その翌朝、経華は再び浅草に来ていた。
その翌朝、経華は再び浅草に来ていた。
理由は二つあって、
一つは小暮のアパートに立ち寄り、
財布やケータイ等の貴重品を返してもらう事。
もう一つは新人活弁士の川島夏美に昨日の仕事ぶりを買われて、
リサイタル当日までの手伝いアルバイトを任されたからであった。
まず先に小暮のアパートに立ち寄った経華であったが、
いざドアの前に立つとインターホンが押せない自分がいた。
いつもの笑顔を作れる自信が無かった。
私のお金、今度返してください
というメッセージとしての機能を果たしていないメモ書きをドアに張り付けて、
夏美との待ち合わせ場所へと向かった。
こんにちは。今日も冷えますね
おはようございます
朝一番で活弁リサイタルの会場である浅草花やしきの講演ホールの下見準備をしようと向かった。
その道中で夏美は浅草が映画の発祥である事。
そして花やしきが日本で初めて活動写真が公に上映された日本映画の歴史的な場所である事などを熱く語っていた。
経華はそんな夏美の夢に満ちた目が大好きであった。
ところがいざ花やしきの運営室に最後の書類確認をしに行くと
運営側が夏美個人の予約日時を勝手にキャンセルしていたのである。
これは一体どういうことなのでしょうか？
どうもすみませんねえ。実はその日は浅川美智子先生の講演会とかぶってしまいましてね。こちらからももっと早く連絡差し上げればよかったのですが
お言葉ですがその言い方だと私の方が先に予約していたという事ですよね？
浅川美智子先生はご存知ですよね？
芝居の分野だけでなく、この浅草全体に多大な貢献をなさっている方でして。
スター通りの有名人写真にもお顔が並んでいるのをご存じありませんか？
私だって歴史ある浅草の街にいち活弁士として少しでも貢献できたらと思い、無名ではありますけれど情熱と誠意を持って今回会場のお願いをしたわけでして
では失礼ですがその活弁リサイタルは今現在何名様の予約が入っていますか？
はい、まずここに一名！
他は？
いえその…まだビラ配りしている段階でして。これからもっと集客がんばります！
つまり身内票以外はゼロですよね？
浅川先生の講演会はもう予約の段階で定員オーバー。
それでもまだ全国の熱心で曲がった事の大嫌いなファンの方々がキャンセル待ち状態です。
果たしてあなたのその活弁リサイタルはそこまでの魅力的な催しなのでしょうか？
ここ花やしきさんは活動写真の聖地で、ずっとここでやりたいと憧れながらこの日までずっと芸を磨いてきたんです！
失礼。私が聞いているのは意義とかではなく採算や集客率です。
そのイベントを終わって館内の施設で遊んでいただける客層なのでしょうか？
メディア取材も駆け付けるようなエネルギッシュなコンテンツなのでしょうか？
甚だ疑問です
夏美さん。他を探しましょう。
こんな筋の通らない人とやっても良いリサイタルなんて出来っこありませんもの。
結局大人は情よりお金なんですよ！
それでも、何度も言うようですが私はどうしてもここで活弁リサイタルを素敵な活動写真を演じてみたくてこれまで必死に…
そう言いかけて夏美は目まいを起こしてその場に倒れかかった。
経華は夏美の体を抱えながら受付の中年をキッとうっすら涙を浮かべながら睨んだ。
大丈夫ですか！？
よかったらウチの控室で休んでいかれたらどうですか？
ただ午後から別件の講演会の予約があるので３０分ほどしたら空けてもらいたいのですか
ごちゃごちゃうるさい、結構です！！
続く
