結晶師長リーベは、訓練生九人にゆっくり視線を移していく。そのフードの奥からの視線は、何か自分の内側を見透かされているように思えた。
結晶師長リーベは、訓練生九人にゆっくり視線を移していく。そのフードの奥からの視線は、何か自分の内側を見透かされているように思えた。
迷宮に蔓延る魔物。
その獰猛さは人の力を
遥かに凌駕します。
エノクから聞いたっす。
生半可な腕じゃ
死体が増えるだけって
言ってたっすよ。
ビエントさんの言う通りです。
それほど人と魔物の差には
大きな隔たりがあります。
結論から言えば、
その差を埋めるものが
エンゲージ・コアです。
……
リーベは表情を崩さず、一定のリズムで説明を続ける。
迷宮に蔓延る魔物は、
『魔気(マギ)』と呼ばれる
エネルギーを保有しています。
?
そして魔物と戦う事で
その『魔気』を溜められるのが
エンゲージ・コアなのです。
?
ゴクリ
真剣に話を聞くメナから、喉が鳴る音が聞こえた。両親を追い掛けて、その手掛かりを探しに来たメナ。本来ならこんな殺伐とした話とは無縁な人間だ。
そして吸収した
『魔気』の量により、
訓練場から報酬が
支払われます。
なるほど。
オイラ、どうやって報酬を
カウントするのか
不思議だったんだ。
??
これは回収した『魔気』を
訓練場が使用したり、
我々結晶師が『魔気』の
研究に使う為、必要だからです。
?
で、リアが言ってた
奥の手ってのは?
そのエネルギーを
こちらが使うって事かしら?
お察しのとおりです。
詳細については
追って話を致しますが、
その『魔気』は
戦力に変えられます。
???
リーベの言葉は、戦力という抽象的な表現だった。ハルが黒目を天井に向け、言葉の意味を想像してみたが何も出てこなかった。
俺はこの体一つで
魔物に負けねぇって
証明しにここまで
やって来たんだ。
拒否権はあるのかい?
クローバーさん、それに
ここに集まる皆さんには
様々な事情がおありでしょう。
その事情のように
それぞれに素質があります。
『魔気』のコントロールも
充分に自身の力と言えます。
…………?
そんなもんかね。
まぁ、使えるもんは使うか。
しかし、
この『魔気』の使用には
注意事項があります。
変化のなかったリーベの雰囲気が、少し険しくなった気がした。その雰囲気と注意事項という言葉に、おのずと緊張感が増す講堂内。
『魔気』の使用には
細心の注意が必要です。
強大な力を得る代償に
危険が付き纏います。
???
実力の伴わない者が使用すると
『発狂』『昏倒』
場合によっては
『心停止』もありえます。
?????
強調されたセリフは、訓練生の頭を何度も駆け巡った。
これは一例です。
『魔気』の多用は
どのような悪影響を
引き起こしても
不思議ではありません。
付け加えて申し上げますと、
報酬に代わる『魔気』を
消費するのですから、
報酬が減少します。
『魔気』を使えば悪影響もあり、
さらに報酬が減るって事ですね。
なななんだか色々あって、
分かんなくなって
きたっすよ。
え~っと。
少しまとめてみるか。
※ E.C=エンゲージ・コア
こんな感じか。
そうしたらなるべく
『魔気』は使用しない方が
いいという事ですね。
その考えが正解と言えましょう。
ここを出て迷宮に向かう頃、
そう、初陣の頃で一回。
一日一回が限度と
考えていいでしょう。
たった一回?
そんだけ?
裏を返せばそれだけ
危険だという事ね。
しかし、魔物との戦いは、
過酷極まります。
リスクを覚悟で
使用を迫られるでしょう。
体力や筋力も必要ですが、
それ以上に現状を把握し
判断する力が求められます。
リーベは少々うつむき、フードの奥に表情が隠れる。講堂は外の明かりを取り込む構造になっているが、フードにその光は届かない。
なんだろう……。
悲しそうに見えるよ。
メナの小さく漏らした声は、ハルにしか届かなかった。ハルはメナの悲しそうな顔に、即座に笑顔を被せた。理由なんてなく、ただそうしたかった。
説明全然わかんないっす。
へ?
リュウがわかりやすく
まとめてたよね?
すでに頭が
悲鳴を上げてるっすよ。
後でちゃんと
教えてあげるから。
サンキュー、メナ。
でもなんで小声なんすか?
いつの間にかメナは、無邪気なハルに微笑みを返していた。メナの笑顔は、不思議にもハルに故郷を思い出させた。
そして、うつむいていたリーベはゆっくりと顔をあげ、改めて語り出す。
エンゲージ・コアは
人が生き抜く為に
生み出されたものです。
そして魔物と戦う事は、
死を知る事になるでしょう。
死を知る事は、生を知る事。
死を学ぶ事は、生を学ぶ事。
此処での時間は、
死を学び、生を知る事に
着目しましょう。
フードの奥にある瞳は暗く沈みこむような色に見えたが、とても力強く真っ直ぐにハル達の胸の内に届いた。
~錬章~に続く――