ここは古都、浅草。
今は日本を代表する観光地なんて持ち上げられて賑わっているけれども、
ホントの数年前までは世の流れから外れてきた漂流者たちの墓場みたいな街だったんだ。


今から語るのは“そんな時代の”浅草の話だ。

その中に旧歓楽街であるロック通りのファーストフード店の前でよろよろと悪態をつきながら泣きわめく小さな老婆がいたんだよ。

うわーん、うわーん!!

いつもウサギの耳当てを付け、
スパンコールの散りばめられた着物を纏うひどく華奢な老女をみんな思い思いの名前で呼んだ。

くたばれよ、くそばばあ

道開けろよ、徘徊者

ウサギちゃん、今日もどうしたの!?

派手なホームレスだなあオイ

観光客、地元民問わずある者は彼女を恐れ遠ざかり、そしてある者は近寄ってからかった。

その中のごくごく僅かな人間たちの愛で彼女は生き延びていたんだ。


警察は月に2、3回は彼女を補導した。


それでも懲りずに彼女は通りの前に立ち続け、泣きわめき続けたがその正体は謎に包まれたままだ。

大昔、
この地帯が赤線街であった頃の娼婦か夜鷹であったというのがもっぱらの噂ではあるが真実を知る人間はいない。

彼女の寝床は決まってシャッターの閉まった名画座の前だった。

たとえどんなに浅草の店や人が入れ替わり、
都市開発が進んで町の風景が変わろうともこの老婆だけは日常の些細なワンシーンとして残り続けるだろう。

そうみんなが思っていたし、
俺もそんな風に思っていた。

  
第七章

『タイムス

     ライク

        ディーズ』

織原経華

にゃんにゃん先生、何か最近よそよそしくないですか?

小暮忍

別に普通だろ

たしかに経華が汗だくで重い施術道具を持って、
スマホで明日のパチ屋を品定めしている小暮の後を追う構図は普段通りなのだが、
いつもよりもその背中が遠くに感じていた。

織原経華

きょ、今日はいい天気ですね!

小暮忍

まあな。もう夜だけどな

織原経華

あの!私最近また調子悪くて。
察するに毎度おなじみの左胸椎のあたりが歪んできた気がするんですよ。
そのもしよろしければバイト代から天引きで構わないので施術して頂けませんか?

小暮忍

悪い。
しばらく予約がいっぱいだな。
森先生にお願いできるか?

織原経華

ごめんなさいそうします

バカ野郎!こっち見るな!見るな!うえーん

という怒声が聞こえた。


声の主は兎の耳当てをしてキラキラした浴衣を羽織った小さな老婆であった。


辺り構わず、
道の真ん中で彼女は泣き叫び続けていた。

織原経華

先生、あのおばあちゃんは何者ですか?

小暮忍

こっち見るなって言ってるの聞こえなかったか?あの手合いは関わると面倒なんだよ

織原経華

冷たいんですね

小暮忍

そうだよ。今の今まで気付かなかったかい?

織原経華

…嫌なヤツ。ヤナ奴ヤナ奴ヤナ奴!

織原経華

おばあちゃん。大丈夫?何が悲しいの?どこかぶつけたの?お腹が空いてるの?

ウグッ!…うふふふ

老婆は園児がやさしい女先生にあやされるようにゆっくりと泣き止んだ。

織原経華

良かったね。ちょっと待っててね

経華はポケットからカルシウムサプリメントを取り出して老婆に飲ませた。

ちょっとむせつつも飲み干した老婆は赤子のような笑みをパッと浮かべた。


経華も晴々した気持ちで

織原経華

良かったね!これ美味しくて体にとっても良いんだよ。お婆ちゃんみたいなお年寄りは骨粗鬆症って言って骨が脆くなっちゃうから毎日これを飲んでれば必ず元気になるよ

小暮忍

おい、何勝手な事してんだよ!!

続く

第七章 タイムス ライク ディーズ 

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