痛い。
 
ただただそれしかあたしはわからなかった。
 
体中、本当に全部、殴られた。
 
顔は確かに殴られなかったけど、別に頭部を殴らないってわけじゃなかったみたいで、頭はかなり殴られた。
 
血も出たけど、気色悪いことに、顔に流れてきた血はすべてきれいなタオルでふき取られた。マジでキモイ、死ね。
 
それから胴体はほぼほぼ殴られた。
 
痛い、死ね。
 
そうこうしていると、殴り飽きたのか、男は一度手を洗いに行った。
 
なんの儀式だ。

馬鹿かよ。
 

変なお兄さん

絢香ちゃん、まだ生きてる

絢香

……

息をするだけでも体のどこかが痛かった。
 
しゃべれるわけない。
 
久々に感じるマジのボコられ方に、ああ、これは救急車かしらと、回らない頭が変に回転した。

変なお兄さん

とりあえず、絢香ちゃんの意識が俺への恐怖に染まる前に一本腕折ろうと思うんだけど、どっちがいい?
俺的には、左からやって、最後に右手なんだけど

絢香

どっちでも、いいわよ、くそ野郎

変なお兄さん

おお、元気元気

変なお兄さん

じゃあ、左手からいっきマース

あたしの手に手が添えられるのを見て、どうしようもない絶望が漂う。
 
その時、ドアが激しく叩かれる音がした。
 
誰かが見つけてくれたのかな?

そんな淡い期待があたしの中を駆け巡った。

千裕

絢香!

千裕

いるんだろ!?絢香!

絢香

千裕?

千裕が呼んでる。
 
助けに来てくれたことがうれしかったけど、千裕こんなの見たらキレそうだよね。
 
幸いにも口は封じられてないから、しゃべれる。

変なお兄さん

邪魔者来ちゃったね

絢香

ざ、んねん、だったわね

変なお兄さん

まぁ、とりあえず、一本いこうか

絢香

え?

徐々に、腕に力が加えられていく。
 
ミシミシと骨が嫌な音を立て始めて。
 
いや、痛い、やめて、やめて、やめて。
助けて。痛いやめて、助けて、ヤダ。それ以上曲がらない。
 
にやつく男の瞳にはくっきりと恐怖に顔を歪めたあたしが写っていた。
 
ドアを叩く音が止まった。
 

痛い。やめて。誰か助けて。

絢香

ちひろ……

小さく漏れ出た言葉は、大好きなはずの人の名前じゃなかった。

絢香

千裕助けて!

瞬間、焼けるような痛みが走った。

絢香

あ、あああああああああ!

ドアが破壊された音と、誰かが誰かを殴る鈍い音が聞こえた。
 
そのあと、優しいぬくもりに包まれて、あたしはそこで、意識を手放した。

目が覚めた時は、病院のベットの上だった。
 
全治2か月。
 
そうお医者さんに言われた。

当たり前だけど、親にも連絡が行って、それはそれはたいそう叱られた。
 
でも、そんなことより千裕がそばにいないことがあたしは気がかりだった。
 
どこにいったんだろう。
 
絶対、目が覚めたらそばにいてくれると思ってたんだけど。
 
誰に聞いても、千裕の行方は教えてくれなかった。
 
助けてくれたお礼はメールで打ったけど、返信は来なかった。

61時間目:痛みへの恐怖

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