頭痛が痛い、そんなレベルの頭痛が襲ってきたのは国語の授業中だった。
 
先生に一言言って、保健室へ向かう。
 

千裕がついてきてくれようとしたけど、教室の荷物が心配だったから残ってもらった。
 
保健室に行くと先生がちょうど出かけるところで、中で休むのだけ許可を貰った。
 
中に入ってベットに横になってつぶやく

絢香

あー、この前の美術室のが意外と精神的に来てるのかなぁ?

泰明

そうなんじゃね?

絢香

そっか。
確かに、2日連続刃物はねぇ

泰明

精神的に来るよな

絢香

……

泰明

なんだよ

絢香

なんだよじゃないわよ、なんであんたがまたここにいるのよ

勝手に人の会話に入ってきていたのは泰明で。
 
カーテン越しに二人で話す。

なぜ泰明とあたしは保健室でばったり会うことが多いのかな。
 
ああ、二人とも手を抜くタイミングは同じなのか。

なるほど、理解した。

泰明

この前、俺の彼女、お前に刺されたって

絢香

違うわよ

泰明

知ってる

絢香

!?

泰明

ついでに悠美が俺のこと好きじゃないのも知ってる

絢香

!?

泰明

……お前が、不正してないかもっていうのも、ほんとは気が付いてる

絢香

!?

今こいつ、なんていった?

泰明

……めっちゃ空気に出てるけど、お前が聞いた通りだよ

絢香

……悪い冗談?
悠美に言えって言われたの?

泰明

……この前、蓮さんによく考えろって言われて、絢香はそんなことする人間かって

泰明

おれ、最初よく分かんなかった。
絢香を守ってるのは俺で、絢香に守られてるって思ったことなかった

泰明

……

泰明

俺が、間違わなかったのは、絢香が邪魔なものを全部どけてくれたからなんだって

淡々と、ただ淡々と声は聞こえてきた。
 
そこにある感情が何なのかなんて、あたしはくみ取れなくて、黙って聞いているしかなかった。

泰明

ほんとは、気が付いてた

絢香

ならなんで

泰明

俺、一位だから

泰明

だから、おれ、自分が言った責任とらなきゃならない

責任って、どういうことだろう。
 
隣のベットがあるであろうカーテンの向こう側を、見えるわけもないのに、見つめる。

絢香

……

泰明

絢香に上位を譲った千裕がいてさ、俺に上位を譲った絢香がいてさ。
俺はそんなやさしい世界に生きてたんだ

泰明

ほんとは、千裕が一位なんだって、気が付いてる

泰明

俺が一位でいられるのは、千裕が絢香に譲ってるからって

泰明

その絢香が上位を俺に譲れば、俺は一位なんだって

泰明

短距離で千裕に勝っても、勉強で絢香に勝っても、人気も人望もお前らの方が上だってほんとは知ってた

泰明

気が付かないふりしてただけなんだ

彼は今、どんな顔をしているのだろう。
 
彼は今、どんな気持ちをしているのだろう。
 

私が傷つけた。
 

これは、たぶん傷ついている感情だ。
 
負けず嫌いの彼が、勝利を二人から譲られていたなんて知ったら、それは傷つく。
 
寝ていた体を起こす。

絢香

ね、ねぇ泰明、違うのよ。
私はほんとにあなたにはかなわないって思って

泰明

俺は、絢香にかなわないって思うし、千裕にかなわないって思う

絢香

それは私だって……

泰明

蓮さんを見てみろよ、一位ってほんとはああならなきゃいけないんだと思う

泰明

誰か俺に勝てるか?って

泰明

勝てるもんなら来てみろよって

泰明

俺は言えない。
俺は勝てない

泰明

中学まではそんなこと思ってなかった

泰明

なんでだと思う?

泰明は聞いてきた。
 
カーテン越しで彼の気持ちが表情から読み取れない。
 
あたしはなんて答えていいのか、全く分からなかった。

泰明

俺、汚い世界を見たことなかったんだ

泰明

お前に守られて、お前を守ってる千裕に間接的に守られて

泰明

それって、すごく、むなしいんだな

違う。
 
確かに、あたしはこの人を傷つけるっていったけど、こんな風に傷つけたかったんじゃない。
 
あの自信家で頼りになる彼の声をこんなに細らせたかったわけじゃない。
 


……というか、そこじゃない。
 
そう、問題はそこじゃない。
 
待って、あたし。
 


今何かこの流れでフワッと、流されそうになったけど、違うよね。
 
重要なのはそこじゃないよね。
 
こいつ、なんかさっき、あたしの不正がどうとかって。

泰明

絢香

絢香

何よ

泰明

……俺、自分で考える

絢香

はぁ?

泰明

どうしたらいいのか、自分一人で考える

絢香

もしかして

泰明

……お、俺、自分で考えてどうにかしたいから、もう少しいじめにあっててください!

絢香

……

泰明

……

絢香

……

泰明

……あ、絢香?

立ち上がって勢いよく、カーテンを開く。
 
次に泰明が寝ているであろうカーテンを開く。
 
訂正、開いたカーテンの向こうでは、上体を起こして座っていた泰明がいた。

絢香

あたしはあんたのお母さんじゃないんだから!何がいじめられててくださいよ!
どこまであたしを犠牲にすんのよ!
そこまで言ったら、さっさと何とかしなさいよ!
なんであたしがこんな目に会い続けなきゃいけないのよ!
意味わかんない!意味わかんない!!

泰明

いや、絢香さん、俺、だから、絢香のこと傷つけてごめんってことがいいたくて

絢香

あたしはあんたなんかに傷つけられないわよ!

絢香

あたしも!千裕も!拓也も!匠も!

絢香

ついでに、牧も、和博も!

絢香

あんたたちごときに、あんたなんかに傷つけられるもんか!

絢香

勝手に、あたしを傷つけた気でいるな!

絢香

あたしは、あんたに傷つけられない!

絢香

誰にも傷つけられない!

泰明

は、はい

絢香

わかったら、さっさと行動に移す!

絢香

あーもう、頭痛くて来たのに、もっと頭痛くなったわ

絢香

悠美とのことは、あたしと悠美の問題

絢香

あんたは出てくんな

泰明

はい

絢香

よし、じゃあ、あたし教室戻る

絢香

馬鹿らしい

絢香

あんたに付き合ってた自分がばからしい

保健室を出る時に振り返ればしょぼくれた犬みたいな泰明がいた。
 
その姿にため息がでる。

絢香

一人だけ悲劇ぶらないでよね。
私たち全員が悲劇なんだから

ぴしゃりと閉めたドアの向こうで、誰かがベッドに倒れこむ気配がした。
 
もう、彼氏でも、友人でもなくなった彼にはこれくらいがちょうどいいさじ加減だろう。

58時間目:傷つけられない

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