会議室の扉を開けた留奈は――
会議室の扉を開けた留奈は――
……え?
――唖然とした。
この場所では、昨日まで密やかに、お茶会の準備が進んでいたはずだった。
何も……ないわ。どういうこと
しかし今は、そろえた道具も衣装も、飾りつけも見当たらない。
そして、部屋の中心に、楓だけが立っていた。
……楓? どうして、ここに?
るなさんこそ、どうしてですか
る、留奈は、だって、今日ここで……
お茶会を……という言葉を、楓に向けて発することができない。
楓に誘われた時に、自分の気持ちが先行しすぎてムキになりすぎたのが、今になって恥ずかしくなる。
しかも……ひかりがいない。
わたしは、ひかりさんから…かいじょうをへんこうした、とれんらくがあって
ですが……らいぶのじゅんびがみあたらなくて
ライブ?
眉をひそめる留奈と、途方に暮れている楓。
そこに、ドアがそっと開いて、現れたのは……
やっほーやでー
ミユだった。
しかも彼女は、おもむろにウサギ耳のカチューシャを装着しだした。
ゆ、柚木? これはどういうこと? その耳はなによ?
ウサギ―
それは分かってるわよ!?
ぴょーん、ぴょーん、こっちやでー
あ、あなた何やって…!? こんなの打ち合わせと違うじゃない!
追いかけてきたでウサギ! さぁ、かく乱班、今やでウサギ!
はい! うさぎー、参ります! ぴょーん!
泉水!? ど、どっちを追いかければ……
ぴょ、ぴょーーーーん!
さ、坂上まで! 待ちなさ――
わぁああぁ!!ウサギ―!!
速いわっ!?
くっ、一体何を考えて……! いい加減に待ちなさい! 絶対にワケを聞かせてもらうわ!
白ウサギに扮したミユたちが唐突に留奈を翻弄しだして、連れだしてしまう。
……うさぎさん……?
楓もその後を追った――
* * *
ミユが入っていったのは、楓の両親の経営するレストランだった。
ミユ、こっち…!
はぁ、はぁ……ミユさん、お疲れさまです
もうあかん、いま、じぶん、しんでる
ミユさん、この程度で疲れてちゃいけませんよ!? この先もまだまだありますから元気出していきましょう! 夕日に向かってウサギーです!!
ミユの目が点になっている。
運動が苦手なのに、街中をずっとウサギのマネで逃げ回ったのだから、大したものだ。
八葉は逆に、ハイテンションになっているが。
ハァ、ハァ…。こんなところにまで連れ込んで、何のつもりよ…
ミユたちに誘導されてきた留奈と楓が中に入ってきたらしい。
店の中には――
えへへ、留奈ちゃん、ないしょのお茶会の準備、できてますよ!
おちゃかい……どういうことですか?
シークレットライブも、会場準備オッケーだよ。ほら楓、着替えに行こうか
シークレットライブ? だからそれは一体……
戸惑う二人に、唯が口を開く。
ひかりがね
ひかりが…考えてくれたんだ
お互いが、お祝いを秘密にしたいなら、同じ場所で同時にパーティをやって、お互いへのサプライズになるようにって
その為に、準備を手伝ってほしいって頼まれたんです
どちらかしかお祝いをできないなんて、哀しいから
楓ちゃんのお父さんお母さんにも、協力してもらっちゃったんだよ?
じゃあこのおちゃかいは、るなさんが……
ライブって……楓が……?
言われて、呆然とする二人が店内を見回せば。
シークレットライブの準備も、秘密のお茶会の準備も、万端に出来上がっていた。
えへへ、留奈ちゃんのお誕生日ですし、今日は、楽しんじゃいましょうね
* * *
そしてパーティーは進む。
楓のライブはかわいらしくて大盛り上がりだったし、留奈の淹れた紅茶は本格的に美味しくて、大好評だった。
楓、留奈とも、お互いがときめく仕上がりであった。
それは、ひかりがたくさん一緒に考えてくれて、手伝ってくれたおかげだ。
なんっで、なんでプロデューサーさんはいないんれすかぁ……!
不幸だよぉ不幸だよぉ…何で私ばっかりおっぱいおっぱい言われなきゃ……って聞いてますか七瀬さん!?
うぅ…もう無理
聞いてくださいよ! ウルティマプリティ*ななちぃ!
黙れ
だ、誰。あやせさんにお酒飲ませたの
紅茶にブランデーをまぜるのがおいしいらしいんや
お酌の仕方を教えていただきました!
オトナの方には、たくさん注がせていただきました!
ちょっと!? ティーロワイヤルの作り方はそんなんじゃないわよ!?
えへへ……。あ、そろそろ時間ですね!
生放送の番組をみるため、モニターをつける。
『新人アイドル、GARNETPARTYの高花ひかりちゃんです!』
『自己紹介をどうぞ』
テレビ画面に現れたひかりに、全員おおっと感嘆。
『GARNETPARTYの高花ひかりです!』
『今日は……えっと、その』
全員が画面に見入る。
期待されていたのは、いつも明るく元気なひかりであったが、今日に限っては、妙に歯切れが悪い自己紹介だった。
『る……るなちゃん……の』
一度泣きそうにうつむいて、ぱっと顔を上げたひかりは笑顔に戻っていた。
『ひかりちゃん?』
『る、るんるんしてます! すっごく!』
……
……
パーティの騒ぎのなか、主役の2人はぽかん、としたままテレビを見つめる。
……るなさん、どうしますか?
……決まってるじゃない
そうして留奈は立ち上がり、やがて楓もその後を追った。
* * *
……頑張ったね、ひかり。途中からすごく良かったよ
てっへへー
収録と打ち上げが無事に終わった頃には、もうすっかり夜だ。
やー美味しかったねプロさん! 打ち上げも盛り上がったぁ
ここぞとばかりに、たらふく肉食べちゃったよ
留奈と楓のパーティも、無事に始まったって連絡があった。2人ともまだパーティ会場にいるって千乃から連絡があったよ
……うん、良かった! 良かった良かったぁ
……てっへへ
ひかりの笑顔は、どこか空寂しい。
彼女がみんなとパーティで過ごしたかったのだろうということは、当たり前だ。
――何が良かったっていうのかしら?
え?
……ひかりさん
な、なんでこんなところに…留奈ちゃんとかえちゃんが?
途端、僕が手に持っていた端末に千乃からの連絡が入ってくる。
『ひかりさんと楓ちゃんがまだパーティ会場にいるっていうのはね?』
『うそだよ?』
千乃め……
あ、あれ? パーティーは? 夜遅いし、もうすぐ……終わっちゃうよね?
ひかりさんまちです
え?
ひかりさんをむかえにきました
ひかりさんがいなければ、いきていけません
え、ぇええ!? だ、ダメだよそんな、良くないよ。だってもうこんな時間だもん
何が? フン
1人で抜け駆けして仕事をして
パーティにも参加できない寂しい寂しいひかりを置いていくことより……
留奈は語っている最中に恥ずかしくなったのか、少しだけ顔を伏せた。
いけないことなんて、あるのかしら!?
来なさいよ。お祝いしなさいよ
……ひかりのおめでとうが欲しいのよ!
う、うぅ
仕事が一番でも、自分の為でもなく。
誰かの為に頑張ってしまうのが、ひかりらしい。
うわぁぁん……!
寂しかったよぉ……本当は、本当はみんなとパーティーしたかった!
留奈ちゃんに、おめでとうが言いたかったの……!
ひかりは、泣きじゃくりながら2人を抱き締めた。
そして、夜遅くなってしまったパーティへと歩いていく。
……あのね……
……何?
なんですか?
歩いている最中、ひかりは気まずそうに、甘えるように、2人へ呼びかける。
……えへ……あの……てっへへ……
他人のために頑張れる高花ひかりは、この日、初めて留奈と楓に向けて、きちんと笑いかけた。
それはずっとずっと、言いたかった本音。
かえちゃん、留奈ちゃん、大好きだよ!
ふたりとも、おめでとう