授業中、隣から小さな紙が飛んで来た。

紙を手に取って開くと、千裕からだった。




“髪の毛、大丈夫?”
“大丈夫。覚悟を決めただけ”
“切らせちゃってごめん”
“なんであんたが謝るのよ”
“だって、守れなかった”




数回やり取りをして、その言葉であたしの手が止まった。




守ってくれてたよ。
ずっと、そばにいてくれて、あの時だって助けに来てくれた。
千裕は全然謝る必要ないよ。
こうやって、今でもそばにいる。
それだけで、あたしはすごく強くなれるんだよ。

 

いったん書いて恥ずかしくてポケットにしまった。
 
そもそも、隣の席が千裕になったのだって、みんなが離れてしまって、独りぼっちになりそうなとき、隣の席の子を脅して、ついでに先生にまで話を付けて移動してきてくれた。
 
そこまでしてくれてるのに、これ以上何を願うっていうの?
 
隣の席を見れば、千裕は止まったメモ用紙が入っているポケットを見ていた。
 
トントンと机を叩けば、視線を合わせてくる。
 
口パクで伝える。

絢香

ありがとう

自然にこぼれた笑顔に、千裕は戸惑った顔をしたけど、どういたしましてと、返してくれた。

授業が終わり、悠美を見れば、携帯に何かを打ち込んでいた。

ついであたしの携帯が振動する。

悠美

美術室に来て

次の移動教室の場所だった。

確かに早めに行けば話せるかと、あたしが腰を浮かすと千裕が慌てる。

絢香

大丈夫。
話すだけだから、あとから来て

そういって先に美術室に行くと、悠美はすでに美術室の中にいた。

この前みたいなことはさせない。

そう思って、悠美とは一定の距離をとった。

絢香

悠美

悠美

遅いよぉ。
絢香ちゃん

かわいらしく微笑む悠美に、あたしは嫌悪感を抱く。

絢香

私ね、悠美にいいたいことがあるの

悠美

その前に、一つだけいいかなぁ?

絢香

どうぞ?

悠美

悠美のお友達に何変なことしてるのかなぁ?

絢香

なんのこと?

悠美

もう、やだなぁ?
とぼけちゃってぇ

悠美

碧に何変なこと吹き込んでるのぉ?

絢香

どちらかというと碧ちゃんから持ちかけられた話だけど

悠美

ふふ、碧はそういうことしない子だったはずなのになぁ

絢香

あなたの行動が目に余ったんじゃない?

悠美

そう、そういうことぉ?

絢香

本人に直接聞きなさいよ

悠美

えー?
碧に仕掛けた盗聴器から、悠美を打ち負かせってお話が聞こえてきたけどぉ、それって本当ぉ?
って聞くのぉ?
わぁ、悪趣味ぃ

絢香

やっぱり聞いてたのね

悠美

聞いてないわけないじゃなぁい?

絢香

じゃあ、あの子の気持ちを分かってるんでしょ?

悠美

それでも、悠美はやめないよぉ?

絢香

どうしてそこまで高位にこだわるのよ

悠美

泰明が教えてくれたのぉ。
守りたい奴がいるなら何を捨ててでもそいつを守れってぇ

絢香

それ…

悠美

うふふー

悠美

絢香ちゃんもぉ、よく知ってるでしょぉ?

悠美

だから悠美はここから何があってどかないよぉ?

悠美

碧を守れるのはぁ、悠美だけだからぁ

悠美

それに碧はわかってるはずぅ。
悠美が頑固だってぇ

そういうと悠美はポケットに手を入れておもむろにカッターを取り出した。
 
……最近、カッターに縁がある気がする。

悠美

そんなに青ざめなくても悠美は誰かを傷つけることはしないよぉ

悠美

それは犯罪だもん

絢香

じゃあ、なんに使うのよ

悠美

ふふ、知ってるぅ?
この部屋ねぇ、今ぁ、カメラ動いてないんだよぉ?

絢香

え?

悠美

っ、やめて!絢香ちゃん、落ち着いてぇ!!

あたしが何か言う前に悠美は右手をカッターで思い切り切りつけた。

悠美

い、たぁ、きゃああああああ!

悠美!?

移動教室で移動してきた面々が教室へ流れてくる。
 
そこには千裕も混じっていて、教室の中を見て驚いたようにあたしに駆けつけてくれる。
 
こんな状況でもあたしが手を出したわけじゃないって信じてくれる。
 
それだけで、あたしは怖いものなんてなかった。

悠美

ち、違うのぉ、悠美がそのぉ、カッター落としちゃってぇ

紫穂

自分で落としたらこんなとこ怪我しないでしょ!?

紫穂

絢香ちゃん、また悠美に手を出したの!?

カッターはぁ、やり過ぎっていうかぁ?
悠美ぃ、保健室いこぉ?

悠美

違うの!
絢香ちゃんはやってないのぉ

取り巻き達が悠美に近づいて怒涛の連携会話攻撃を仕掛けてくる。

絢香

ええ、やってないわ

ふざけんなよ!

紫穂

じゃあ、悠美が自分でやったっていうの!?
それこそありえない!

……悠美とはぁ、ずっと一緒にいるけどぉ、そんな趣味はぁ、今までなかったよぉ

ほら!やっぱりお前だろ!?

絢香

何と言われてもやってないものはやってないわ

絢香

それに、血がたくさんでてるから、早く保健室に連れてってあげなさいよ。
傷になっちゃうわよ

言われなくても連れてくってーの

あたし血とか拭いてから行くねぇ

紫穂

そうして。
でも、碧がいてあげた方が悠美は落ち着くと思うからなるべく早く来てね

うん

3人が保健室に行ってから千裕があたしの手を握ってくれた。
 
握られて初めて自分が拳を握りしめていたのが分かって、千裕を見上げる。

千裕

昨日の今日だから、刃物でびっくりしたんだよ

絢香

情けないな……

千裕

こんなことになれるな

絢香

うん

千裕

みんなになんか言うの?
視線すごいけど

絢香

言わない。
直接行って来れない人の相手なんてしない

刺さるような、一歩間違えれば憎しみのような視線を無関係のクラスメイトから受ける。 
 
気にすることもなく碧ちゃんに視線を送れば、気にした素振りもなくさっさと床を掃除して保健室へ向かった。
 
碧ちゃんは本当に悠美のそばから離れるつもりはないみたいだった。

56時間目:美術室の事件

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