腕の中で泣く碧ちゃんに困惑しつつも、あたしはとりあえず背中を撫でて落ち着かせようとする。

さっきの先輩の口ぶりからすると、たぶんここには何にも仕掛けられてない。
 
嗚咽が収まってきた碧ちゃんに、あたしは声をかける。

絢香

ありきたりで申し訳ないけど、大丈夫?

未だぐずぐずと泣いている碧ちゃんにどうしたものかと首をかしげる。
 
というか、いまいち状況が把握できてない。
 
この子悠美派じゃなかったの?
 
少しだけ促すように体を離すと意外とすんなり顔を上げてくれた。
 
目は真っ赤だし、鼻水も出てるけど、涙はだいぶ収まったみたい。
 
近くに放り投げられている鞄からティッシュを取り出して、碧ちゃんに渡すと、おとなしく鼻水を拭いた。

ごめんね

絢香

それは一体どれに対する謝罪なの?

そんな状況なのに突然泣きついてごめんね

絢香

あ、それか。
ほんとよ。
私が泣けないじゃない

ごめん

そうして、再び沈黙。
 
さっき碧ちゃんにもらった袋からジャージを取り出して、腕を通すと碧ちゃんは話し始める。

あのね、悠美を止めてほしの

絢香

さっきもそれ言ってたわね

絢香ちゃんに頼めた義理じゃないんだけど、絢香ちゃんにしか頼めないの

絢香

……あなた普通にしゃべれたのね

きょとんとして碧ちゃんは理解したようにしゃべりだす。

悠美の真似してるだけ。
あれ、男子がつられるから

絢香

そうだったの

着替え終わって、碧ちゃんの前に腰を下ろす。
 

絢香

で、どういうこと?

悠美は絶対に証拠を残さない

絢香

うん

実行犯はあたしか、翠ちゃんか紫穂ちゃん。
ちょっと今日は変な2人もいたけど

絢香

うん

だからね、悠美を直接叩くことはできなくても、あたしたちを叩くことはできる

絢香

あなたたちの証拠はたくさんあるの。
あとは悠美だけ

一回、悠美の手足であるあたしたちを先に落とすってのはどう?

絢香

いいの?

だって、絢香ちゃん、もうそんな余裕ないでしょ。
あたしたちがやっといてなんだけど

絢香

そう、なのよねぇ。
あ、あと神崎ってそっち?

神崎君は悠美のことが好きなだけの都合のいい人

絢香

……そうなんだ

絢香

机は誰?

机……。
一番最初に落書きしたのは紫穂ちゃん。
そのあとはクラスメイトが好きかって乗ってきて、投げ捨てたのは下柳さん

絢香

下柳さんて、私のこと好きんなんじゃ?

好きだから振り向いてほしかったって

絢香

てことは変な視線も、下柳さんか

ずーっと見てたよ

絢香

気が付かなかった

……あのね、あたしたちに関することはなんでも糾弾してほしいの

絢香

でも、そんなことしたらあなたが

あたしは、悠美が昔みたいに戻ってくれればそれでいいの

あたしのことはいい。
悠美を…もう戻り方が分からなくなってる悠美を止めて

碧ちゃんは悲しそうに言うけど、あたしがこの子の願いをかなえる義務なんてないのよね。
 
今までされて来たことを考えると、何都合のいいこと言ってるの?って思っちゃう。
 
でも、あたしは別に戦争したいわけじゃないし、そもそも、碧ちゃんを助けることはあたしのためにもなる。
 
この状況、あたしだってどうにかしたい。

絢香

悠美を止めるって私が勝てばいいのよね

うん

絢香

……わかったわ

絢香

あの子はやり過ぎてるもの

あたしは……

絢香

悠美のそばにいるしかないんでしょ

うん

絢香

いいよ、そこにいて。
そこにいてあたしに負ける悠美を最後までちゃんと見てて

悲しそうに俯いた碧ちゃんの肩を一回だけ叩いて、あたしは、千裕と一緒に家に帰った。
 
帰り道、ずっと千裕は距離を保っていた。
 
申し訳ないと思いつつも、今、誰かに触れられるのはとっても怖かった。
 
家まで帰りつくと、また明日、なんていつも通りの会話をして、帰っていった。
 
あたしはその夜、気持ちの悪い肌をシャワーで何回も流して、案外精神的に来てるな、なんて思いながらも、これからのことを考えながら布団にもぐりこんだ。
 
あたしは、碧ちゃんを許したわけじゃなけど、どうにもならない状況に巻き込まれている彼女をほっておくなんてこともできなかったんだ。

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