意識が手放されようとした、瞬間だった。
意識が手放されようとした、瞬間だった。
ちょっと、待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
突然、甲高い声が放たれた。
それと、同時に
先ほどまで歪んでいた世界が鮮明になる。
お、お主は………
目を見開き唖然としているのは、ベンだった。
そんなベンとオレの間にヒョイっと立つ小柄な影。
………ラシェル?
さっきから、お爺さん五月蠅い!
お、お爺さん?
デュークには、帰る場所があるのよ! デューク……クリスだって待っているんだよ。あの人、大嫌いだけど……デュークのこと一番気にしてるもん
……
そうだな……あいつが待っている。
「クリスが待っている」、なんてことをラシェルが言うなんて明日は槍でも降りそうだ。
そして、デュークの膝の上が私の帰る場所なの! そこがなくなったら、困るの! 誰にも渡さないの!!
そうなのか、そうだったろうか。
いつも、勝手に乗っていた気がするが……
………
そう決めているの!
ラシェルの暴走で、落ち着いた。
頭も冷えた。
足元に投げ捨てられた薔薇の蝋細工を拾い上げる。
上手く出来たのにヒビだらけだ。
もの凄く悔しい……
貴方の考えは悪くないと思います
………
生きる場所を失った獣たちの最後の楽園…………それは良いことだと思います
ならば
だけど、オレには必要ありません
……
ラシェルと視線が合う。
自然と笑みが交わる。
オレにはお節介な相棒が待っていますし。
こうして側には口うるさい同居人もいますから。彼女たちのためにも、ここに残りますよ。
………
地下に居る魔物たちのことはお願いします。
オレには必要のない場所ですが、必要とする者たちも確かに居ますから
……ああ
突然、ガチャっと背後の扉が開かれる。
もう諦めたら? カサブランカ殿
ノア
胡散臭い魔法使いは何故か傷だらけで、でも満面の笑みを浮かべて現れた。
傍らに控えている、彼の使い魔であるメルが呆れ顔を浮かべている。
デュークくんを口説くのは難しいよ、それはボクが身を持って知っている
……くっ
デュークくんも、ラシェルちゃんも、そっちの扉から出ていきなよ。外に続いている。メル、彼らを案内してくれ
ほいほい
メルがピョンピョン飛び跳ねながら扉の前に立って手招きする。
デュークくん、契約を
しない
それでこそ、デュークくんだよね。
扉が閉まるのを確認して、ノアは依頼主を振り返る。
先ほどまでと同じ飄々とした笑顔を彼に向けた。
さて、と……依頼通りの仕事はしたよ
そうだな、報酬は金で良いか
男はゴソゴソと金庫の扉を開けようとする。
ノアがその背中に忍び寄る。
その顔に表情はなかった。
何を言っているんだい? これだけの魔法空間を作った報酬がお金なんかで済ませられるって思っていたの?
え?
振り返ったベンの顔がみるみるうちに青くなる。
ノアの手には怪しげに光ものが蠢いている。
デュークくんやラシェルちゃんには見せたくないからね
何を
報酬はね、貴方の命ですよ。魔法使いのビジネスを貴方は知らなかったみたいですね
!
お父上もアークに少しずつ命を差し出していましたよ。貴方はご存知ではなかったようですが……
そ、そんな……
ボクはアークではないので、一括払いでお願いしたいのです
何を言い出すの?
乱暴に扉を開いて飛び込んで来たのはメイドだった。
余計なメイドまで来たか。丁度良い
メイドの身体がビクリと震える。
ひぃ
ノアの手に雷鳴が集まる。
あー、助けてくれ
二人はただの人間だ。魔法使いの前では赤子同然に何も出来ない。
ブルブルと震える二人に歩み寄る。
一歩、一歩、にじり寄る。
やめた
え?
命を奪うのは好きじゃないのだよね。でも……やったことに対するケジメはつけて欲しい。貴方たちにはこの街から消えて貰うよ……
……っ
パチンと指を鳴らす。
彼らの足元がグニャリと変貌。
黒い闇が現れると、
その中に吸い込まれるように落下。
その地下に居る彼らのことは頼んだよ。どうか人外たちの楽園で、お幸せに
あー、甘いな……ボクも……