気付いたら暗い闇の中に俺はいた。

そこには上下、左右の区別もない。

ただあるのは闇。まさしく深淵。

暗く、暗く、暗く、暗く、ただ暗い。

今の自分が意識を保っていられるのが尋常ではない世界。

このようなことが起きれば自分はたまらず発狂しているだろう。


それでも今、気が狂わないでいるのは一種の自暴自棄だからかもしれない。

ついさっきまでいたはずの屋敷。


中世の魔女、ありえないシリアルキラー、そして化け物。

訳がわからない殺し合いに巻き込まれて、俺は知らない女の子に助けられた。


そう、ただ助けられた。生き残れたのは全て彼女のおかげ。


なのに、なのに俺は理由もなにもかも知らない。全て知らない。



謎は何一つわからない。

あの屋敷はなんだったのだ。


エビットの正体はなんだ。


何故15年も前の殺人鬼が子供なんだ。


クトゥグアとは、旧神とはなんなんだ。


そしてーーーーーーー


ソフィア、君は一体誰なんだ?

ちくり、と左手に痛みが走る。


その瞬間だった。



左の掌が燃えていた。


熱くはない。



その感覚はまるで、ソフィアの頭を撫でた時の感覚だ。


そして



ーーーこの炎は生きている。







そう直感した。



その炎は左腕から身体を包み、広がり、この世界を包んだ。


まさしくそれは炎が闇をうち払ったように見えた。

……のる………みのる………実……!

誰だ………


うっすらと白い天井と俺を覗き込んでいる人影が目に入る。

母…さん?

実!!

それは母の姿であった。

母は右手を握り締めており泣いていた。

ロシアと戦争になった時はもう会えまいと覚悟したものだ。

そして左手に違和感を覚えた。

ゆっくりと掌をこちらに向けた。



そこには

LKJSHHD34…


と刻まれていた。

そして病室奥に置かれている「アレ」が目に入った。

母さん…あれは…?

あれはあなたが輸送船から落ちて、発見された時に握りしめてた物らしいわ…

あなたは見つかってから一週間寝たきりだったのよ

せっかく戦争が終わったのに実が行方不明なんて聞いた時は…もう…

母さん…


母さんの心配をよそに俺は確信した、あの屋敷は現実だった。


あの絶海の屋敷にて起こったことは現実だ。


そして確かに感じる。


この身体の中にある、生きた炎を。


それとロシアに行かなくてはという使命感を。



俺はあのエビットを殺すまで日常に帰れない。

そんな気がする。

あの子、ソフィアの仇を取ってやりたい。




日本に、祖国に帰ってこれて嬉しい。

母さんにも会えてもちろん嬉しい。

だが深淵を知ってしまった。知ってしまったのだ。

すぐには日常には帰れない。少なくともエビットを殺すまでは。

俺は忘れ物をロシアに取りに帰らなければならない。


これはまさしく狂気だろう。



もう俺は、狂気に侵されている。

だから俺は狂人らしく

復讐の鬼になろう。

そう決意した時、貌の無い神がどこかで笑った気がした。

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