神谷さんにお祓いをしてもらったあと、体がふっと軽くなった気がした。



 それに姿が見えなくなっていたとはいえ、ほんの少しでも感じていた優美子さんの気配も無くなった。





 それから、神谷さんから腕輪のようなモノを貸してもらった。


 細部にまで文字が描かれた代物は、とても表面が滑らかな石の腕輪だ。ぱっと見ても、変哲なものはない。でも、俺なんかに貸すなんてもったいないほどに凄い代物だっていうのが分かる。






 匂いが、無いのだ。





 この腕輪で穴のあたりをぴったり覆った途端に、今までほんの僅かでも感知していた嫌な匂いが綺麗さっぱり無くなった。





 この部屋が、とても神聖でちょっとお線香の香りがする場所だなんて、居座ってから一時間も居るのに初めて気づいたのだ。


 なんというか、嵌めただけで分かる。


 この道具、かなり価値が高くて俺なんかが使うのはもったいない。もったいないと言うか、使う人間として相応しくない。

穂村 繁

……れ、レンタル料とかあります?

神谷 忍

門外不出の代物だから、もしレンタル料を取るんだとしたら、月五百万かなぁ

穂村 繁

!?

神谷 忍

でも、それは今まで使ってもらえる人がいなかったし、そういうの貰ってないから良いんですよ。

そもそも、私自身が道具を貸し出すのって本当に初めてなんです。



その腕輪をはめることで解決しているわけじゃない。

一時的に誤魔化しているだけなんだ

 俺の腕にぽっかりと開いている穴。



 それに、『封』をしただけ。






 やっていることは俺が陶芸用の粘土と、ガムテープとセロテープでやっていたのと同じだ。



 単純にどれだけ密封力が高いか、という違いだけらしい。



 神谷さんは、自分の力が及んでいない証明でしかないと眉尻を下げて詫びる彼に俺は土下座で対応。


 俺みたいなのがこんなにお世話になっているのに、こんな良い人にこれ以上、迷惑かけようものならきっと神から鉄槌が下るに違いない。

 そんなやり取りを経て、今、俺は神谷さんの運転する車に乗って病院へ連れて行ってもらった。




 今までセロテープを上から貼っていた怪我。



 いざセロテープがなくなると、すごくヒリついた。消毒とか色々やってもらって終了する。





 やっぱり、お医者さんに俺の『穴』は見えてなかった。



 彼らからすると、俺の怪我は丸い円の外側の皮膚が剥けているように見えるらしい。奇妙な怪我だから、どういう経緯でこうなったのか、事細かく聞かれてしまったぐらいだ。





 その際に、家族や学校の交遊関係などまで突っ込まれた俺はたまたまです、の一言でひたすら誤魔化し続けた。


 本来なら学校の時間だから、余計に突っ込まれたが二時ぐらいに診察は完全に終了。






 お代は神谷さんが持ってくれるということになってしまった。


 申し訳ないし、自分の怪我なんだからと言いはしたものの彼は笑顔で、これも仕事なんだ、と言う。



 俺自身で招いた怪我の治療費まで支払う仕事と言うのは何だかおかしいと思う。

 自分の怪我なのだから、自分の不始末だ。
 確かに支払ってくれるのはありがたいけれど、そこまで迷惑をかけてしまうと辛いものが有る。





 やっぱり、誰かに迷惑をかけないと生きていけないんだろうか。





 病院の待合所でお手洗いに行っている神谷さんを待っているところで、ぞうぼんやりと考えていた。

どういうことですか、面会謝絶って!?

 受付の人に向かって、叫んでいる女性の声が飛んで来た。




 茶髪に染めたと分かる長い髪を緩やかにウェーブさせている細身の女性だ。色の濃い口紅とか出で立ちはすごく美人だ。


 金切り声で、困り果てている受付のお姉さんに怒鳴り付ける。

私の息子なのに、何で会わせてもらえないの!?

 俺はヒステリックを起こしている女性の背中を呆然と見つめる。



 しかし、さすがは受付け担当のお姉さんは困ったように眉尻をたらしながら、応対している。


すみません。

担当医をお呼び致しますので……

ソイツがダメだって言ったのよ!!
精神的に不安定だからダメだって!!

穂村 繁

……それこそ、受付のお姉さんに言っても無理だと思う

アンタ達、うちの弘介(こうすけ)に何かしたんじゃないの!?

あんな風になったのだって、この病院に入ってからじゃない!!

今のあの子には、私がいないとダメなの!

波釜さん、落ち着いてください……――

どういうことか事情を説明しなさい!

あの子をすぐに返して!!

 ふいに肩を叩かれて、俺はびくっと震え上がった。



 その主は神谷さん。



 物理的な攻撃として叩かれるだけでなく、霊的なモノから肩とか腕とか足首とか、背中とかもかなり叩かれるので超ビビった。



 彼は苦笑しながら驚かせたことを謝罪して、一緒に病院を出る。

神谷 忍

これから、時間あるかな?

穂村 繁

四時半のバイトに間に合えば大丈夫です……

神谷 忍

たしか、学校が終わるの三時半だったよね?

えっと『ヒジリオカ』君だっけ?

優美子さんに何か悪いことされるんじゃないかって、心配してた子の名前。

彼に会いたいんだ。
邪気を当てられたって聞いたからね……


 神谷さんは神妙な面持ちで眉間にシワを寄せた。
 アスファルトの駐車場を抜けていく。

神谷 忍

優美子さんの当てる邪気は強くてね。穂村君から剥がしたから、もしかしたら彼の方に行ってしまっているかもしれないんだ

穂村 繁

当てられると、やっぱり不幸になるんですか?

神谷 忍

不幸になるというかね。
哲学的な話をするけど、幸福も不幸も決めるのは彼だから、一概に不幸になるとは言えない。

でも優美子さんは画策的に事故を起こせるから不幸になるというよりは『彼女の故意で事故に遭う』と言った方が適切だと思う

穂村 繁

どういうことですか?

 それも嫌な予感しかしない言葉だ。


 神谷さんは俺を見下ろして、目を伏せてまた真正面を向いた。

神谷 忍

優美子さんの霊気はね、強くって。幽霊って生きている人には本来、触れないものだ。

だけど、彼女は触れることが出来るんだよ。

それは彼女の自由意思の元でね

穂村 繁

!?

 つまり、優美子さんは触ろうとしたら触れるし、触りたくない相手には触らない。



 そういう風に思考して行動を起こせる怨霊様らしい。





 そして、その威力は彼女の意思によって変わる。その気になれば、学校の外壁をへこませるぐらいの攻撃は出来るという。


 そうやって、彼女の意思で対象者を『事故に遭わせる』のだ。


 例えば車のタイヤをパンクさせたり、丸太を括っていた紐を切断して、その丸太を対象者に当てるというよな離れ業をする。

穂村 繁

そ、そそそ、それ、かなりヤバイ奴じゃ……!

神谷 忍

そうなんだ。
だから、聖丘君のことが心配なんだ。

それに、暁夜の話だと邪気を当てて排除しようとしてたって言ってたから……

穂村 繁

? 排除って、何を?

神谷 忍

…………穂村君のことだ

 え、俺? 何か、すっごく優美子さんに嫌われてる。

 さっきが初対面なのに。




 何か悪いことをしたかな……。


 神谷さんと共に、緊急搬入口の正面に停めておいた車の中へと入っていく。

 外の音が遮断されて、しっかりした車のソファーに体に身を委ねる。車の中は、さすがに線香の薫りはしなかったけど、鞣し革の上質な香りが鼻孔をつついてきた。


 俺もいつかこんな車に乗って……あぁだめだ。何か、買ったその日に事故りそうで怖い。






 神谷さんは車に鍵を差し込みはしたけど、捻ってエンジンをかけることはしなかった。



 真正面を向いて、フロントガラス越しの風景を見据えていた。その表情は、どこか苦々しく見える。

神谷 忍

穂村君。
『魔が差した』って、言葉知ってる?

穂村 繁

え?

えっと、人が衝動的に悪いことをした時に使う言葉……ですよね?


 そう、それ。神谷さんは、真正面を見たまま答えない。

神谷 忍

昔はね、誰にでも『魔が差した』んだ。それは、今よりもずっと多くの人に

穂村 繁



魔が差したって、自分が悪いことしたとに対する言い訳ですよね?

神谷 忍

あぁ。現代社会ではそうだよ。

罪を犯す理由に『魔が差した』は、今の時代、本当に『ただの言い訳』だ……――。



でも、今回、聖丘君も『魔が差した』んだよ。

これは、私達みたいな専門家の間では『霊的現象』として扱われるものなんだ

穂村 繁

れ、霊的現象……?

 神谷さんは困ったように眉尻を下げて微笑していた。



 そんな彼が、語り出す。



 昔、『魔が差した』という言葉は、幽霊からの『攻撃』によるものが多かった。





 幽霊の霊気や邪気を当てることにより、当てられた人間は意識が混濁して死ぬことがあった。




 だが、『攻撃』と表現するものの『効果』はそれだけではない。




 錯乱して人が変わってしまったり、病に臥せったり、『生きている人間』に様々な悪影響を及ぼす。

神谷 忍

一時、自分の邪気や霊気を当てることによって、人の思考回路をおかしくすることがある。

特にそういうのは危機感を煽り立てて、人を攻撃したくなるような『気分』にさせる

穂村 繁

気分……

神谷 忍

攻撃しないと気がすまないとか、攻撃しないと落ち着かないとか……




これはね、『人の理性でどうにかできるものじゃない』んだ。


怨霊の方がそういう『気分』に『無理矢理させる』から、当てられた本人は、かなり霊障に耐性が無いと、どうしようもない。それ以外に、抵抗する術が無いんだ。




私達みたいに、そういうのを専門に扱っている人間は『霊的存在が原因で人間が罪を犯すこと』を『魔が差した』と言っていたんだ

穂村 繁

でも、今は……

神谷 忍

霊的存在を信じない人が増えたのに加えて彼らも害を及ぼすことは少なくなった今、その言葉は人間の自堕落を『何か』のせいにするための言い訳に変質してしまった。

そういう風に、使うようになってしまったんだよ。

時代がそういう風に流れてしまって、それでも残った言葉は、真意を変えて使われるようになってしまった。

 昔は、本当にたくさんの幽霊がいて。


 それが本当に、たくさんの『生きている人間』に悪さをしてきた。




 だから『魔が差す』ということは本当に多いことだった。





 だけれど時代は流れた今、科学の発展に伴ってなのか、幽霊なんて自分の目では見えないモノを信じないという傾向になってきた。



 霊的存在を信じない人達に『彼が罪を犯したのは幽霊のせいなんです』といっても信じてくれない。


 本当はそうじゃないのに、そういうもののせいにする心の弱さだと言うようになってきてしまった。



 でも、今の時代ではそれが真実になりつつある。

 霊的な障害は本当に減ってきているのだ。



 
 そして同時に、そういう霊的存在のせいにして言い訳する人も増えた。




 自分達の理性が一瞬でも外れて犯した罪を、作り産み出した罪の言い訳に『魔が差した』という言葉を使うようになった。

でも、この言葉は本来

神谷 忍

霊障に当てられて発狂した人を『守るための言葉』だったんだ。

霊的存在のモノから受けた攻撃で、本来なら理性も働く人が『その思考と心を塗り替えられて』罪を犯してしまった人達を、私達専門家の霊視により『この人が悪いんじゃない』と『弁護するための言葉』だった

 真正面を向いていた神谷さんが、眉尻を下げて俺をまた見つめる。



 ようやく、何が言いたいのか……ーー俺は、分かって俯いた。




 どうして聖丘君に会いたいのか。

 優美子さんがそっちへ行ったかもしれないと心配しているのか。



 それから、雲雀さんが言っていた『邪気を当てて排除しようとしていた』という言葉。





 バラバラに散らかっている言の葉で出来た糸。


 それを拾い集めて撚りあわせていくと、『答え』が俺の中で一本の紐になる。

穂村 繁

俺が『居た』から



 優美子さんは、俺を嫌って敵視した。


 邪魔だから、『排除しようとした』のだ。そして、邪気を当てた相手が『聖丘君』だ。





 聖丘君を使って、『俺を排除しようとした』のだ。

 理由は、一つ。

穂村 繁

俺の、『呪い』……

 雲雀さんが言っていた。




 いつもなら俺から逃げるのに、今回は逃げない。



『呪い』のせいか、と。







 俺の持っている『呪い』が嫌で、優美子さんは俺を排除しようとしていた。



 それを聖丘君に『させた』のだ。



『俺が居なくなれば良い』という『気分』にさせて、『暴力』を『行使』させた……――。

知っている。



聖丘君が
優しい人だっていうのは




『俺は前から知っていた』
ことだ。

神谷 忍

勘違いしてはダメだ。

優美子さんぐらいに知力もついている怨霊になると、それも狙ってそういうことをするから。


君のせいじゃない。


君の持っている呪いのせいではあるけれど、穂村君の存在そのもののせいじゃない。



暁夜もね、そういうのが嫌だから一人で居るんだ

穂村 繁

……生徒会長さんも?

神谷 忍

暁夜は体質的に酷くてね。
携帯電話、持てないんだ。
家電話類もダメ

穂村 繁

どうしてですか……?

 神谷さんは、憂いを帯びたその瞳を細める。



 べつに気にならないけど、今は神谷さんの優しい心遣いも俺の中には染みてこない。



 例えこの『呪い』のせいであっても、本質的に『呪い』が悪いのであっても、その『呪い』を持っているのは俺だ。






 いつから持っていたかは分からない呪い。気づいたら持っていた呪い。




 そもそも、一体何をして『呪い』を貰ったのかさえ覚えていない。

呪われた理由さえも
分からないまま生きてきて、



親戚中をたらい回しにされてきた。







仕方ないと思っていたけど、
雲雀さんの言葉が脳の奥から聞こえてくる。





お前は運が良い。




なら、迷惑を被ってたのは
『親戚の方』だろう。






 散らばる言葉の破片。


それは割れたガラスのように鋭く尖ってて、
ザクザク刺さってくる。



 俺が……――俺みたいなのが




人の中にいたらいけないことは
分かってることなのに。

神谷 忍

暁夜にはね。

電話がかかってくるんだよ。
『幽霊』から

穂村 繁

……幽霊から……

神谷 忍

あぁ。幽霊は波長を持っているのは、知ってるかい?

幽霊は電話の電磁波に波長を合わせて寄っていくんだ。

暁夜のところにね。



厄介なことに彼らは電磁波に乗ってきてるから電話だと通話ボタン押してから声を聞かないと幽霊かどうか分からないんだよね

 苦笑する神谷さんの声を、俺はぼーっと聞いていた。

神谷 忍

本当に。

同業者はソレを良いことに呪いを吹き込んでくるんだから性質が悪いんだよ。


電話の使い方を間違っているのに、それをさも当然のように使ってくるから困ってしまう。

まぁ、凄い人は通話開始直後に一瞬で呪ってくるから怖いんだけど


 神谷さんの言葉を俺はぼーっと聞く。

神谷 忍

そうだ、穂村君も覚えておいてほしいことがあるんだ。


幽霊が電話をかけてくる時って、電話の画面は絶対『非通知』で表示されるから。

絶対電話番号では表示されないから、非通知着たら取らない方が良いよ


スマートフォン事態は、電磁波を着信したから動いているだけなんだ


 神谷さんの言葉を俺はぼーっと聞く。

神谷 忍

でも幽霊って電話番号持ってるわけ無いでしょう?

でも、ちゃんと『電波には乗ってきてる』から『着信だ』ってスマートフォンは判断する。


だけど、そもそも電話という機械からの着信じゃないから、相手の電話番号がない。

『不明』なんだ。


だからスマートフォンは着信してるけ
ど電話番号が分からないから電話番号を相手に伝えない設定にしている電話だって勝手に判断して『非通知』表示になるんだよ


 神谷さんの言葉を俺はぼーっと聞く。

神谷 忍

だからって私達は電話を取らないわけにはいかないんだけどね。


人によっては電話番号を非通知にしてかけてくる。


どうすれば良いか分からないけど、助けてほしい。


でも幽霊退治してますなんて怪しい業者はいっぱい居るから信じても良いか分からないからね

ぴぴぴぴっ。

ぴぴぴぴっ。

ぴぴぴぴっ。

神谷さんの、電話が鳴った。




単調な音の羅列。



一音だけの旋律。





 神谷さんのスマートフォンには

『非通知』が表示されていた。

 神谷さんは、今までの話を全部無視するように応答ボタンをタップして耳に当てた。





 例え十回・百回・千回、非通知で電話がかかってきても、彼は幽霊か、もしくは悪質な同業者からの電話でも取るのだろう。


 この電話の向こうが、幽霊なのか俺のように助けを求める依頼主なのか分からないから。

神谷 忍

はい、もしもし。神谷です……――

















ね死


死ネ死ネ
ネ死ネ死ネ死ネ死
死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ
死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ
死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネネ死ネ死ネ死ネ死
ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ
死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死
ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ
死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ
ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死
死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ
ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ
死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死
ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死
死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ
ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死
死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ
ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死
死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ
ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死
死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ
ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死
死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ
ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死

 神谷さんの手の中で、かなり堅いはずのスマートフォンは中身をぶちまけて二つに折れた。



 ぎょっとするほどの馬鹿力。神谷の表情からごっそり感情の色が落ちて青くなって、さっきまでの明るい表情は、溶けて消えてしまっていた。




 さすがに、今の電話の声を聞いて反応しないほど俺は霊感が低くは無い。

穂村 繁

……い、今の……

 神谷さんはしばし沈黙してから、疲れたようにハンドルに乗せた腕に顔を埋めた。

神谷 忍

優美子さん……

穂村 繁

え!?
優美子さんからなんですか!?

 そこまでは、さすがに分からなかった。


 というか、優美子さんが神谷さんの電話番号知ってるとか驚愕。


 そんな神谷さんが俺の方へ振り向いた。

神谷 忍

もしかして、さっき私に電話かけた時って近くに優美子さん居た?

穂村 繁

え? は、はい。
俺の真後ろに……――


 それを聞いた神谷さんは、こめかみをヒクつかせると再びハンドルの上に重ねている腕に顔を突っ込んだ。

神谷 忍

暁夜……!

優美子さんの前で電話番号教えないでって言ってるのに……!

また電話買い換えなきゃダメじゃないか……!

穂村 繁

え……

 もしかして、それって……――保健室で神谷さんの電話番号を教えてもらったときなのか!?


 いや、でもちょっと待て。


 それなら、電話番号を代えるだけでも良いんじゃ……――。

神谷 忍

ふふっ……

優美子さん、頭良いからさ……
生前もきっと天才肌だったんだろうね……

電話番号分かったら『電話機そのものを』呪ってくるんだよね……

穂村 繁

電話機……?
電話機とかって、呪えるの……?

神谷 忍

出来るよ……ようは優美子さんのど根性で電話機を『呪物に変える』んだ。

『着信させる』ぐらいだからね。
彼女自身じゃなくても、その電話そのものに彼女の一部が『侵入』してることになるから……――

 単身を呪うような強力なものではい。



 ただ一人を、たった一人だけを狙うような呪いじゃない。



 これは幽霊の持っている霊気や邪気を呪物から発することで徐々に相手に相手を弱らせたり、他の霊障を呼び寄せたりするものだから、わりかし簡単に出来る。




 これは一般人でもできるものだから、優美子さんぐらいの霊であれば簡単に出来るらしい。

 そんな時、遠くから救急車のやってくる音が聞こえてきた。




 神谷さんは救急車が入ってからにしようと言って動かない。



 スマートフォンが優美子さんに呪われた事実が相当、堪えているようだ。


 赤いランプがくるくる回って、周囲の緊急搬送にご協力願った救急車は速やかに搬送口へと滑り込む。



 後部を開けて、搬送用の折りたたみベッドが患者さんを乗せて降りてくる。






 そこに乗っている、特徴的な髪の色に俺は目を疑って、ついさっき消されたばかりの救急車のサイレンが脳内で再び再生される。

聖丘秀司

……

穂村 繁

聖丘君!?

 え、と驚く神谷さんの隣で、俺は助手席を飛び出した。




 搬入口へ連れて行かれる聖丘君のところへ……――足は、迷わず駆けていた。

『魔が差す』弱さの『違い』を、専門家はかく語る

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