではミランダには程遠い
…………………わかった、そうするよ
お、デュークが素直だ
にゃああああ(貴重だ)
シュバルツとヴァイスが意外なものを見るように顔を覗く。
失礼な態度に目を細める。
………
人間年齢に換算すると、この子は坊ちゃんと同じぐらいですから
そうだったのかよ
一人で金稼ぎが出来ない奴と一緒にしないでほしい
そうは言っても、まだ若いという自覚はある。
結局、いざというときはこの男に頼るしかないのだ。
……今回は、助かった。ノアにも……伝えてくれ
……はい。前にも言いましたけど、いつでも頼ってくださいね。私もノアも何処にでもいますから
…………気が向いたらな
そういえば……
シュバルツの視線は、テーブルの上で昼寝をしているラシェルに向けられる。
やけに静かだと思っていたが、いつの間にか昼寝をしていたらしい。
zzzz
ラシェルって罪を背負っていたのか?
オレも気になってメルに聞いたのだが……ラシェルは罪を自覚していないそうだ
どういうことだ?
罪を犯している。だけど、ラシェル自身は罪だということを自覚していなかった
被害者側も、被害の原因がラシェルであることに気付いていない
そんなことが
あそこでオレたちを責めていたもの、それはオレたちの心にある罪の意識から生まれたものだった
にゃー(そうだったね)
あいつは、何をするのにも罪悪感がなかったそうだ。……でも、いずれは罪悪感という感情の存在に気付くだろうって……
………それは、己の罪に気付いた時が心配ですね
そうだな……でも、あいつなら大丈夫な気がする
そうですね
オレたちの視線の先、話題の中心の仔猫は間抜けな表情を浮かべて眠っていた。