悠美

変な感じね

泰明

そうだな

まだ少しだけ肌寒い季節。

ブレザーを着た俺たちは校舎の片隅で肩を並べていた。

悠美

私、あなたには申し訳ないことしたと思ってるの

泰明

卒業間際に言われてもなぁ

悠美

何よ。
あなたも針の筵だったかもしれないけど、私だって結構つらかったのよ

泰明

自業自得じゃねーか

悠美

それをいったらあなただって

泰明

俺は友達ゼロだった

悠美

それは申し訳ないわね。
私には碧がいてくれた

少しだけ胸を張る悠美は、俺が出会った時より何倍もいい顔をしていた。

本当の自分というか、演技をしなくなった悠美は正直どこにでもいる程度の女だったが、無理をしていない分、自然な美しさがあった。

泰明

碧といえば、あいつは大学進学しないのか

悠美

ええ。
もともと服飾の専門に行きたかった子だもの

泰明

そうなのか

泰明

お前は保険医になりたいんだっけ?

悠美

笑ってんじゃないわよ

悠美はバツが悪そうに言った。

俺は別に笑ったつもりはなかったが、あの悠美がと思うと表情もにやけてしまったのかもしれない。

泰明

人を傷つけるだけ傷つけた人間とは思えないよな

悠美

虫がいいのはわかってるけど、償っていきたいのよ

ある日突然登校を再開した悠美は、強い風にさらされ続けた。

それでも、毎日休まずに学校に来たのは、償いのためだった。

悠美

罵声を浴びせたいなら、浴びせればいいわ

悠美

石を投げたいなら投げればいい

悠美

私は逃げないって決めたの

泰明

そっか

常にトップを走っていた悠美は、やはり強さを兼ね備えていた。

きっともう、その強さを間違って使うことはないのだろう。

悠美の強い決意に俺は目がくらむ。

悠美

あなたは?

泰明

俺はこの3年まったく変わってないからな

悠美

は?

泰明

大学いってモラトリアムしてくる

悠美

ほんと、成長がないんだから

泰明

……俺さ

悠美

なに?

泰明

これから大学とか行って、序列がない世界に放りだされるだろ

悠美

そうね

泰明

序列ってなんだったんだろうな

悠美

なんだったんだろうなって思える身分になれたことを今は素直に喜ぶべきじゃない?

泰明

…まぁ、な

悠美

……

泰明

……

悠美

絢香ちゃんはもういいの?

泰明

俺はもう、千裕には勝てないし、そんな資格もない

悠美

そう

泰明

それに、俺の恋は終わったんだ

悠美

……

泰明

お前のせいじゃない。
お前が俺に教えてくれたんだ

悠美

……?

泰明

俺があいつにひどいことをしてた9年間を

泰明

あいつにもたれかかって、自分で立つことがなかった9年間

悠美

女はそれでもうれしいものよ

泰明

でも、それって対等じゃない。
きっと俺は、悠美がいなくても絢香を傷つけて終わってたよ

悠美

あんたも大人になったのねぇ

泰明

あきらめたともいうけどな

悠美

2年間謝り続けたっていうすごい実績はできたじゃない

泰明

今後どんな恋をしても、俺は謝罪だけは一流だと思う

悠美

やだ。
そんな男

泰明

……

悠美

……

さわさわと風が吹く。

服の隙間から入ってくる風はほんと少しだけ、体温を奪っていく。

泰明

卒業だな

悠美

ええ

泰明

入学した時、まさか俺たちが卒業式に誰ともつるまずに学校の隅にいるなんて考えたか?

悠美

まさか

泰明

だれとも分かち合えないな

悠美

あら、心外。
あたしには碧がいるわ

泰明

そっか

その碧はいま、絢香たちのもとへ行っている。

みんなで記念撮影をするそうだ。

悠美が気にせず行って来てと言っているのを聞いていた。

悠美

……いま、私が祝ってあげてるじゃない

泰明

へ?

悠美

2年間、よくその場所に一人で立っていたわね。
えらいわ。
よく頑張った

泰明

……

俺が隣にあった手に少し触れれば、優しく握り返すものだから。

なんだか目の前が霞んで、下を向いた。

悠美は静かにしゃべり続ける。

悠美

半分は私のせいだけど、あなたはほんとに、えらかった。
逃げないあなたは誇っていいわ

悠美

……やってしまった過ちは、心の傷はなかなか治せない。
でもあなた、しっかり悔いたじゃない。
向こうが恨む分には仕方がないわ。
でも、悔いたあなたを、反省したあなたを、あなた自身はあたしが認めてあげる

悠美

えらかったわよ

これから、俺は一人で生きていかなくてはいけない。

最後に甘えた右手を少し強く握って、そして、手を離した。

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