搬入口から一緒に流れ込んで、聖丘君は緊急処置室へ。




 当然、俺達は一緒に居られるわけも無く待合室に。
 搬送口から彼を追いかけるように近づいた時に感じた、あの気配。




『優美子さん』のものだった。待合室で待っている間も緊急処置室にずっと気配があった。




 神谷さんは俺に声を何度かかけてくれたけど、何を話していたかも覚えていない。それ以外は優しい顔が崩れてしまったように顰めっ面だった。




 でも、ただただ待つしか出来ない状況でバイトの時間になってしまい、俺はバイトへ。







 俺に何が出来るわけでもないけれど、気になってしまって夜も眠れなかったその翌日だ。

 朝のホームルームで、先生が言う。

聖丘はぼーっとしてて階段から足を踏み外してしまったそうだ

 お前達も気をつけろよ、と一言添えられて聖丘君の現状伝達はこともアッサリ終了した。




 優美子さんは、まだ聖丘君のところなんだろうか。帰ってきて、くれてないだろうか。そんな馬鹿みたいな希望を抱き、授業をサボって優美子さんがいるはずの校舎裏へ。

 やっぱり、彼女の気配は無かった。



 微塵も感じられない。





 でも、分かったことが有って俺は校舎裏を見上げた。










 窓は開いていない、あの部屋。


 昨日、雲雀さんが降ってきた、彼の家らしき部屋。


 体質的に幽霊に悪さをされやすいって、神谷さんは言ってた。

 雲雀さんに優美子さんいついて伺ってみようと、授業中の構内を徘徊。


 閑散としていて静かだった。




 向かおうと足を運んでみたものの、誰かに会うんじゃないかと心臓を傷めなが、俺は生徒会長のお部屋……お家というべきか。


 そこへやってきたわけだが。

 どう見たって、学校で乱用されているドアとは明らかに違う立派な戸口を前に俺は沈黙する。



 引き戸ばかりの校舎に、ここはドアノブを回して引っ張る戸。室内用、内側に開くタイプだ。
 それにドアとしてちゃんと成立するように鍵穴だけでなく覗き穴までついているとは何事だ。



 その部屋の上には教室を示す表札があるわけだが、その表札に書かれた名前は『生徒会長室』。









 そんな生徒会長室を前にして……俺は漂ってきた匂いに眉間に皺を寄せた。



 ゴミ臭い。あと、お香みたいな香りも混ざって気分が悪い。




 一応、ノック。

穂村 繁

生徒会長さん、居ますか?

 尋ねてみるけど無言だった。それから何度かノックしてみたけどずっと静かだった。



 居ないんだろうか。そう思ってドアノブを捻ってみたら、すんなり開いた。

 やっぱりいるんじゃないかと開けて、ドアの隙間に首を突っ込んで後悔する。



 開けて後悔したのでものすごい勢いで閉めた。

穂村 繁

すごいゴミ屋敷なんだけど!?

え!?

こんなところで生活できんの!?

 目視で見えた部屋の中はゴミだらけだった。食べ散らかしたカップ麺は散乱してるし、何かの料理が入っていたっぽいタッパーは開けっ放しでカビが生えていたのも見えた。幽霊だけでなく薄暗い室内に存在している道具やゴミの現状さえ鮮明に見えてしまった自分の視力の良さを本気で呪いたいぐらいだ。




 中はかなり広いというのに、ゴミという来訪者がいつまでも居座って出て行かないから猛烈に狭そうなのに加え、オカルトグッズらしいものがバラバラと置いてあって呪いの儀式する直前なんじゃないのかと思えてしまうほどにオドロオドロしい。



 ビジュアル的には動物の頭蓋骨がぶっ刺さっている十字架っぽいのがヤバイ。






 しかし、それよりも開けた途端に鼻腔に進撃して来た臭いの方が俺にはきつかった。




 卵が腐ったような臭いとか、お香とかがグッチャグチャに混ざって吐き気が催してきたぐらいだったのだ。




 自分の『呪い』から漂っている臭いに引けを取らないとはどれほどの悪臭なのだ。人間が生活する空間として引けを取るべきなのに、自重すべきなのに、それどころかヤバさを前面に押し出し存在を主張して並んでくるとはいかがなことだ。





 そんな戸惑う俺のところへ、更なる事件。

宅急便のお兄さん

すみません。サインください

穂村 繁

はい?


 学校内部、俺にそう声をかけてきたのは……シロイヌナデシコの宅急便のお兄さん。今日も真っ赤な制服がお似合いです。

宅急便のお兄さん

雲雀暁夜さんのご家族の方ですよね?
サインお願いします

 まじか。ここ、本当に雲雀さんの家として宅急便屋も認定しているレベルだった。雲雀さんの妄言とかじゃなかった。



 特に宛名に書かれている住所に目を疑う。目からうろこが出るレベル。



 この学校の住所だけでなく『中央鼈甲高校東棟二階『生徒会長室』雲雀暁夜様』とか事細かに書いて有るし、突っ込みどころが万歳過ぎてとりあえず心は手放した。差出人が神谷さんであるという事実に俺のキャパシティーがぶっちぎりでオーバーしたからだ。




 真っ白になった頭でこの部屋の主を呼び出そうとドアノブを捻る。

 そこから出てきたのは、いかにも寝起きですといわんばかりの表情とボッサボサの髪型。着衣が昨日、俺と会った時のモノのままなんだが、しわくちゃだ。



 そんな雲雀さんが姿を現した……──悪臭と共に。
 思わず俺は眉をしかめた。

雲雀暁夜

差出人は

宅急便のお兄さん

神谷忍さんですねー

雲雀暁夜

差出人宛てに戻せ

宅急便のお兄さん

ここ、置いときます!

 ちょっと待った。




 即行突き返そうとうする雲雀さんに驚いていたら、配達主であるシロイヌナデシコのお兄さんは受取人サイン欄に雲雀さんの苗字を勝手に書いて、またよろしくお願いします、とマジ爽やかなキラッキラ笑顔で去っていった。




 この現実についていくのスゴク無理なんだけど、どうしよう。

雲雀暁夜

何の用だ。生徒がウロウロしてて良い時間じゃない

穂村 繁

今まで寝てたっぽい生徒会長さんが言うのか


 そうは思ったけれど口にはせず……――俯いた。

穂村 繁

優美子さん、やっぱり帰ってきてないんですか……?

雲雀暁夜

帰ってきてない。恋愛を成就させるために外出中だ

 やっぱり、まだ彼女は、聖丘君のそばに居るんだ……――。


 骨折だった。バスケ部で、大会だってあるのに。


 先生は軽く骨折だって言っていたけど、俺には重過ぎる言葉だった。

雲雀暁夜

用が済んだなら授業に出ろ

穂村 繁

あの、ここ本当に自宅ですか? 生活感半端なく有りすぎです

雲雀暁夜

生活感有るんだか生活してるの分かるだろ

穂村 繁

このゴミ処理場みたいな生活感は出さない方が良いです。身体壊しちゃいますよ

雲雀暁夜

身体を壊したら早死に出来るだろう。喜ばしいことだ


 雲雀さんは、そう言った。

雲雀暁夜

生きてて何になる。消えても何にもならない。ゴミが消えるだけだ

穂村 繁



生徒会長さん、人間ですよね?

人間は法律上『健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』を有してます。人間である以上、ゴミにはなれません。

そもそも、ゴミ扱いした人間が刑罰対象で逮捕されます

 雲雀さんはジトリと俺を見下ろした。なんだか少し怒っているように思える……ーーいや、でもちょっと待てよ。



 雲雀さんは見た目がとっても綺麗だ。もしかしたら昔に死んだけど死体に一目惚れしたネクロマンサーが彼を引き取って甦らせた可能性もなくはない。




 そうだ、そうかもしれないぞ。




 俺は雲雀さんの後ろに見える、あの動物の頭蓋骨がぶっ刺さってる十字を見つめる。あれが猛烈に怪しい。もしかしたら、あれが雲雀さんを甦らせている道具なのかもしれな……ーー。

雲雀暁夜

今、すごくバカなこと考えなかったか?

穂村 繁

あぁ、やっぱり。生徒会長さんがネクロマンシーで甦った分けないですよねぇ……

雲雀暁夜

どうしてその発想に至った


 そんな質問をされたら答えるしかあるまい。そんな風に思って、俺は先程の話を要約して伝えることにする。

穂村 繁

生徒会長さんがものすごく綺麗な人なので、ネクロマンサーが一目惚れしちゃって、甦らせたんだと思いました。

きっとあの動物の頭蓋骨がぶっ刺さった十字架が生徒会長さんを甦らせる必須アイテム……

雲雀暁夜

帰れ。そして二度と来るな


 勢いよく扉が閉じられ、雲雀さんは向こうへ消えてしまった。



 神谷さんから届いた荷物を置いたままにして。



 やっぱり、雲雀さんを勝手に死体扱いしたのはいけないことだったか……――というか、ここまで俺は考えて、ものすごくバカだったことに気づく。



 勝手に死んでいる人間扱いされたら俺だってなんか嫌な気分になる。そんなことに、今更になって気づいた。

穂村 繁

またやってしまった……

 そう思っても、後の祭り。



 俺は閉じて静かになってしまった戸を見つめる。



 その先で、彼はまた寝てるんだろうか。



 握り拳を作って、ノック。

穂村 繁

さ、さっきは変なこと言ってすみません。

あと、昨日はありがとうございました

 俺は頭を下げる。


扉に額を打ち付けて悶えた。

 中央病院とは名ばかりで、実際は南西にある。

 聖丘君の病室を確認してエレベータへ足を運び、上ボタンを押せば、暇そうに色を失っているボタンに元気なオレンジ色のライトが点灯した。



 ポーン、と音が鳴って到着を告げれば口をゆっくり開けるエレベーター。

 俺はその中にいた人物に目を丸くする。

穂村 繁

神谷さん!?

神谷 忍

穂村君? 今日はバイトないのかい?

 今日は週に一度の休みなのだ。本当なら休みなど要らないのだけれど。それはそれで法律に引っ掛かってしまうので仕方ない休みなのだ。


 エレベーターに乗ろうと待っていた人達の流れには入り込まず、降りてきた神谷さんと一緒に、病院の待合室へトボトボとついていく。

神谷 忍

優美子さんには帰ってもらったんだ。聖丘君、大丈夫そうだった

穂村 繁

あ、ありがとうございます。

その……お手を煩わせてしまって、すみません……

神谷 忍

いや、私こそ力が及ばないばかりに……本当に、ごめん

穂村 繁

いえ、あれは俺が居たから……──

神谷 忍

違うよ。それは違う


 神谷さんは、俯いた俺の頭をぽすんと撫でた。

神谷 忍

彼女が苦しんでるのにね。

私では、彼女をあの世へ送り届けることが出来てないからだ


 根本的な問題なんだ、と彼は目を細めた。

神谷 忍

そもそも、彼女を成仏させていれば、起きなかった問題だ。

そこに誰が恋の成就を願いに行こうとも、優美子さんの噂が残っていても、彼女の想いが残っていなければ何も起きなかったことなんだ


 君は、と。
 神谷さんは眉をハの字にしてしまうほどに下げる。

神谷 忍

被害者だよ。
優美子さんの、半ば八つ当たりのような執着の被害者だ。

決して、加害者じゃない。彼女が関わってしまった時点で『誰も加害者にはなれない』……──

 聖丘君の病室は三階の最奥らしい。
 一階の多目的ホールへ。近くには売店もある場所だ。



 俺は胸を締め上げるような静寂の中で腹痛が顔を出してきた。




 自分のせいだと思うと、胃がキリキリ痛むからだろう。でも、神谷さんを待たせるなんて失礼は出来ないので俺は少しの痛みを捩じ伏せて戻る。


 病院の中の静けさは図書館と違う。それは、モノモノしさを内包して、少し重苦しい。些細な音も、異様に大きく聞こえる。

神谷 忍

聖丘君ね。昨日のことをやっぱり覚えてるよ。優美子さんが居なくなって思い出したみたいだった。穂村君のこと、心配してた

 テーブルを挟んで俺の向かい、腰を降ろしている神谷さんは、わざわざ俺の分までお茶を買って待っていてくれた。




 昨日、俺があとを追って緊急搬送口から入ってきたのは見えていたらしい。あの時はなにも考えていなかったが、よくよく思い起こして自分のしでかしたことを口にしかけていた。


 全部を聞けたわけではない。途中で言葉に詰まって、青ざめた様子からも察して恐らく、というのが見解だ。




 その後に、俺の様子を聞いてきてくれたらしい。


 どうして病院に来ていたのか。その答えに腕の怪我を診に行っただけと神谷さんも話してくれた。

神谷 忍

穂村君が心配しているのは分かるけど、彼と会うのは、もう少し時間を置いた方がいいと思う。

まだ、気持ちの整理がつけられないだろうから……

あ、穂村じゃん?

 声に振り返ると、そこには俺の通っている学校の女子が二名と、男子一名。



 男子の声は聖丘君と同じバスケ部の西森祐希君のものだ。

西森 祐希

聖丘君の友達だ。

彼は野球部に所属してる。

 エレベーターに乗り込もうとしていた他に女子が二人。その内、俺と目を合わせるなり顔を真っ赤にしたのは清楚な女子……──松野敬子さん。

松野 敬子

彼女は結構、有名なお嬢様らしい。

おっとりしていて、ちょっと抜けている所がある天然さんだ。

 逃げるようにエレベーターに乗り込もうとする松野さんをちょっとつり目の女子……──岡田美月さんが引きずり出す。

岡田 水穂

いつも松野さんと一緒にいる、女番長みたいな人で、ちょっと怖い。

 松野さんはエレベーターに待ってくれとお願いするが、岡田さんがエレベーターの中の人に構わず行くよう促してしまう。



 結局、松野さんはエレベーターに置いてかれてションモリと肩を落とした。


 というか、俺を見て顔を赤くした理由は何だ……──まさか、と不自然では無いように股関に手を当ててみた。







 うん、当たりだった。

 社会の窓、全・開。




 慌てて彼らに見えないように、あと、神谷さんにも気づかれないようにチャックを上昇させる。きっと、トイレから急いで出てきたから忘れたのだ。よくやらかすのだ。




 トイレに出た幽霊から猛ダッシュで逃げる時とか。ボタン止めれば取り合えずずり落ちないから。

西森 祐希

こんにちは。繁君のお父さん? メッチャお若いんですね

穂村 繁

あ、いや!

こ、この人は五星神社で神主の神谷忍さんで! その……

 急に話しかけられて、緊張した俺は声をひっくり返す。



 神谷さんが俺のお父さんだなんて、勘違いでも失礼だ。俺みたいなヘチャムクレがこんな美形から生まれてくる訳がない。



 もちろん、西森君が悪いわけじゃないけれど申し訳なく思えた俺は、神谷さんに向き直ってテーブルに額をガッツリぶつけて謝った。

神谷 忍

そんな勘違いで謝らなくても……

西森 祐希

えっと、その……──何か、ごめんな?


 西森君は困ったように眉尻を下げたが、俺の隣で椅子を引く。

西森 祐希

なぁなぁ、一昨日って何か用事あった?

穂村 繁

お、一昨日?

一昨日はバイトなら、ありました……──

松野 敬子

え?! ば、ばばば、バイト!?

岡田 水穂

は?

うちの学校、夏休みと冬休み以外バイト禁止だろ。

 松野さんがやたらビックリ。でも、岡田さんが射殺すかのような睨みで俺を見下した。あんまりにも心臓に悪いので俺の顔は真っ青。


 俺はこの高校に通うために一人暮らしをしていると事情を説明すれば、岡田さんも西森君も納得のご様子で顔を見合わせた。

 とりあえず、岡田さんの怒りは買わずに済んだようだったが、松野さんが彼女の後ろに隠れてしまうのは……――やっぱり、社会の窓が全開だったのがいけなかったか。


 一昨日、俺に用事があったんだろうか。


 でも、西森君にも岡田さんにも呼ばれた覚えはない。

西森 祐希

昨日、秀の奴、何か言ってた?

穂村 繁

え?! あ、えっと……

 昨日は呼び出された途端に、優美子さんが俺を排除しようと利用されたなんて言えるわけもありません。


 とにかく、どうやってその時のことを誤魔化せば良いのか思考を巡らせて、ぽっと出てきた言葉をストレートに告白する。

穂村 繁

こ、校舎裏に行ったら、生徒会長さんが二階から降ってきて、着地台にされたから話聞いてないんだよね!

な、何の話だったのかなぁ!?

ちょっと話してたと思うんだけど、忘れちゃった!

 真正面に座っていた神谷さんが眉間にガッツリシワを刻むと、こめかみをピクピクとひきつらせた。ちょっと強ばった笑みが浮かんでいる。


 俺が見ていることに気づいた神谷さんは、それからニッコリと微笑んだ。

神谷 忍

用事を思い出した。

ゴメンね、穂村君、うちの暁夜が迷惑かけたみたいで

穂村 繁

いえ。迷惑をかけたのも失礼を働いたのも俺の方……

神谷 忍

うん。穂村君は全然悪くないよ。

本当に悪くないからね?

取り合えず、詳しい話は後でするね


 ガタッと立ち上がった神谷さんはいつもの笑顔よりもキラキラした笑みで俺達の元から爽やかに去っていった。

西森 祐希

これから秀のトコ行くつもりなんだけど、一緒に来ないか?

 突然の誘いに、俺はまたまた緊張の渦の中へ蹴落とされる。


 神谷さんからは会わない方が良いと言われている以上、会わない方が良いと思うのだけれど……──。



 俺は、それでも首を縦に振る。

穂村 繁

い、一緒に行きます!

俺も行こうと思ってたから、連れてってください!

西森 祐希

連れてってくださいって、面白いこと言うな


 西森君は、肩を小刻みに揺らして、おーっし、と笑った西森君は松野さんに振り返った。

西森 祐希

じゃあ敬子、案内頼むわ

松野 敬子

えっ!? 私?!

西森 祐希

言い出しっぺじゃん?

ほら、穂村を連れてってやれって。
行きたがってるんだから

松野 敬子

で、でででも!
み、みんなで行くって言った……!

西森 祐希

あぁ、もちろん。
後ろからついてくけど、先頭は松野と穂村な

松野 敬子

ふえ?!

穂村 繁

あ、うん。
三階の奥だって聞いてます

西森 祐希

マジ行こうとしてんじゃん。

連れてって言葉の使い方、間違ってね?

ホント、面白れぇなぁ

 西森君はまた面白そうに笑って、俺の腕をバシバシ叩いてくる。




 そうして、先に行くように促したはずの彼が真っ先にエレベーターへ踵を返したのだった。

一人じゃ、ちょっと怖いけど、

みんなで行けば、

俺の重たい足取りも少しだけ軽くなった。



 俺は西森君達と一緒に聖丘君のいる病室へ。
 松野さんが、小さくノック。

 中から、どうぞ、と聖丘君の声がした。

 松野さんがドアをそおっと開けて入っていく。

松野 敬子

秀君……?

聖丘秀司

け、敬子!?


 聖丘君が目を丸くする。天井からぶら下がっているフックにグルッグル巻きにされた脚がぶら下がっていた。不自然に彼の脚が太くなっているように見える。むき出しになっている太股は引き締まってて程よいのに。

岡田 水穂

アタシも居るけど

聖丘秀司

そ、そうかよ

西森 祐希

もちろん、俺も居るけど

聖丘秀司

お前は居る気がした

穂村 繁

お、お邪魔します……

 俺も顔を出すと、聖丘君はもっと驚いた顔になった。



 あんぐりと顎が外れんばかりに口を開いて俺を凝視する。その目玉があんまりにも飛び出てて、目玉が転げ落ちるんじゃないだろうかと心配になるぐらいだった。





 やっぱり、来ない方が良かっただろうか。


 気持ちの整理が、つけられて無いのに。


 でも、聖丘君も気にしなくて済む方法を思い付いたのだ。こればかりは雲雀さんに感謝しなければ。


 うん。倒れてる俺の腹の上に降ってきたけれど。

松野 敬子

お、お見舞い……これ……!


 そう言って、恥ずかしそうに松野さんが差し出すのは、こっそり持ってきた林檎だ。

聖丘秀司

あ、わ、悪い……

 俺を気にして、チラチラと俺を見る聖丘君に俺もどうすれば良いか、困って笑みを浮かべるしかない。


 西森君が冗談めかしに話しかける。その様子から、あんまり気落ちしていないのが伺えて、ホッと一息。


 だけど、しばらくして聖丘君はみんなを見つめると、こう切り出した。

聖丘秀司

ちょっと悪いんだけど、穂村と二人だけて話たいことがあるから、良いか?

終わったら、呼ぶから

 やばい、来た。

 一瞬、胸がドキッとした。

西森 祐希

え、何?
ベッドの上で穂村にシテもらうの?

聖丘秀司

死ね、祐希!!

松野 敬子

? 何をしてもらうの?

岡田 水穂

敬子はまだ知らなくても良いことよ。

大人の階段登ったら分かるわ

 松野さんの両肩からそっと手を離した岡田さんが西森君へコークスクリューを鳩尾に吹っかける。

 しかし、軽い調子でかわした西森君は楽しそうに殺される! と病室を飛び出していった。


 そのあとを、岡田さんが荒々しく追いかけていき、松野さんは優等生らしく病院では静かにしなきゃダメだよぉ、と病室を出て行った。



 あっという間に、二人っきりにされた。



 西森君、もしかして策士?



 うまい具合に聖丘君の申し出が叶ったこの状況で、俺がびくびくしないわけがなく……――。

聖丘秀司

穂村。悪かった

穂村 繁

え? えっと、何が?

 とりあえず、俺は誤魔化す。



 だけど、聖丘君は俺を睨みつけるように……――怒ってるとか恨んでるとか、そういう顔じゃない。真摯に、向き合おうとしてくれている。

綺麗な、瞳。

聖丘秀司

昨日、お前のこと殴ったり、蹴ったりしたことだ。

あの時は、本当に俺がどうかしてた……ごめん。

 許してくれるとは、思ってねぇけどよ、と。

 聖丘君は呟く。



 そのあとの言葉が、俺の中には入ってこなかった。



 やっぱりスッゴク良い人だった。


 昨日、一瞬でも疑った俺が本当にダメな奴だと実感させられる。




 自分のしてしまったことに、ちゃんと向き合える……――とっても、強い人だった。

穂村 繁

そ、そんなことあったっけ?

 俺が、聖丘君から目を逸らす。そんな綺麗な目で見ないでほしかった。



 優美子さんのせいなのに、自分が悪いって思わせてしまっているこの現状が俺には苦しい。



 本当なら、聖丘君のせいじゃないのに。




 それを、俺は正面きって言い出せない。



 幽霊が普通の人には見えないからとか、そんな理由じゃない。

聖丘秀司

覚えてないのか?

穂村 繁

う、うん。

何か、聖丘君と校舎裏に行ったことまでは、うろ覚えで……

 ――俺が、誰かと向き合えないのだ。

穂村 繁

そのあと、生徒会長さんが二階から降って来たのは覚えてるんだけど……

 ――俺が、誰とも向き合いたくないのだ。

穂村 繁

昨日、何の話をしてだんだっけ?

 ――笑顔の裏で嘘吐いて、まるで詐欺。


 聖丘君は、俯いて口を引き結ぶ。



 このまま、忘れてくれって言ってくれれば、俺も救われる。



 こんなに強く光り輝いてる人と、笑顔の仮面で覆っていたって眩しいぐらいの輝きを持ってる人と、いつまでも向き合っていたら目玉が焼ける。



 人間は、太陽を直視できないのだ。直視できないから手で覆って、目を細めるのだ。

聖丘秀司

もうすぐ、五時になるな…

 聖丘君は、時計を一瞥した後、窓から見える外を眺めた。

 夕焼けの朱が空を滲ませて広がっていた。



 橙色のフィルターを被った町並みが、眼下に広がり静かに立ち並んでいる。



 もうすぐ、夜になる。


 

 それを見ていた聖丘君は、じっと外を眺めていた。

聖丘秀司

……逃げたから、バチが当たったんだろうな

 ぽつりと零れ落ちる、言の葉。



 胸が、締め上げられる。



 聖丘君のせいじゃないと、叫べれば良いのに。喉の奥に言葉が詰まってつっかえる。






 俺があんなところに行ったから、聖丘君があんな風になってしまった。



 本当に悪いのは、俺の方だ。

 俺が居なければ良かった。

 軽快なノック音が聞こえてきた。
 俺はドアを見やる。

 また、聞こえてきた。

穂村 繁

看護師さんかな?

聖丘秀司

 不思議そうに目をぱちくりさせる聖丘君から、時計へと視線をなんとなく移していた。


 備えられている時計は五時をピッタリ差している。

穂村 繁

もしかして、西森君達かな?

聖丘秀司

まだ呼んでねぇっつーのに……

 聖丘君が顔をしかめる。


 俺は慌ててドアに駆け寄った。

穂村 繁

ごめんね、今開けるから!


 ひんやり冷たい取っ手に握って、開く。
 三人の顔が見えるんだろうと思っていた俺は、目を瞬かせることになる。

穂村 繁

え? あ……?


 ドアを開けると、小さな男の子が立っていた。
 青いパジャマに、短い髪の毛。
 目が大きくて一瞬女の子と見間違えた。

こんにちは!


 ニッコリと俺に笑いかけた。

※太陽の直視は危険ですのでくれぐれもしないでください

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