授業が終わり、お昼休みになった。

俺は弁当を持って隣のクラスへ移動する。

なーかーもーりー

中森

どうしたの?

教室に入りながら声をかければ、にこやかに反応してくれる中森つよし。

俺の求める高校生活の友達ってこういうやつだ。
ちゃんと会話が成り立つやつ。
むやみやたらと俺の悪口言わないやつ。
無視しないやつ。

しかもそれが、序列1位。
この学年の序列1位って言ったらあれだ。
こいつがカラスは白いって言ったら、カラスは今日から白いという認識にならざる負えない権力を持った人間だ。

権力だけじゃない。

こいつは学年で一番頭がよくて、一番運動ができて、顔がよくて、人望があるってことになる。
言ってみればスーパーマンだ。

俺は課題テストでこいつが理系すべて100点取った時に気持ち悪い奴だなって思った。
せめて1問くらい間違えれば人間味も出てくるというものだ。

ついでに俺は平均89点位だった。
これでも一桁なんだから上位はどういった具合に点数がひしめき合っているのかお察しってやつだ。

中森

外部生ってやっぱ新鮮だよね

中森はいつだって笑顔で話してくれる。
ちょっと物足りない気がするけど、こいつが優しいだけだってのは知ってるから俺は何にも言わない。

なにがだよ

中森

序列離れると何となくみんな疎遠になっていくからさ

言うほど離れてないだろ

中森

……この世界じゃ離れてるんだよ

そうか?

中森

そうなんだよ

入学式の時にたまたま同じ電車に乗り合わせてからの付き合いだ。

外部生と知った時はすごく複雑そうな顔をしていたが、序列が離れても普通に接しているとなんだかとてもうれしそうだった。

俺は適当に、空いていた前の席の椅子を拝借して弁当を広げる。
中森は困ったように机の上のものを片付け始めた。
勉強をやめて飯を食う気持ちになったらしい。

中森

僕は片付けたい問題があったんだけどね

そんなもん後回しだろ。
昼飯を食え

中森

いや、食べようとは思ってたけど

そうやってお前はすぐに食いっぱぐれるんだ

中森

そう何回も食いっぱぐれはしないよ

どうだかなぁ

昨日は気になる数学の問題を、昼休みを使って先生に聞きに行っていたら飯を食えなかったという。

こいつに解けない問題があるのかと、俺は驚いたけど、それが大学入試の過去問だということを知った時に、こいつは馬鹿じゃないかと思った。

なぜ、1年の5月に過去問を解いているんだ。

そして、ぽろっと口から出た。

そもそも、なんでお前はすでに大学入試の過去問を解いているんだ

中森

いやぁ、さすがに習っていないところは限界があるけど、授業で習ったところのいい復習になるんだよ。
さすがにいい問題が多い。
特に……

その話、俺は今興味ない

中森

はは、涼はほんとに自分勝手だな

振り回されることがなくなっているであろうお前のために、わざわざ振り回してやってんだ、感謝しろ

中森

はいはい、わかったよ

中森はお弁当箱を出しながら促す。

中森

で?

中森

何の用なんだ?

飯食いに来たんだよ

中森

用もなしに来ないだろ、お前

……

中森を前にするとなかなか茶番ができないなと思いつつ、俺は口を開く。

それがな

一条の話をすると中森は難しい顔になった。

中森

そうか。
そろそろ5月も半ばだし、みんなのストレスがたまってくる頃だとは思ってたんだよね

ストレス。

俺はこの言葉が引っかかった。
この学校に入学した時からひしひしと感じていたことがある。

外部から入ってきた俺だから感じることだと思うが、どうしてもこの学校はピリピリしている。

心から誰も楽しめていない気がする。
いや、楽しみ方が陰湿というか。
……少年誌というよりかは、青年誌の世界な感じがする。

俺の知っている学校っていうのはもっと、明るいはずだ。
この学校は、陰湿な空気が漂っている。

俺、思うんだけどさ

中森

うん?

この学校いじめ多すぎじゃねーか?

つよし

そりゃね。
明確に序列出ちゃうからねぇ。
誰だってお前より下だって言われてうれしい奴はいないよ

中森ですら諦めたようにそれを受け入れている。
スーパー超人的な中森ですらこの話題になると、ジメジメする。
そんな空気が心底気に入らない。

序列なんてやめればいいのにな

中森

まぁ、序列があって助けられることだってあるんだよ。
ほら、一条のこととか

??

中森

まぁ、犯人が誰かわかれば僕が直接話すんだけどねぇ

??

その必要はないわよ

俺たちの机に影が差した。
顔を上げるときれいに黄色に染めた髪の毛が目に入った。

序列……確か6位の二階堂きさらだ。
なんか前に女子で一番とか言っていた気がする。

二階堂

一条さんのことでしょ?
それならもうあたしの耳に入ってるわ

中森

さすがきさらだね。
僕だって今知ったのに

二階堂

さっ、さすがだなんて!
ほら、わ、私女子だから、その……

二階堂は犯人知ってるのか?

二階堂

知ってるも何も、ただの内輪もめよ

こいつはわかりやすく中森が好きだな、おい。

中森

内輪もめ?

二階堂

金元あや子ってわかる?
27位なんだけど

誰だ、それ?

中森

27位……確かスポーツが得意な女の子だよね

二階堂

得意というか、好きって感じよ。
その子で合ってるわ、さすがつよしね

中森

でもその子って確か東宮さんと仲のいい子だよね?

二階堂

だから、内輪もめなのよ

??

俺と中森は顔を見合わせた。
二階堂は呆れた顔をして、近くにあった机に腰掛ける。

行儀悪いぞ、二階堂。
仮にも好きな男の見てる前でやっちゃだめだぞ。
意外と男ってそういうところ見てるんだぞ。

中森

もしかして、女子特有の嫉妬ってやつかな?

二階堂は毛先を指でくるくるさせながら肯定した。

二階堂

そ。
うずきに聞いたんだけどね。
金元さん東宮さんとは中学からの付き合いらしいの

中森

高校に入って東宮さんに仲のいい子ができて嫉妬したって感じかな

二階堂

そんなとこよ。
同じグループでも間宮さんはあんまりそういうの気にしないタイプみたいだし、ストレスたまっちゃった感じ

やれやれと二階堂は言う。
それを聞いて中森は、にこやかに笑った。

中森

じゃあ、その件は僕が動かなくてもいいみたいだね

二階堂

そうね、東宮さんにそれとなく言ったら三村さんからすでに報告受けてたみたい。
笑ってたわ

その言葉でこの話は終わったみたいな空気が流れた。

俺はそんな一仕事終えたぜ、的な二人を見て言った。

俺全然、名前ついていけないんだけど

中森

……

二階堂

……

確かに1か月あったけど、1か月でそんな学年全員の名前とか覚えられるわけねーだろ。

170人いるんだぞ。
毎日友達作っても追いつかねーよ。

中森の笑顔はそのままだったけど、二階堂の顔がものすごいゴミを見るような目になった。
どうしてだろう。
女子ってこういう男子にダメージ与える視線うまいよね。
そういう特殊能力っていうの?もってるよね。

な、なんだよ

二階堂

つよし、なんでこんなバカな男を近くにおいてるのよ

二階堂

絶対あとから面倒なことになるわよ

中森

きさらはほんとに厳しいなぁ

なんだよ、気分わりぃな

二階堂

あのね、あなた外部生だから知らないのも仕方ないけど。
この学校っていうか序列の世界では、知っておくべき人間っていうのがいるのよ

知っておくべき人間?

どうやら中森つよしと二階堂きさらによる、知っておくべき人間講座が始まるようだ。

俺は飯を食いながら聞くことにした。

中森

まずは僕たち上位の人間。
大体10位くらいまで覚えておけば大丈夫

二階堂

次に覚えておくべき人間は序列役員

中森

役員は一クラス一人ずつだから簡単に覚えられるよ。
6人だからね

俺だって少しは覚えてるぜ

1位はお前、中森つよし、9位は俺で金島涼。
6位は二階堂きさら

二階堂

せめて私の友達の鞍橋ことみ8位も覚えておきなさいよ

中森

あと女子つながりで7位の東宮みや子さんもね

待て待て、えっと……

1位が中森で、6位が二階堂で、7位が東宮さん?で、8位が鞍橋さん?

中森

あってるよ

二階堂

で、大体上位陣っていうのは役員ともつながりがあるのよ

中森

僕はきさらに頼りっきりだからつながりないけどね

二階堂

つながりなんかなくたって、つよしはみんなから頼られて相談されるから役員の諜報戦なんていらないのよ。
やっぱりさすがだわ、素敵だわ

……で、お前のお抱えがさっきのうずきってやつ?

二階堂

そうよ。
四崎うずき、21位

三村ってのは、東宮さんって子のお抱えなのか?

二階堂

東宮さんは基本的には、自分の友達に危害がおよばないかぎりは日和見主義だから違うわ

じゃあ、三村は何者なんだ

二階堂

三村さんは一条さんのお友達よ

一条というと、あのまったくコミュニケーションが取れない一条か。

俺の隣の席の一条か。

そんな視線を二人に送れば頷かれる。

……俺は、あいつがその三村さんとやらと話しているのを見たことがないんだが

中森

この1か月は三村さん役員で忙しそうだったからねぇ

二階堂

その割に、一条さんが受けたものをものすごい速さで東宮さんに言いつけるあたり、一条さんのこと大好きよねぇ

ちなみに三村さんって、何位なんだ?

二階堂

18位

微妙な位置だな

中森

役員としてはそんなもんじゃない?

ふーん

で、どうしてそれを覚えておかなきゃいけないんだ?

中森

君は違ったかもしれないけど、序列世界だと最初の1か月が重要なんだ

あのみんながピリピリしてた4月か

中森

そう。
新学期って今まで違う場所でトップを張っていた人たちが一堂に会するわけだよ

二階堂

そうね、ここは一応進学校だからね

中森

そうなると、みんな今までのポジションを守ろうとする

二階堂

ポジションを守りたければ自分の周りの人の順位を知ることってすごく大切なの

中森

出し抜かれないようにもできるしね

……おれ、特に何もしなかったけど

二階堂

私はなんでこんなバカが9位に滑り込んでるのかはなはだ理解できないわ

中森

涼は勉強ができてスポーツも並み以上だったんだ。
顔だってほら、悪くないだろ

二階堂

序列ってやっぱりわかりやすく勉強に比重が行くのよね。
そのあとに運動。
だから女子が上にいきづらい

二階堂

つらい世界だわ

中森

女子が冷遇されないように僕も頑張るよ

二階堂

うちの学年は、つよしがいるから安心

二階堂

……でも、去年の悲劇を知らないわけじゃないからやっぱり思うところはあるわよ

二階堂

まぁ、つよしは完璧だから大丈夫だと思ってるけどね!

去年の?

再び俺の知らないこと出てきた。

いやぁ、5月になってもまだまだ知らないことがたくさんあって、いいね。
人間は学んでいく生き物だと本当に思うよ。

ちょっと二階堂は俺に当たりが激しいと思うけど。

二階堂

あっきれた!
あなた知らないの?

俺ほら、外部生だから

二階堂

免罪符に使ってんじゃないわよ

二階堂

まったくもう

二階堂

あのね、去年の事件ていうのはね

二階堂

去年4月、5月に序列関係で先輩たちはごたついたの。
当時2位だった女の先輩に不正の疑惑がかかって、誤解から最下位にまで引きずり降ろされて、いじめが横行したの

1位って止めるもんじゃないのか?
俺のイメージだと一位って中森みたいなやつだろ。
品行方正、眉目秀麗、スーパー超人

中森

君の僕の印象そんな感じなんだ

少しだけ中森が嬉しそうな顔になった。
何となく俺は照れた。

その流れをぶった切るように二階堂は話を続けた。

二階堂

それが事件をややこしくしてるんだけどね、1位の人と2位の人って恋人関係だったの。
1位の人は2位の人をはめた人をこの人は……

なぁ、名前で言ってもらていいか?
数字がややこしくてまったく話に感情移入できない

二階堂

あんたってホントに馬鹿ね!

えー、むしろお前も最後の方混乱してたじゃん。
明らかに変なことになってたよ?絶対。

二階堂

1位が児玉先輩、2位が松崎先輩。
これは今年も変わらずよ。
松崎先輩は序列説明会で説明してくれた人。
児玉先輩は後ろで見てた人。
で、はめた人が南波先輩。
南波先輩は現在不登校、たまに保健室に遊びに来る。
以上、この登場人物だけ今は覚えて

任せろ。
3人だな

二階堂

で、話を戻すわよ。
南波先輩は、当時恋仲だった児玉先輩と松崎先輩の仲を利用して、松崎先輩をはめた。
南波先輩は学年全体を使って松崎先輩をいじめることで自分の権力を確かなものにしようとした。
児玉先輩はこの時精神おかしくて何にも出来なくて見てるだけだったわ

中森

僕は聞いただけだけど、なんか恋愛関係もめちゃくちゃになってたみたいだね

二階堂

ええ、序列に恋が絡んでもうめちゃくちゃ。
松崎先輩はなんか暴力も受けてたみたいだけど、最後は2人の退学者を出して、松崎先輩が南波先輩を窓から突き落としていじめは終結

中森

ちょっと結末違うでしょ。
松崎先輩が見てる前で南波先輩が自殺を試みたんだよ

二階堂

そ、そうなの?
私の情報じゃぁ……でも、つよしが言うならそうよね!
私が間違ってたわ!

中森

あとでちゃんと確認してみてね

は?
松崎せんぱいじゃないの?

中森

なにが?

自殺しようとした方

中森

ううん。
僕が聞いた話だと、松崎先輩に悪事がばらされて、ヒステリー起こしたみたいだよ

中森

それで、当てつけに自殺を試みたんだって

二階堂

誰への当てつけ?

中森

僕はその辺先輩から詳しく聞いてないんだ。
ただ、松崎先輩が言うには、あの自殺未遂は逃げとかじゃなくて、ただの八つ当たりらしい

1個上の先輩って頭おかしいんじゃねーの?

中森

あはは、南波先輩が若干おかしかっただけだよ

中森はカラカラと笑うけれど、俺は戦慄した。

いや、なにがって、そんな異常な事態が横行していること。
それをこいつらが衝撃は受けたけど、ままある問題として受け止めていること。

俺が外部生だからこそ感じるこの寒気のする感覚は、ここにいるやつらにはないのかもしれない。

二階堂

その事件を聞いてね、私ほんとうに怖かったの

二階堂

児玉先輩っていえば、小学校、中学校で1位を守り続けていたとっても素敵な先輩よ

二階堂

なのに、あんな間違いをするんだから

中森

僕は間違わないために、ちゃんと周りの話を聞いてるよ

二階堂

そうね、でも、やっぱり序列の世界は恐ろしいって私は思ったのよ

二階堂のいう恐ろしさも、俺からすれば若干ずれている。

そんな気がする。
序列を肯定したうえで怖いという。

俺にはやっぱりわからない感覚だった。

俺は外部生だからこの制度は初めから違和感あるけどな

中森

うん。
確かに歪んでるかもしれないけど、でも、やっぱり

中森

僕はこの制度があって、守っていけるものあると思うんだ

中森

だから、僕は一概にこの制度が悪とは言えないねぇ

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