由宇の言葉は、私の中のある記憶を呼び起こした。
命を対価に時を売るため言葉巧みに人を騙す、道化師だ、って
由宇の言葉は、私の中のある記憶を呼び起こした。
でもそれは、曖昧模糊として輪郭がはっきりしない。ただぼんやりと、おじいちゃんと話している映像が流れているだけ。
これは重要な記憶であることに間違いない。
でもこんなにあやふやなものをふたりに話したところで……。
とりあえずこのことは黙ったままにしておこう。
舞花、舞花っ
舞花、ねぇ、舞花ってば
えっ、あっ、ごめん……
なにか思い当たることでもあった?
……鋭いな。由宇は観察眼が優れていると、前におばあちゃんが言っていた。
変に心配かけないように、普通にしてなきゃ
ううん、ちょっと、驚いちゃって……。命を対価に、って、その、どういう意味?
おじいちゃんは亡くなってしまっているけれど、既に契約者であるというおばあちゃんはまだ生きている。
『命を対価に』というのは、文面通り命を奪うということではないはずだ。
うん、正蔵さんが言うには、『売った時間に見合う分の寿命を対価に取る』ってことらしい
なんか、基準があやふやだねぇ、そんなんでいいの?
どうやら、それを決める専用の道具があるみたいだよ。扱えるのは当然店主のみ、時間屋の商売道具だね
おじいちゃんは、由宇に話した後も、時間を買い続けていたの?
そのつもりだったみたいだけど……亡くなった原因は、時間屋とは関係ないと思う。俺がこの話を聴いてから正蔵さんが亡くなるまで、そんなに長い期間があったわけじゃないから
ますます怪しい感じね、その店。大丈夫、舞花。そんな店にひとりで通い続けられる?
大丈夫だよ。次に行く時は、おばあちゃんが目を覚ました時。詳しい事情も聴けると思うし……
本当に?朝からずっと、頭を悩ませていたのに?
……秋帆に遠慮は通じない。わかっていても、でも、やっぱり、
本当だよ。土曜日にあんなことがあって昨日は日曜だったでしょ?家でひとりで、悪い方向にばっかり考えてしまってたけど、今日ふたりに聴いてもらえて落ち着いたから
舞花は嘘が下手だなぁ
同感ね。駄目だよ、乗り掛かった舟、わたしも協力する。ってもまぁ、なにが出来るかは、わからんけどさ
誤魔化しはすこしも通用しない。ふたりは本当に、私の話を信じて、受け入れて、協力しようとしてくれているのだ。
私がゆらゆらしていてはいけない。このふたりが協力してくれるなんて、心強いにきまっている。
覚悟を決めよう。もう、『おばあちゃんの望みを叶える』ことだけを目的にしていてはいけない気がする。おじいちゃんおばあちゃん、ふたりの過去について知る時は、きっと今だ。
……相談しておいて、身勝手だったね、ごめんね。私なんだか、まだ混乱してて
謝らないで。謝り癖、よくないよ。謝罪の言葉も感謝の言葉も、大切な時に取っておかなきゃ、安くなる
ごっ、ごめん……
あ、また謝った!!次謝ったら、此処、舞花のおごりね~
えっ、いや、それは!
謝んなきゃいいのよ、大丈夫、羽邑は顔もいいくせに頭いいし、わたしだってほら、頼れるお姉さんよ?
くせにってなんだよ、顔いいか?頭も別に、よくないし
頭いい人も顔いい人も、そう言って誤魔化すんだな~、駄目だな~、ワンパターンだな~
なんだよ~
ふふっ、由宇、慌ててる
舞花まで……
ふたりに相談してみて本当に良かった。改めてそう思う。
ふたりとも、ありがとう
うん、この場面なら、感謝の言葉のほうが嬉しいね。
よし、無い知恵絞るよ~
無いのかよ
あはっ、まぁ、わたしのフットワークの軽さが役立つ時も来るはずよ、安心おしよ
うん、ありがとう
って、うわっ、カプチーノ冷めてるし!!
まじで!?勿体ない、あったかいほうが美味しいのに~
すっかり湯気の昇らないカップを手に取り、カプチーノを飲む。すこし苦めのカプチーノは、気を引き締めるのに一役買ってくれた。
第七話へ、続く。