デューク

あいつだけで平気なのか?

 メルに問いかけると、ニコッと人懐っこい笑みが返ってくる。

メル

平気ですよ………ってラシェルさん、睨まないでくださいよ

ラシェル

………睨んでいるつもりはないよ

 客観的に見ても、ラシェルはメルを睨んでいた。

 彼女がメルを睨む理由が思い当たらず、肩をすくめる。

デューク

ラシェルに水晶玉を預けたのって………

ラシェル

さっきの、ノアって人だよ……ってナイショだったんだ。ごめん、今言ったこと忘れて

デューク

………ああ

 記憶に残るノアには良い印象がない。

 悪い奴ではない。ただ……お節介がすぎる性格が苦手だった。

 彼は本音を隠して道化を演じる。

 本音を見せたがらない彼が苦手だった。

 ラシェルに水晶玉をこっそり渡す……そんな、優しさまでも隠したがる……その性格が苦手だった。

デューク

ラシェル、お前は扉を開くときに、何か見たのか?

ラシェル

え? 目の前が真っ白になって……見えないって思ったら、デュークが見えて扉が見えたんだよ

デューク

そうか……なぁ、メル

メル

はい? 何でしょうか?

デューク

どうして、ラシェルはオレのところに来れた?

メル

それはですね……

 パチン



 メルが指を鳴らした。

 ふと、時が止まったかのような感覚に陥る。
 傍らを見ると、ラシェルが一歩踏み出す形のまま停止していた。

メル

ラシェルさんに邪魔されたくないので……時間を止めました

デューク

ああ、その方が話しやすい

メル

彼女がどうして、デュークさんのもとに辿り着けたのかは………正直なところ私たちにも分からないです

メル

扉を開いたその先は……扉を開けた本人の為の道しかありません。
デュークさんの道にラシェルさんが乱入したことには驚きました。

デューク

そうか……

メル

ラシェルさんは、主の予想外の存在みたいです

デューク

予想外?

メル

ラシェルさん自身には罪を犯したという意識が全くないのです

デューク

それは、罪悪感がないってことか?

メル

はい。野良猫のラシェルさんは、様々なお屋敷に勝手に住み着いていました。そこで勝手に食料を食べていました。それは、罪ですね

デューク

ああ……泥棒みたいなものだからな

メル

ところが……ラシェルさんには悪いことをしたという感覚が全くありませんでした。食料を盗んで食べていたラシェルさんに罪悪感はありません

デューク

………

メル

そして、食料を奪われていた屋敷も、犯人がラシェルさんだとは知りません。ラシェルさんが勝手に住み着いていることも知りませんでした。仔猫のラシェルさんが食べる量は微々たるもので、食料が減っていることも気づきませんでした

デューク

気付かないのでは、被害者側に責められることもない……か

メル

はい。そんな、ある日のことです。ある屋敷の勝手口をラシェルさんが開けて外に出た。そこから侵入した野党に家主たちが殺されました

デューク

………

メル

ラシェルさんはそんなことは知りません。ラシェルさんの感覚では、住んでいる人間がいなくなって食料がなくなったから、出ていく。
次の屋敷に住みつく。そういう感覚しかありません

デューク

………

メル

ラシェルさんは気づいていないのです。自分が住みついた屋敷が、次々と野党に襲われているなんてことも

デューク

………そうだったのか

メル

デュークさんのように、お前の罪だと、迫って来る幽霊もいません。だから彼女は罪に憑かれないのです

デューク

滅茶苦茶だな

メル

滅茶苦茶ですね

メル

彼女は誰かを傷つけた罪悪感もありません。彼女を憎む者はどこにも居ません……でも、これからは、わかりませんよ

 メルの視線は、停止したラシェルに向けられている。

デューク

…………それは、どういうことだ

メル

彼女は一人で在ることが当然だったのです。貴方と出会ったことで、彼女にとっての<当然>は変わりました

デューク

………

メル

私やクリスに嫉妬しているのが、その良い例かもしれませんね。それに、何より……貴方に嫌われることを恐れているようにも見えます。彼女は<罪悪感>を学びはじめています。もしかすると、今までの罪も気づいてしまうかもしれません

デューク

あの時、オレがラシェルの手を取ったのは………オレの罪なのか?

メル

何でもかんでも、罪だと考えたら何もできませんよ。ラシェルさんと出会ってデュークさんは救われた。そして、デュークさんと出会ったことで、ラシェルさんも救われたのです。お二人とも、もう、今更一人では生きられないでしょ

デューク

…………そうだな

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