ざわつく教室のドアをあたしが開けると、教室の中は一瞬静かになった。
 
息をのんだ心配そうな視線をいくつか感じつつ、意地悪な視線も肌に突き刺さった。

絢香

……

毛先にまとわりつくような視線を感じる。

遅刻してきたことを心配していた千裕が足早に近づいてきた。

千裕

机、見ない方がいい

なんて書いてあるかはわからないけど、きっと昨日のことなんだろう。

消せなかったってことは、掘ってあるんだろうし、あんなに電話くれてたのは、それを知らせたいってのもあったのだろうか。
 
あたしはその言葉より、下柳さんの視線がとても気になった。
 
後悔と、罪悪感と、あたしを心配してくれている。
 
それだけはわかった。

絢香

大丈夫。
昨日はただ告白されていただけだもの

千裕

……でも

絢香

ただ告白されてただけなのに、何を心配してるの?

千裕

……

下柳さんにも見えるように笑う。
 
悠美にも見えるように笑ってやった。
 
昨日のこと、あたしは全然気にしてない。
 
そういうただの強がり。
 
それでも、下柳さんが小さく息を吐くのが分かった。
 
人の純情弄んで、悠美のこと、やっぱり許せない。

黒田くん

松崎さー、昨日何があったかみんなもう知ってるぜ?

千裕

あ?

黒田くん

お前には、言ってねーよ、松崎に俺は話してんだよ

一歩前に出そうになる千裕を押しとどめて、あたしが黒田君に近づく。

絢香

なんのことかしら?

黒田くん

強がってんじゃーねよ。
どうせそれが理由で髪切ったんだろ?

絢香

私が髪を切ろうが、伸ばそうが、あなたには関係のないことでしょう?

黒田くん

強がり方が痛いよな、お前

絢香

すぐに女の子に突っかかってくる。
あなたは相当ダサいわよ?

黒田くん

はぁ?

煽れば頭に来たのか、黒田君が手を出そうとするけど、それは千裕が許さなかった。
 
千裕に突き飛ばされて地面とこんにちはしてる黒田君に微笑みかける。

絢香

あなたは一体何の権限があって私を傷つけようとしているの?

絢香

私が何かしたのなら謝るけれど、私、何もしてないわよね?

黒田くん

悠美をいじめてただろ?

絢香

証拠が全くなかったでしょ?

証拠は

絢香

今、私は黒田君と話しているの。
翠ちゃんは出てこないで

少しだけ語気を強めれば、途端に静かになる翠ちゃん。
 
悠美を少しだけ盗み見れば、ただクラスのごたごたをハラハラしながら見ているだけだった。
 
これには、悠美は加わる気はないみたい。

絢香

で?黒田君は、一体私の何に、腹を立てているのかしら

黒田くん

ムカつくんだよ

絢香

理由は?

黒田くん

は?

絢香

子供じゃないんだから、理由を言いなさいよ

絢香

それじゃただの駄々っ子と同じよ?
もう高校生でしょ?

黒田くん

だから、悠美をいじめて

絢香

あなたがその現場を見たの?

黒田くん

み、見てないけど

絢香

じゃあ、もし、私がいじめてなかったら、あなたはどう謝罪してくれるのかしら?

黒田くん

ま、紛らわしいことしたお前だって悪いだろ!?

絢香

私は否定を続けていたけれど

黒田くん

……

絢香

……ねぇ、黒田君

絢香

いじめを働いてるって、あなたのお父様が知ったらどう思うかしら

黒田君の顔が一瞬にして歪む。

黒田くん

お、親父は関係ねぇだろ

絢香

関係あるわ?
私、お父様と知り合いだもの

黒田くん

はぁ?
どこで知り合うっていうだよ

絢香

私が昔、不良だったのみんな知ってるでしょ

黒田くん

ああ、だからお前は暴力で悠美を

絢香

その時にあなたのお父様にすごくお世話になってね、たまに職場に遊びに行っているのよ

黒田くん

おれ、そんな話聞いたことない……

絢香

切り札は隠しておくものでしょう?

黒田くん

だ、だけど

絢香

告げ口なんてしないわ。
あなたが私に手を出すことさえやめてくれれば

黒田くん

そ、それは

絢香

女に負けるのがそんなにプライドを傷つけるかしら?

黒田くん

……

絢香

自分の間違いや自分の非を認めることができないようじゃ、私に勝てるはずないわ

黒田くん

……

悠美

絢香ちゃん……、黒田君泣いちゃいそうだから、もう、やめてあげてぇ?

黒田君が黙りこくってしまった時に、悠美が口を開いた。
 
よし、釣れた。

絢香

悠美もそろそろ……

予鈴が鳴り響く。
 
成り行きを見ていた人たちもぞろぞろと席に戻っていく。
 
悠美は黒田君を回収しに来ていた。
 
時計を見れば確かに、あたしが話していた時間は長かったたけど、悠美が話しかけたタイミングも絶妙だった。
 
時間の読み負け。

悠美

絢香ちゃん。
悠美にもお話ありそうだったよねぇ。
次の休み時間、少しだけお話しようかぁ?

絢香

ええ。
お願いするわ

 遠くから悠美に話しかけられて、答える。

 あたしはもう、悠美を対等以上に見ている。

55時間目:先に手を出したのは

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