留奈の誕生日について、どうやらひかりは自分で何とかするらしいが、浮かない顔をしている辺り、やけに心配だ。

留奈の誕生日は、もう明日に迫っている。

留奈、楓、ひかりがそれぞれにソワソワしているのが伝わってきた。

……(そわ…)

留奈

(そわそわ……そわそわ……)

何か決意したのか、楓が一度大きくうなずいて、ソファーに座る留奈へと近付いていく。

いつものようにお茶を運ぶ楓のお盆は、じゃっかん震えていた。

あの、るなさん

留奈

な、なあに楓。あ、言おうとしてたんだけど、この前の練習でアナタ――

4がつ3かについて、ですが……

楓が留奈に声をかけたことで、辺りに緊張が走った。

留奈

し、4月3日? え、ええ! 何の日かしら、何の日かしらね。ところで留奈もその件で話があるんだけど――

――うちのおみせにきてほしいんです

留奈

え?

その日は、自分が楓を……。
留奈は、虚を突かれたような表情だった。

留奈

ざ……

留奈

残念ね! 留奈は忙しいの。その日のアポは難しいわね

……そ、そうですか。ざんねんです

楓の提案はあまりにあっさりと却下される。

楓は何か、留奈を呼び込むための手を考えているのだろう、傍らから動くことなく、黙ってしまった。

辺りを気まずい沈黙が支配した。

留奈

……それよりも楓

一方の留奈が、少し言いにくそうに口にした。

留奈

その日、留奈の誕生日会に来てくれる?

留奈

会議室で、開催する予定なんだけど…

……それは

……ごめんなさい

すこしよていがあって、むずかしいです

留奈

な、なんで? 忙しいのかしら…?

留奈

うぅ、留奈も楓の誕生日パーティー出れなかったし…なかなか噛み合わないわね…で、でも留奈もなんとか楓にあわせるわよ、だから、どう? 来なさい?

……

楓は気まずそうに自分の服を直したり、落ち着かない様子だった。

それよりもとにかく、おみせのほうにきてください、こうかいはさせません

留奈

そ、『それよりも』って…………どういうこと! る、留奈は留奈の誕生日会に来て欲しいって言ってるの

いまならなんと、うちのお店にあるあいどるのしゃしんをプレゼントします

留奈

な、なによ! 楓だって留奈の誕生日会にきたら、うちに置いてある美味しい日本茶を持ってきてあげるんだから!!

2人とも、コミュニケーションが不器用な女の子だった。思いやっているのは伝わってくるけれど、すれ違いによって、うまく折り合いを付けることができない。

ひかり

ああ……留奈ちゃん、かえちゃん……

ひかり

どうしよう、そうだよね、すれ違うよね、私がまとめなきゃ……

少し離れた場所で、ひかりが天を仰いでいる。

とにかく、うちにきてくれたら、たのしいです、だって――

留奈

る、留奈の誕生日会に来たほうが楽しいにきまってるわ! だって――

お互いに、それ以上は言えないことがあるようで、口をつぐんだ。

留奈

……な、なによぉ

留奈は唇を噛んでうつむいている。

楓も、留奈も、友達関係が得意なタイプではない。ひかりと違って、ちょっとした友人関係のトラブルに対処することができないのだ。

お互い思惑があるからこその、ほんの少しのすれ違いのはずなのに。

ひかり

あ、あのね2人とも。2人とも、きっと何か勘違いをしてるとおもうんだ!

見かねたひかりが、2人のまえに飛び出した。

ひかりさん

留奈

ひかり…?

ひかりなら、なんとかしてくれるかもしれない。

留奈と楓も同じ気持ちだったらしい。

楓、留奈は、そろってひかりの存在に活路を見出してしまった。

楓がそっと、ひかりの手を握る。

ひかりさんは、わたしのおみせにきてくれるそうです

だからるなさんも、きてください。ひかりさんがいるから、たのしいはずです

だが、楓の口からとびだしたのは、あまりにも不器用なセリフ。

ひかり

え? か、かえちゃん

そうすると、留奈もムキになったように、ひかりの腕に巻きついた。

留奈

なっ……ひかり、ひかりは会議室に来るのよね!? 留奈の誕生日会に!

ひかりさんはこちらにきます

留奈

こっちよ!

ひかり

えっ……えっ……

ひかりの取り合いみたいになってしまっている……さすがに僕も間に入らなければ。

けれどそのタイミングで、まひろさんに肩を叩かれてしまった。

まひろ

あの、プロデューサーさん

プロデューサー

な、なにかな?

まひろ

ご、ごめんなさい。例の会社から、今、飛び込みの仕事依頼が来てしまって。電話が繋がっています

まひろ

生放送のバラエティー番組で、『GARNET PARTYの高花ひかり』をご指名で、4月3日にって……

ピンの仕事だ。

それも司会のアシスタントで。

ひかりの知名度を上げるという意味では、これまでの仕事の中でも、数少ないレベルでの大きなチャンスと言える。

プロデューサーとして、反射的に興奮をおさえきれなくなりそうだったが、すぐに現実にかえった。

プロデューサー

4月3日、だって……?

……

留奈

……


楓と留奈が、ひかりにすがりついたまま、気まずそうに視線を泳がせている。

ひかり

……あぁ、そっか

ひかり

わ、わぁ

ひかり

すごく大事な、お仕事だね

こんな気まずい状態の二人を放って、ひかりが仕事を選ぶわけが……ない。

ひかり

……よし。

一瞬だけ、彼女は何かを決意したようにみえた。

ひかり

わたし、その仕事やりたい、プロさん

プロデューサー

……なんだって?

ひかりの返答は、あまりにきっぱりとしていた。何か吹っ切れた様子でもある。

しかも。

驚いたことに、二人の手を、振り払って一歩前へと歩み出た。

プロデューサー

それは……この機会を逃すわけにはいかないし、こっちとしては絶対に受けたい仕事ではあるけど

ひかりはそれでいいのか?

言葉にならず、視線で問いかけてしまった。

正確には、ひかりと――背後にいる、楓、留奈を見てしまっていた。

ひかりはすっと息を吸い込んでから、口を開く。

ひかり

当たり前だよ! すっごいことなんだよね! 超嬉しいよ!

とびきりの笑顔を浮かべている。

プロデューサー

……

その笑顔は違うだろう、と言いたかった。

ひかりが今までアイドルをやっていて喜んでいたのは、そこだったか?

何か、他に目的があって――

プロデューサー

何を考えてる…? ひかり

ひかり

ごめんね、留奈ちゃん、かえちゃん

ひかり

……わたし、どっちにも行けなくなっちゃった。誕生日会、残念

ひかり

アイドルとしての仕事、大事だもんね、わたし、頑張るね!


それだけ言って、部屋を出ていってしまった。

2人を振り返らないで、僕の方を向いて出ていったのは。

泣き出しそうな顔を、見られたくなかったのだろう。

*  *  *

4月3日

僕は朝から、ひかりと生放送の収録現場に来ていた。

収録は午後からだけど、飛び込み依頼で打ち合わせも準備もほとんど出来ていなかった分、長丁場にはなってしまうだろう。

大きな仕事だ。もちろん今日は、ひかりにつきっきりでいるつもりだった。1度仕事に出ることを決めた以上、彼女の心に迷いを作るわけにもいかない。けれど……。

プロデューサー

……

ひかり

プロさんってば、またそんな顔してるよ

三春

フフ、いくら分かってても、隠せないものね

三春

あら、ひかりちゃん、アナタもちゃんと鏡の方向いててね?

ひかり

あ、はいっ

三春

大丈夫。ひかりちゃんには、ひかりちゃんの思うところがあるのよね?

三春さんにメイクをしてもらっているひかりは、鏡の方を向いたまま口を開く。

ひかり

……うん。あのまま私が、2人の間に立ってたら、うまくいかないと思ったんだ

ひかり

かえちゃんも、留奈ちゃんも、友達関係のことになると、いっそう不器用になっちゃって

ひかり

それで、私を頼りすぎちゃうところがあるのは、感じてた

プロデューサー

……

ひかり

頼りすぎると、自分でがんばれなくなっちゃうから

ひかり

かえちゃんにも、留奈ちゃんにも、それに気付いてほしくて

ひかり

てっへへ、何を偉そうに! って留奈ちゃんに叱られちゃいそうだけど

ひかり

でも、うん。今日は、私がいない方が絶対うまくいくんだ。色々対策も練ってきたしね

三春

友達関係って、難しいものなのよね

プロデューサー

ひかり……

ひかり

ほらプロさん、今は仕事に集中集中だよ!

ひかりの気持ちは痛いほど伝わった。

でも僕は、清々しく受け止めきれない。

留奈の為に、楓の為に、それが正しいのかもしれないけれど。

でも、ひかり自身は、それでいいのか……?

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