昼の繁忙時を過ぎた頃、一人の冒険者が大声を上げた。
少しはましになってきたな。
昼の繁忙時を過ぎた頃、一人の冒険者が大声を上げた。
オラァ!
早く次ぃ持ってきやがれ!
酒に酔った冒険者が次の酒を持ってこいと、怒声を上げていたのだ。酒場ではよくある事で、他の客に迷惑になるようだと叩き出される。
やれやれ。
ランディは淡々と作業をしてその冒険者のテーブルに向かう。相手が怒りを表している時ほど、冷静になってしまうものだ。
おお!
綺麗なお姉ちゃんじゃねーか。
こっち来て酒の相手しろや!
お姉ちゃんだと?
ランディは女性に間違えられると、怒りが込み上げてくる。路上なら手が出ていてもおかしくないが、今は仕事中の為、我慢して業務を遂行する。
オマタセシマシタ。
酔った冒険者を睨みつけ、叩き付けた木製ジョッキからは、麦酒の殆どが溢れてテーブルに零れた。勘違いに気付いた冒険者は、ランディの眼光で一気に酔いが醒めたようだった。
ランディは昔からその美貌故に女性に間違えられてきた。それを嫌い、容姿と逆行するように粗野な行動をとるようになっていった。それでも生来の美しさは覆い隠せず、今回みたいな事が度々起こってしまうのだ。
ったく、
どこ見てやがんだっつーの。
まぁまぁ、
気にしない気にしない。
それより皿の引き下げ
溜まってるから
一気にやっちゃおう。
わーったよ。
テーブルには繁忙時の食器が散乱している。注文を取り料理を運ぶのも大切だが、食器を下げるのも重要な仕事なのだ。
ウェイターの仕事中、様々な話が聞こえてくる。報酬の話や、魔物の話。下らない世間話もあれば、つまらないジョークの類もそうだ。聞きたくなくてもその話は耳に入ってくる。
ねぇ、最近面白い話ないの?
ドスコスの奴等が……
あいつらの話はいいわ。
昨日も聞いたし。
二階層の地下訓練場に……
それ知ってる。
じゃあ昔の話はどうだ?
カビの生えた話聞いても
面白くないでしょ。
未解決の話だぞ?
ちょっと面白そうね。
反王政組織
ペンデュラムエリーの話さ。
反王政……
ペンデュラム……エリー?
ペンデュラムって
振り子って意味で……
あー!
『占い師エリー』
そう『占い師エリー』から
名付けられた組織なんだ。
『占い師エリー』ならランディも知っていた。5、6年前に流行った絵本だ。振り子を使う占い師・少女エリーが、物事の分別を読者に問う形のストーリーが話題になり、老若男女問わずに支持を受けたのだ。
そんな流行りものに乗っかって出てきた噂話みたいだ。
細身の女冒険者は疑り深い目で、大柄の冒険者をじっとり見ている。大柄の冒険者は少し後ろに引いた上半身を戻しながら話を続ける。
フィーリアス王の善政の
是非を問うように、
王政の裏事情を嗅ぎ回る
正体不明の組織。
何か重大な秘密を
握っていると噂される。
フィーリアス王の首元に、
振り子の鎌を向ける者と
比喩されて、
誰かが勝手に
ペンデュラムエリー
と、名付けたのさ。
ペンデュラムの話が
面白いと言われているのは、
メンバーの正体が
一人も判明していないって事だ。
これに尽きる。
何それ?
どういう事?
こんな話は何処にでも転がっている。酔っ払い共が適当に作った酒の肴。ランディは食器を片づけながら聞き流していた。
つまりこの酒場にも
そのペンデュラムのメンバーが
いるかもしれないって事さ。
へぇ~。
で、結局何をしたの?
そいつらって。
王政官殺しだ。
!!
酔っぱらいの与太話と思っていたランディの手が止まる。勿論、王政官という言葉に反応してのものだ。
まさにその『占い師エリー』が
流行った頃だよ。
確か『占い師エリー』が
流行ったのは、
母さんが亡くなった頃……。
ランディの頭の中に一つの疑念が浮かぶ。
王政官とは誰か?
ただの噂話……、そう冷静に考えようとすればするほど、疑念は膨らみ胸の内はかき乱された。
その王政官ってのは、
何で殺されたわけ?
その組織ってのは、
王政に反する奴等だ。
当時は王政の事を
嗅ぎ回る奴等がいるって、
冒険者の中でも
有名な話だったよ。
ふんふん。
でも奴等の正体は
尻尾も掴めなかった。
誰もな。
確かな筋の情報で、
冒険者だって事は
確実なんだが、
どこの誰だかは分からなかった。
あ! そうか!
その王政官は
突き止めてしまったって事?
そう、王政官の中でも
優秀だった人物みたいだ。
そんな、まさか……。
母さんは事故だった筈だ。
ランディの疑念は悪い予想に傾いていった。考えたくもない想像が幾つも現れては胸の内に積みあがっていく。鼓動が早くなっているのが分かる。身体も熱い。額に滲み出た汗は大粒となり流れ落ちた。
ねぇ、あんた大丈夫?
おい、にいさん、
どうした顔色が悪いぞ?
ック!
俺の事はいい!
あんたその王政官の名前
知ってんのかよ。
すまない。
私は知らないんだ。
だが王政官の中でも
特に優秀な者だったらしい。
あ…………、
一つ思い出した……
何よ、気になるじゃない。
その王政官は女性だったらしい。
クッ!
…………
ランディは確信した。
その噂が正しいと仮定するなら、その王政官というのは、ランディの母に違いないと。
なぜなら、数十人いる王政官を統率する為、数人の王政高官と呼ばれている者がいる。その一人がランディの母だった。それに女性初の王政高官だったと聞いていたからだ。
にいさんの考えている事は
大体分かる。
おそらくその王政官は
大切な人なんだろう。
え!?
だが冒険者を甘く見るな。
我々は一般人が思う以上に
過酷な状況を乗り越えている。
いくら腕っぷしが強かろうが、
素人は素人。
しかも奴等は
冒険者でありながら
正体を隠し通してきた
用心深さがある。
にいさんが太刀打ち出来る
相手ではない。
大柄な冒険者が語ったのは、紛れもない真実。伊達に修羅場をいくつもくぐって生き残っているわけではないようだ。その真実を受けて、ランディは答えを出した。
あんたの言ってる事は
本当だろーよ。
だがそれで引き下がれるほど
俺は穏やかじゃ
ないっつーの。
やめた方がいいわ。
戦力差は認める……。
だがよ、
差があるならその差を埋めて
やりゃあいいだけだ。
俺は必ず
そいつらを見つけ出し
母さんの死の真相を突き止める!
ランディはそのまま酒場を飛び出した。
詳細を知っていそうな叔父は、数年前、他界していた。一人何も持たないランディは、揺るがない決意を胸に宿し、訓練場に脚を運ぶ事になる。
話の進み方が次の目的を分かりやすく導き出していてとても読みやすいです。
挿絵の遣い方もオリジナルと他のストリエ素材が良い感じに混ざり合ってて素敵だなあと思いました。
続きが楽しみです。