02 触れてほしくない心の傷が
02 触れてほしくない心の傷が
改めてこんにちは。お世話ドロイド・カスタムタイプ、EM01。エイミとお呼びください。
お一人での生活を心配なされた道隆様――恵さんのお父様から、身の回りのお世話をするように仰せつかりました。
おやっ恵さんから応答がありませんよ。これはいけません、強制会話モードに切り替えます。
やあやあエイミさん、遠い所をお越しいただき。粗茶ですが、一杯いかがかな。
これはありがたき一杯。心がやすらぎます。もっとも、エイミに心はありませんが。
またまた、ご冗談を。
ハッハッハ
なんだそのやり取り。
(一人で勝手にしゃべってんなら都合いいわ。ほっとこ。あたしは何もするつもりないから。)
(ヘルパーさんが人形に変わったからって、仲良くするつもりなんて、ない。どうせあたしは、もう誰にも心開かれることはないんだから……)
それでは恵さん。掃除、お洗濯。何でもいたしますよ。なんなりとお申し付けください。
好きにしたらいいわ。どうせ、みんな嫌気がさして、やめていくんだから。
今度は何日持つかしらね……
お望みとあらば、世界が崩壊するまで。
先にあたしが死ぬわよ……
それじゃ、あたしは自分の部屋に戻るけど。変なことしたら怒るから。
あっあっ行ってしまうのですか。ご指示をもらわないとエイミは、あっあっ
うるさいな! 自分で考えたらいいでしょ! ほんとはさっさと帰って欲しいくらいなの!
行ってしまいました。
なぜ、あんなにも感情的になられているのでしょうか。エイミにはわかりません。
でも、エイミは役目を果たさなければ。そうでなければ意味が無いのですから。
それでは、お掃除を開始します。
キッチンの水拭きを……
しびびびびー 濡れた台拭きは感電の恐れびびびび
天井のほこりを……
バランス感覚が足らずガタガタ、ガッタガッタ
階下がうるさい。なんなの。
ふう。なんとか終わりました。お次は部屋の掃除を。おや、この部屋は扉の鍵がかけられていますね。閉めっぱなしだと湿気がたまり、カビやすくなってしまいます。
鍵など、エイミにかかれば、えいやっ さあ、お掃除からは逃げられませんよ。
飲みもの……
気分転換がてら、飲み物を取りに階段を降りる。
あっ廊下が綺麗になってる。ふん……直接関わらなければ、自動掃除機みたいなもので便利かもね。
嫌味ばかり言ってたヘルパーさんよりは、多少マシかもしれない。
でも、そんな幻想もおしまい。あたしは、見てしまったんだ。
半開きの扉。封じ込めた思い。 暴かれてしまう。赤の他人に。他人に、土足で。
あああああああああああ!
ちょっとあんた! 何してんのよ!
恵さん、用事はお済みに――
あうっ 顔をお殴りに!
痛ッーーーーー!!
はたいたこっちが痛みに震える。ちくしょう、忘れてた。この金属ボディ。
守りは最強、何者にも傷つけられませんって言うの?
構うもんか。あたしの心は、傷つけられっぱなしなんだ……!
この部屋は……母さんの……部屋……!
もう、誰も、入っちゃいけないのよ。だって、開けたら、全部終わっちゃう。開けなければ、ずっとそのまま――!
そのまま? 部屋の中には何も……
うるさい、出てけ! 赤の他人が、母さんとの思い出に踏み込むんじゃねーー!!
電気を消して扉に手を当ててうずくまる。またやっちゃった。おんなじやりとりで、みんな怒って出て行っちゃった……
ここは母さんの部屋。今は、もう誰も主はいない。
母さんは3ヶ月前に死んだ。
(違うんだ……そのこと自体が苦しいわけじゃない……)
そりゃ、最初は大声で泣いて、取り乱しもしたけど。今はもう――
でもこの部屋だけは。母さんのいろいろな思い出の残るこの部屋だけは、何も変えたくなかった。
(母さんの好きなハーブも。名前もよく知らないおしゃれな化粧品の瓶も――今、ここにあるのに。生きてるのに……!)
片付けるとか片付けないとかでお父さんと喧嘩して。ヘルパーさんと喧嘩して。鍵までかけたのにそれでも入られて。
(あたしは、ここを守りたいだけ――)
それなのに、暴かれる。
何をしても壊されるのなら、こうして鍵をかけて、あたしごと閉じこもっちゃえばいいのかもね?
(そうして世界からフッと消えちゃえば、きっと誰にも壊せない。フフ……)
苦くて甘い、そんな妄想。
どうして出てきていただけないのですか恵さん。
なんだっていいでしょ……自分で考えてみなさいよ。
情報が足りません……エイミには想像することが出来ません――
じゃあずっとそこにいろ―――ッ
――――
……!
お望みなら、世界が崩壊するまで、ここで恵さんのそばにいます。
でもそれを実行したら、先に恵さんが死ぬ。それは、あってはならないこと。
だから、エイミは。
ガチャンコガチャンコ
またしても鍵。しかし、すでにエイミはこの鍵を攻略した身。二度も同じ手にはかかりませんよ。
古今東西、あまたの泥棒スパイエージェントのスキルを学んだエイミの頭脳ならば、この程度の鍵、一瞬で!
開かない。
はっこれは先程とは違う鍵! まさかのダブル・ロックシステム! ウィ~ン、大丈夫。エイミのデータベースは不測の事態にも対応するよう最適化されています。
なんとしても鍵を、開けます……!
扉の外でガチャガチャと音がして、はっと顔をあげる。
(まさか無理やり開けるつもり?)
かんべんしてよ、あたしはまだ外に出る準備なんて出来てない――
ノブを回す音は段々と大きくなっていく。
ああ、ああ、やめて。まだ。
ごきげんよう恵さん。また会いましたね。
あああ……ああ、あ……
扉は暴かれ、あたしは明るみに晒される。そこには仁王立ちの人形。片手に針金状の何か、逆の手には巨大なハンマーを携え。
あたしの世界に無理やり踏み込んできたのだった。
ムッまだ扉が完全に開ききっていないようですね。そのためのハンマー。さあ行きますよ。扉を粉々に砕きます。
恵さん、お避けください。怪我をしますよ。
やめんか!
(あ……あ……あ……なんて強引な。)
(こんなのは知らない。今までと違う。)
(これからどうなるの? 予想もつかない。)
けれど。
少しだけ。
一体これからどうなっていくのか。それを見たい、そんな風に思っているあたしがいた――――
続く……