小暮忍

おい、何勝手な事してんだよ!!

小暮忍

それは次の患者に使う予定だったんだぞ

織原経華

ごめんなさい。でも、お婆ちゃんがつらそうだったからつい

小暮忍

困ってればタダでやるのか?
サプリメントも施術も何もかも。
君でもわかるだろ?
このばあさんが金払えない事ぐらいは。

織原経華

じゃあ、私が全部買い取りますよ!お婆ちゃんのサプリも!施術代も何もかも!

小暮忍

ボランティアとビジネスを勘違いするなよ。
カイロプラクティックは…

小暮忍

健康は金で買うもんなんだ。
その力が無い人間に安易に与えるのは相手にも自分にも良くない

涙と鼻水を流しながら経華はその一言に項垂れた。


主に親の仕送りで生きる劣等就活生の彼女にはその冷たい現実をひっくり返す言葉が見当たらなかった。

小暮忍

とりあえず、今日のところはいいよ。
無かった事にする。
悪かった

織原経華

謝らないで下さいよ!
悪いのは世間知らずでバカな私なんですから!
結局荷物運び以外何も出来ない。

鈍いしボケてるし!
にゃんにゃん先生が何に悩んでいるのかよくわからないし。
こんな使えないアルバイトは早くクビにして下さいよ!!

小暮忍

そうだな。君の将来のためにも、俺の稼ぎのためにもここらで終わりにした方が賢明なのかもな

経華は小暮の頬をビンタした。


追撃として荷物を地面にぶちまけ、
人目も気にせず猛ダッシュでその場を去った。

ギャーツ!!わーん!バーカバーカ!!!

老婆はずっと聞き取れない悪態をつきながら泣きじゃくっているし、
小暮は頭を抱えていると

劇場支配人

事情は知らないが映画館の前ではお静かに

と飄々とした声で、
背の高い白髪七三分けの老人、
松田春夫がよろよろとやってきた。

劇場支配人

ほら子猫ちゃん。今日の分だ

う、うははははは!!

彼が言った通り、
兎というよりは猫のように細い目で笑ってから噛むというよりは力なくじゃれるように齧る感じで、
残り少ない歯でせんべいを懸命に食べ始めた。

小暮忍

失礼しました。
あなたはここの名画座の

劇場支配人

ああ、やっぱりあんた馴染みさんかい?見たことあると思ってたんだよハンサム。痴話げんかかい?

子猫の老婆の顎をすりすり撫でながら、
松田は少年のような瞳でニヒルに嗤った。

小暮忍

そんなんじゃありませんよ。今日は『太陽を盗んだ男』と『新幹線大爆破』の二本立てですか。豪華なラインナップですね

映画館の上映欄のポスターには60、70年代の菅原文太と高倉健が写っていた。


それを見て小暮は尋ねたのだった。

劇場支配人

そりゃどうも。
一応追悼企画って事でね。
どうせ客の爺さまたちは昼寝しに来てるだけだから。

劇場支配人

好きな写真を流すのさ。
にしてもここ数年で高倉健に菅原文太だろ。
これで銀幕スターはもう絶滅しっちまったな

小暮忍

ここは勝新太郎、三国廉太郎、高倉健、菅原文太しかやってるの見た事ないですからね

劇場支配人

そういう町と客層だからな、ここは。
ノスタルジーなんだよ。
老いた街と人間に残るものなんてのはさ

小暮忍

レイトショーは何時ですか?早めに仕事終わらせてまた来ますよ

劇場支配人

あいにくだが今やってる回で終わりだよ。老人は眠くて夜出歩かないもんでね

小暮忍

そうですか。それは残念です。また来ます

小暮が荷物を持って施術先に向かおうとした瞬間に

劇場支配人

待てよハンサム。仕事終わったらまた寄ってくれ。裏口を開けておく

小暮忍

良いんですか?

劇場支配人

お前さん、小林旭に似てるから特別招待扱いにしてやるよ

小暮忍

初めて言われましたよ、そんな事。では後ほど

小暮は軽く会釈して患者の元へ向かった。


松田は子猫ちゃんが濡れせんべいを歯茎でのろのろと咀嚼するのを日が落ちるまで見守り、
じゃれて顎を撫で続けた。

続く

タイムス ライク ディーズ その2

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