朝の事件がなかったように放課後まで、何事もなく進んだ。

確かにメールを貰った通り、匠も拓也も話しかけてこなかったし、牧なんて今日は休んでたし、周りには千裕しかいなくて、なんとなくさみしかったけど、そんなこと言ったら千裕に悪いよね。

帰りも一緒に帰ってくれようとしたけど、実際そこまで過保護されなくても、帰るだけだし、と思って、断った。

それがいけなかった。

絢香ちゃーん

絢香

うわー

紫穂

うわーって何よ

絢香

なに?
何か用?

紫穂

ちょっと顔貸してくれない?

紫穂

心配しなくても男はいないからさ

絢香

いや、それだけで心配しないのはただの馬鹿っ

突然後ろから抱きつかれた。

後ろ向きに無理やりどこかの教室に連れていかれた。

一階の用具室だ。

そこまで理解できたときに、両手が拘束されていることに気が付いた。

絢香

あなた誰?

下柳さん

あ、あの

絢香

ここに閉じ込めようっていうの?
あの馬鹿どもと一緒になって

下柳さん

ちがっ

絢香

その前に、翠ちゃんたちは?

下柳さん

えっと

矢継ぎ早に聞けば、口ごもる女の子。
 
誰だ、この子。

薄暗い用具室の中、改めて顔を見ると、クラスメイトだった。

絢香

あ、下柳さん?

名前をつぶやけば嬉しそうに頷く彼女。

桐山光

はい。
名前も分かったところで、松崎さん

突然の声の乱入に声の方を向くと、桐山先輩が立っていた。

絢香

……桐山先輩?

桐山光

そ、よく覚えてたね、入学式ぶり

入学式のガイダンスで、序列について適当に説明していた先輩だった。

絢香

先輩がなんの用ですか

桐山晃

よく、そんな格好になってまで悪態着く元気あるねぇ

絢香

元気良く抵抗しないと、何か危ない気配がするので

桐山晃

俺はなんもしないよ。
ここで見とくだけ。
携帯構えて

絢香

は?

桐山晃

下柳さんが君にいいたいことがあるみたい

絢香

下柳さんが?

桐山晃

君をここに連れてくるのに協力してくれた2人はたぶんもう帰ったよ

絢香

帰ったんですか?

桐山晃

俺が返した。
南波にアリバイ作らせたかったし

絢香

ほとんど主犯が悠美だっていってますけどね

桐山晃

下柳さんの計画だよ

そういわれて下柳さんに視線を移すと、彼女はカッターを取り出していた。

絢香

ぼ、暴力はいけないわ、下柳さん。
話し合いましょう

下柳さん

だいじょうぶ、いたいことはしないから

カッターの刃を出しながらゆっくりよ近寄ってくる彼女に、じりじりと隅っこまで追い詰められる。

背中がトンと壁にぶつかった。

桐山晃

はい。
もう逃げられない

絢香

下柳さん。
とりあえず刃物を置いてお話しましょう

下柳さん

あ、あの、あたし、松崎さんにいいたいことがあって

絢香

何かしら

下柳さん

あたし、松崎さんのこと、その、す、好きなの

絢香

……はい?

下柳さん

女性として、あなたがすきで、それで南波さんに相談したら、あたしのものにしちゃえばいいって言われて

絢香

ちょ、待って待って、どういうこと

下柳さん

好きなの、松崎さん

カッター片手に告白してくるどうせいって言うのはちょっと異常な気がするんだけど……。

いや、同性って言うのはいいのよ、全然。

だってそういうのはひとそれぞれだしさ。

問題はカッター。

それ必要?

なんに使うの、あたしはなんで拘束されてるの。

それは決して、穏やかな告白じゃないわ。

下柳さん

でも、松崎さんは児玉君が好き

絢香

そ、そうね

下柳さん

だったら、松崎さんがあたしの言うこと聞いてくれるように脅せばいいんだって、紫穂ちゃんが教えてくれたの

そういって、下柳さんはあたしの上に乗っかって、洋服を切り始めた。

それを楽しそうに見つめる桐山先輩に、これ以上楽しませてなるものかと、あたしは下唇を噛んで耐えていた。

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