羽邑 由宇

命を対価に時を売るため言葉巧みに人を騙す、道化師だ、って

由宇の言葉は、私の中のある記憶を呼び起こした。

でもそれは、曖昧模糊として輪郭がはっきりしない。ただぼんやりと、おじいちゃんと話している映像が流れているだけ。

これは重要な記憶であることに間違いない。

でもこんなにあやふやなものをふたりに話したところで……。

とりあえずこのことは黙ったままにしておこう。

舞花、舞花っ

神原 秋帆

舞花、ねぇ、舞花ってば

二ノ宮 舞花

えっ、あっ、ごめん……

羽邑 由宇

なにか思い当たることでもあった?

……鋭いな。由宇は観察眼が優れていると、前におばあちゃんが言っていた。

二ノ宮 舞花

変に心配かけないように、普通にしてなきゃ

二ノ宮 舞花

ううん、ちょっと、驚いちゃって……。命を対価に、って、その、どういう意味?

おじいちゃんは亡くなってしまっているけれど、既に契約者であるというおばあちゃんはまだ生きている。

『命を対価に』というのは、文面通り命を奪うということではないはずだ。

羽邑 由宇

うん、正蔵さんが言うには、『売った時間に見合う分の寿命を対価に取る』ってことらしい

神原 秋帆

なんか、基準があやふやだねぇ、そんなんでいいの?

羽邑 由宇

どうやら、それを決める専用の道具があるみたいだよ。扱えるのは当然店主のみ、時間屋の商売道具だね

二ノ宮 舞花

おじいちゃんは、由宇に話した後も、時間を買い続けていたの?

羽邑 由宇

そのつもりだったみたいだけど……亡くなった原因は、時間屋とは関係ないと思う。俺がこの話を聴いてから正蔵さんが亡くなるまで、そんなに長い期間があったわけじゃないから

神原 秋帆

ますます怪しい感じね、その店。大丈夫、舞花。そんな店にひとりで通い続けられる?

二ノ宮 舞花

大丈夫だよ。次に行く時は、おばあちゃんが目を覚ました時。詳しい事情も聴けると思うし……

神原 秋帆

本当に?朝からずっと、頭を悩ませていたのに?

……秋帆に遠慮は通じない。わかっていても、でも、やっぱり、

二ノ宮 舞花

本当だよ。土曜日にあんなことがあって昨日は日曜だったでしょ?家でひとりで、悪い方向にばっかり考えてしまってたけど、今日ふたりに聴いてもらえて落ち着いたから

羽邑 由宇

舞花は嘘が下手だなぁ

神原 秋帆

同感ね。駄目だよ、乗り掛かった舟、わたしも協力する。ってもまぁ、なにが出来るかは、わからんけどさ

誤魔化しはすこしも通用しない。ふたりは本当に、私の話を信じて、受け入れて、協力しようとしてくれているのだ。

私がゆらゆらしていてはいけない。このふたりが協力してくれるなんて、心強いにきまっている。

覚悟を決めよう。もう、『おばあちゃんの望みを叶える』ことだけを目的にしていてはいけない気がする。おじいちゃんおばあちゃん、ふたりの過去について知る時は、きっと今だ。

二ノ宮 舞花

……相談しておいて、身勝手だったね、ごめんね。私なんだか、まだ混乱してて

羽邑 由宇

謝らないで。謝り癖、よくないよ。謝罪の言葉も感謝の言葉も、大切な時に取っておかなきゃ、安くなる

二ノ宮 舞花

ごっ、ごめん……

神原 秋帆

あ、また謝った!!次謝ったら、此処、舞花のおごりね~

二ノ宮 舞花

えっ、いや、それは!

神原 秋帆

謝んなきゃいいのよ、大丈夫、羽邑は顔もいいくせに頭いいし、わたしだってほら、頼れるお姉さんよ?

羽邑 由宇

くせにってなんだよ、顔いいか?頭も別に、よくないし

神原 秋帆

頭いい人も顔いい人も、そう言って誤魔化すんだな~、駄目だな~、ワンパターンだな~

羽邑 由宇

なんだよ~

二ノ宮 舞花

ふふっ、由宇、慌ててる

羽邑 由宇

舞花まで……

ふたりに相談してみて本当に良かった。改めてそう思う。

二ノ宮 舞花

ふたりとも、ありがとう

羽邑 由宇

うん、この場面なら、感謝の言葉のほうが嬉しいね。

神原 秋帆

よし、無い知恵絞るよ~

羽邑 由宇

無いのかよ

神原 秋帆

あはっ、まぁ、わたしのフットワークの軽さが役立つ時も来るはずよ、安心おしよ

二ノ宮 舞花

うん、ありがとう

羽邑 由宇

って、うわっ、カプチーノ冷めてるし!!

神原 秋帆

まじで!?勿体ない、あったかいほうが美味しいのに~

すっかり湯気の昇らないカップを手に取り、カプチーノを飲む。すこし苦めのカプチーノは、気を引き締めるのに一役買ってくれた。

第七話へ、続く。

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