夜、お母さんから電話が入った。
お風呂から上がったばかりで、髪を乾かしてるときだった。

絢香

もしもし?どうしたの?
こんな時間に

お母さん

長嶺さんところから電話があってね。
タクシー代今度あげるから、彼のお家にすぐに行ってちょうだい。
和博君怪我しちゃったみたい

絢香

はぁ?それ、どういう

お母さん

今年の序列、あなた何位だったの?

絢香

最下位

お母さん

……、無理強いはしないけど、身の危険を感じたらすぐにでも転校させるわよ

絢香

和博そんなに悪いの?

お母さん

直接行って確かめてきなさい

それだけ言うと、お母さんは電話を切った。

急いでタクシー会社に電話をして、髪を乾かして、洋服に腕を通す。ちょうどのタイミングで表からクラクションが聞こえた。

戸締りをしてタクシーに乗り込む。
目的地を告げて、牧に連絡すると、牧はすでに和博の家にいると返信が帰ってきた。
嫌な予感がして、タクシーの中で早く彼の家についてと祈るしか今のあたしにはできなかった。

もしもこれがあたしのせいだったらと考えると、なかなかチャイムが押せない。
でも、ここでうだうだしていてもらちが明かない。
勇気を出して、チャイムを押した。
パタパタと音がして、玄関が開く。

絢香

こ、こんばんは

おばさん

絢香ちゃん、ごめんなさいね。
呼び出して、和博が呼んでっていうから

絢香

い、いえ、あの、お部屋ですか?

おばさん

ううん。リビング。部屋まで上がれなくて、当分リビング暮らしだわ

絢香

そんなに、悪いんですか?

おばさん

そうねぇ、両足がポキっとしてるのと、打撲ね

絢香

ごめんなさい

おばさん

それがね、絢香ちゃん。
どうも、絢香ちゃんのためじゃないみたいなの

絢香

え?

おばさん

あたしもてっきり絢香ちゃんを守ったと思って褒めてあげてたんだけどね。
島崎さん?あの子のためだったぽくてね

絢香

え?

おばさん

愛って素敵ね。
死なない程度にしてほしいわ

絢香

え?

おばさんはちょっと複雑そうな顔をしながら、リビングのドアを少しだけ開けて中を指さした。
牧が和博の近くで号泣している姿を、あたし発見した。

おばさん

絢香ちゃんが来る前に来てねぇ。
ずっとあんな感じなの

絢香

こ、この中入っていくんですか、私

おばさん

さすがに息子だとちょっと、おばさんも気を使うわ

絢香

下手するといちゃつき始めませんかこの空気

おばさん

そうなの、分かってくれる?
パパもまだ帰ってこないし、お姉ちゃんもあきれて部屋にこもっちゃうし

絢香

お、おばさんが行ってくださいよ

おばさん

えー、二人で行きましょうよ

絢香

えー

ドア越しにこそこそ話していると、和博が困ったようにこっちを見てきた。

おばさん

これ、入ってこいの合図かしら

絢香

きっとそうですって

おばさん

じゃあ、絢香ちゃんを餌に、入りましょう

絢香

私餌!?

おばさん

はーい。絢香ちゃん来たわよー

勢いよくおばさんがドアを開けると、目を真っ赤にした牧が振り返った。

絢香

こ、んばんはー。絢香でーす

牧が突撃してきた。

絢香

なに?どうしたの?

帰りがけ、変な人につけられて、襲われそうになって、和博君がストーカーで、助けてくれて、怪我して、あたし、和博くんに怪我させて、どうしよう。
もう、ヤダ。
序列嫌い

おばさん

和博がストーカー?

長嶺

ボディーガードっていってよ、島崎さん

あたしのせいで和博君が

絢香

巡り巡っってるだけで、根本原因は私でしょ

おばさん

島崎さんが彼女ってわけじゃないのね

長嶺

とりあえず母さんは出てってよ

おばさん

なによ、親としてちゃんと話は聞かなきゃ

おばさん

それで?
島崎さんは、息子とどんな関係なの?

長嶺

恋バナしてる場合じゃないよ!俺、怪我してんの!

おばさん

大丈夫大丈夫。
ちょっと、トイレにいきずらいだけよ

長嶺

俺、一応次の試合ベンチ入りしてんだけど

っ、うあああああんっ!

長嶺

ああああ。
違う違う、島崎さん悪くなから

どうしよう絢香ちゃん、和博くん試合出れないって、あたしのせいだぁあああ!

絢香

よしよし、あたしのせいにしていいからね。
そんな牧が背負わなくていいよ

長嶺

そうだよ島崎さん、試合なんてまだまだあるし、俺1年だし

おばさん

おばさん、お邪魔ね、コンビニでケーキでも買ってくるわ

長嶺

最初からそうしててよ、母さんのアホ!

おばさん

ケーキは2つね、わかったわ

長嶺

俺にも少しはやさしくして!

おばさんが明るい雰囲気にしてくれたのに、おばさんが出ていった瞬間にお葬式みたいな空気に戻った。牧は、未だに泣いている。ただし、和博の近くで。

えー、もう、あたしより、和博のがいいの?ちょっと、負けた気分なんだけど。というか、二人はどこまで言ってるの?ねぇ、どこまで?

長嶺

絢香、全部顔に出てるけど、まだ付き合ってないから

絢香

そう。よかった

のわりに、君たちに密着度はすごいけどね。

絢香

で、何があったの?

長嶺

さっき、島崎さんが言った通り、帰り道に島崎さんが襲われてそうになったから助けただけだよ。
さすがに痛かったけど

絢香

誰の仕業かわかる?

み、翠ちゃん

今まで、すすり泣いていた牧が声を出す。

絢香

翠ちゃん?

前、調べてた翠ちゃんの中学時代のお友達。写真で見たことがある

絢香

そっか

……絢香ちゃん。ごめん。
明日から一緒にいれない

絢香

いいよ

ごめんね、ごめんね。
あたし、弱くてごめん

絢香

怖い思いしたんだもん。
そんな重いさせちゃってごめんね

長嶺

俺が付いててあげられるんならよかったんだけどね

絢香

和博も悪かったわね。
なんか巻き込んで

長嶺

いいよ、長い付き合いだし

絢香ちゃん、これ、今まで集めてた神崎のデータ。
悠美たちのデータも入ってる。
これ、これくらいしかないけど

USBを渡してくる牧のやさしさに笑顔がこぼれつつ、受け取る。

絢香

ありがとう、うれしい

それから、牧は和博のそばを離れようとはせず、おばさんがナイスアシストして牧は今日お泊りになった。

あたしは、おじさんに家まで送ってもらって、匠と拓也からのうれしくない連絡を受け取った。

なんかが動き始めているようで、あたしは、恐怖の中で眠りについた。

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