そこまでだった。





私は、元の図書棺の中にいた。

甘い匂いの代わりに、本と埃とインクの……慣れ親しんだ心地良い匂い。この匂いは乱れた私の心をいつも癒してくれる。





戻って来たのだ。





本の中から脱出することが出来たのだ。嬉しいのに不安になる。

コレット

物語が結末を迎えた。これで、外に出られるわよ

コレットが明るく微笑んでいる。



本の外に出ることは望みだった。だけど、図書棺から出ることは私の望みではなかった。

コレット

扉はあるから、いつでも出られるわよ

エルカ

出ないよ

コレット

………

コレットの澄んだ目が私を見ている。


私の濁った目と違って澄んだキレイな瞳。




これ以上見つめられると、私の中身が全て曝け出されるような気がして、咄嗟に目を反らした。

エルカ

ごめん、一人になりたいの。奥の部屋を借りるね

コレット

ええ、
好きにすると良いわ

エルカ

ありがとう

コレットに微笑んでお礼を言ったつもりだった。

だけど、私はもう笑うことは出来なかった。

笑い方を忘れてしまった。

気が付くとコレットの姿はなかった。







きっと、この図書棺には私しかいない。




そう望んだのは私だから。

一人になりたいと望んだのは私だから。

 思い出してしまった。

真っ赤な海に

 横たわる二人の大人。

エルカ

………

動かないそれを見る私の目に感情はなかった。




 どうして、倒れているのだろう。
 どうして、血まみれなのだろう。
 どうして、息をしていないのだろう

 浮かんだ疑問符はすぐに消えた。

 どちらでも、構わなかった。
 この二人は動かない、それだけで十分だった。

 私は持っていたナイフを床に落とす。

血まみれの海に沈んだナイフは何を刺したのだろう。

 ここは魔法の図書棺。
 人の記憶や人生が本となった、その本の棺。

 ふと、お爺様の言葉を思い出す。

――人はいずれ「本」になるのだ



 ここは私の物語の棺。私の棺。

第5章 閉ざされたエンドロール3

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